影は微睡む1
いつもは飄々としているウムブラ(36)の過去編です。
2話ぐらいで終わるはず。
意識が混濁するなか、ウムブラは昔あった出来事を思い出していた――。
ティエラによく似た少女。
ソルによく似た親友。
そんな彼らとのやりとりを――。
※※※
すでに単眼をかけてはいたが、ウムブラの黒髪がまだ肩先までの長さしかない頃――。
ウムブラは木陰に陣取り、木に背を預けながら魔術論を読んでいた。近くにローブを畳んで置いていたため、今は白いシャツに黒い下衣を合わせた簡素な格好で楽に過ごしていた。
彼が本を読み進めていると、小鳥のようなソプラノの声が聴こえた。
「ウムブラ! ねえ、聞いてくれる?」
ウムブラの読書を遮るように、一人の少女が現れた。
「シルワ姫……平民の俺相手に、気安く声はかけない方が良いといつも言ってるだろう?」
あどけない表情をしている彼女は、シルワ・オルビス・クラシオン。この国の王女だ。あと数ヶ月もすれば、成人である十七を迎える。
今日も彼女は、王族である鏡の一族の証である金の瞳を爛々と輝かせていた。艶やかな、小麦のような亜麻色の長い髪を背に流している。チュール素材で出来た若葉色のドレスが風でひらひらと舞っているように見えた。
「そうは言っても、彼のことを相談できるのは、彼の親友の貴方だけなのよ、ウムブラ!」
彼女は唇を尖らせながら、ウムブラに声をかけてくる。
彼女の言う彼とは、彼女の護衛騎士を勤めるヘリオス・ソラーレの事だ。彼は、剣の一族の特徴である燃えるような紅い髪に、新緑のような碧の瞳をしている。一見すると優男に見えなくもないが、精悍な眼差しを持っている。
幼い頃から護り護られながら育ってきたシルワとヘリオスは、いわゆる恋人同士の関係にある。
だが、これまで国では、鏡・玉・剣の三つの一族間の婚姻を禁じてきた経緯がある。
そのため、一応二人が恋人同士であることは周囲には内緒にしている。
(とは言え、全く周りに隠しきれていない。……貴族達の幸せな恋愛ごっこと言われれば、それまでだがな……)
しかしながら現在、シルワ姫と副騎士団長の座にもあるヘリオスの婚約・婚姻を進めようとしている貴族達もいる。
だが、これまでに前例がない結婚に、不吉な事が起きる前兆だと反対する貴族も多い。反対する貴族の大半は、玉の一族に与する者達ばかりだったが……。
娘にとにかく甘いと評判の国王も、なかなか二人の婚約に首を縦には振らない。
それだけ国にとって、別の一族間の結婚は重要事項という事なのだろう。
「どうせ、ろくでもないことで悩んでるんだろう、シルワ姫の場合は……」
ウムブラがそう伝えると、シルワ姫は頬を膨らませる。
「ろくでもなくないわよ。あ、そうだ……! 実は、イリョスに男の子が産まれたみたいで、ヘリオスと一緒に今度会いに行くの。イリョスからも、ぜひシルワ様にお名前をつけてほしいって言われていて」
(また話が脱線した……)
初め、シルワ姫はヘリオスの事を相談したいと言っていなかっただろうか。
「イリョス様に男児が産まれたこととヘリオスに関する相談についての話が噛み合わないんだが……」
「いけない、そうだったわ……! ウムブラ、実は……」
シルワ姫が、そこまで話した時――。
「姫様、こちらにいらっしゃいましたか」
甘やかな青年の声が、ウムブラの耳に届いた――。
「ヘリオス!」
ウムブラの近くにいたシルワ姫が、大輪の薔薇のような笑みを浮かべる。
現れたのは、白を基調としたオルビス・クラシオン王国騎士団所属を顕す丈の長い上衣を来た青年――ヘリオスだった。
「国王陛下が、シルワ姫様を探していましたよ。私は抜きで、姫様にだけ話があるそうです」
シルワ姫の顔には、「せっかくヘリオスに逢えたのに――」という台詞が浮かんで見えるようだった。
(相変わらず、分かりやすい女性だな――)
だけど、周囲に裏をかくような女性が多かったウムブラからすると、そんな彼女のことは嫌いではなかった。
「分かったわ。じゃあ行ってくるわね、ヘリオス! ウムブラ、相談にはまたのって!」
くったくのない笑みを浮かべ、若葉色のドレスを翻して去っていった。
彼女を見送るヘリオスの瞳にも、彼女への愛おしさが滲んでいる。
身分に別け隔てなく接してくるヘリオスは、出会ったばかりのウムブラにも対等に接してきた。
平民出身であるウムブラは、二大筆頭貴族の一員だというだけでヘリオスに対しては嫌悪が勝っていた。だが、とある一件をきっかけに、いつしかウムブラはヘリオスのペースに乗せられていくようになってしまった。
それに筆頭貴族だから幸せなわけでもないということも知っている。
数年前に産まれた玉の一族の少年。類いまれなる美貌に膨大な魔力を持つ彼は、愚かな父親のせいで貴族の慰み物として扱われていることに、たまたまウムブラは気づいてしまった。
(貴族の連中には反吐がでる……だが、全てがそんな者達ばかりではない)
「そうだ、ウムブラ、妹がどこにいるのかは分かったのか?」
ヘリオスの問いかけに、ウムブラは首を振った。
家を飛び出すようにして出たウムブラだが、妹の事だけが気がかりだった。
先日ウムブラは、元いた家を訪ねたのだが、もうそこには両親も妹も居なかった。
懸念は残っている。
けれどもウムブラは、この日までは、親友達との平穏な日々がまだ続いていくのだと思っていたのだった――。
4月にif完結予定なので、多忙ですが頑張ります。
本編の時もそうだけど、いつもぎりぎりになってしまい申し訳ございません。




