第150話 影に近付く
紅い髪に碧の瞳を持つ護衛騎士ソルが、ティエラとルーナを背に庇うようにして現れた。
「ソル……神剣が元に戻ったのね……」
竜から解放されたティエラが、金の瞳をすがめながらぽつりと呟いた。彼女のソルを見つめる表情はどこか切ない。非常時だと言うのに、彼女を支えて跪くルーナは、ティエラのそんな姿を見て胸が軋むような感覚に襲われた。
「ルーナ! 術を!」
ソルに声を掛けられ、ルーナははっとした。
(今は集中しなければ――)
ルーナは得意とする雷撃の初級魔術をいくつか男に打ち込んだ後、上級魔術の詠唱へと移る。彼の白金色の髪がたなびき、蒼い瞳は国王陛下の姿をした竜を見据えた。ルーナとティエラの周囲に冷気が漂い始める。
ソルが、風の魔術を繰り出す竜の攻撃を見切りながら、剣を繰り出していた。
詠唱を終えたルーナの呼び声に応えるように、国王の姿をした竜の足元に氷が出現する。
刃のような氷が、男の脚を這う。
足元を縫い付けられた男は、ソルに向かって何かをわめき散らかす。
だが、そのまま頭も氷で覆われてしまったため、彼がそれ以上何かを口にすることは出来なくなった。
そうして――。
ソルが剣を振り降ろそうとした時――。
「待て! ソル!」
ルーナの制止がかかり、ソルは竜に斬りかかるのを止めた。
彼はルーナの方へと振り向く。
「なんだ? 何か問題でもあるのか?」
「外の世界ではダメだ。『鏡の檻』で決着をつけないといけない。だから、今はまだ、竜は陛下の身体の中に――」
ティエラの身体を支えながら、ルーナはソルへと告げる。知らず知らずの内に彼女を抱く力が強くなった。
「え? もう出てきちゃったんですか?」
その時、場にそぐわない飄々とした声が、壊れたティエラの部屋の中に響いた。
※※※
「ウムブラ」
「ウムブラか」
ルーナとソルが、同時に男の名を呼んだ。
部屋の扉の前には、長身痩躯に黒髪長髪、単眼をかけた男が現れる。
「いやぁ、早かったなぁ、今回竜が出てくるのは――」
(あれ――?)
ティエラはなんとなく、彼の言い回しに引っ掛かりを覚える。
いつもの軽い調子と言われればそうなのだが――。
(何だろう、違和感があるわ……)
ウムブラは、ルーナとティエラに近付いて来る。
かと思いきや、元々ティエラが座っていた机の方へと彼は颯爽と向かい始める。
ウムブラの動きにも違和感を覚える。彼は、いつも片足を引きずるようにして歩く。
なのに――。
ウムブラは、さっと机の上の何かに手を伸ばした。
ティエラは、はっとしてウムブラを見る。
(あそこに置いていたのは――)
ルーナがウムブラに、鋭く問いを投げ掛けた。
「ウムブラ、それをどうするつもりだ?」
ウムブラの動きが止まる。
彼はルーナへと視線を向ける。
「何のことでしょう?」
「とぼけるな。お前が手にしたもの。それは姫様の神鏡だ」
(なんでウムブラさんが、私の神器を――)
ティエラの鼓動が速くなり、落ち着かない。
少し離れた所に立つソルも剣を身構え直した。
「いや、そもそも――」
凍てつくような声で、ルーナは続ける。
「お前は……誰だ?」
彼は、ウムブラに誰何した。
ルーナのその問いに、ティエラの身体まで固くなってしまう。
ウムブラの口が、半月の形をゆっくりと描く。
そうして男は、ゆるりと口を開いた。
「さあ、一体誰だろうな?」
明らかにいつもの彼の口調とは異なる。
そう答えたウムブラの瞳は、金に光っていたのだった。




