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記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士  作者: おうぎまちこ
第5部 月華・玉の章(if)

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第150話 影に近付く



 紅い髪に碧の瞳を持つ護衛騎士ソルが、ティエラとルーナを背に庇うようにして現れた。


「ソル……神剣が元に戻ったのね……」


 竜から解放されたティエラが、金の瞳をすがめながらぽつりと呟いた。彼女のソルを見つめる表情はどこか切ない。非常時だと言うのに、彼女を支えて跪くルーナは、ティエラのそんな姿を見て胸が軋むような感覚に襲われた。


「ルーナ! 術を!」


 ソルに声を掛けられ、ルーナははっとした。


(今は集中しなければ――)


 ルーナは得意とする雷撃の初級魔術をいくつか男に打ち込んだ後、上級魔術の詠唱へと移る。彼の白金色の髪がたなびき、蒼い瞳は国王陛下の姿をした竜を見据えた。ルーナとティエラの周囲に冷気が漂い始める。

 ソルが、風の魔術を繰り出す竜の攻撃を見切りながら、剣を繰り出していた。

 

 詠唱を終えたルーナの呼び声に応えるように、国王の姿をした竜の足元に氷が出現する。

 刃のような氷が、男の脚を這う。


 足元を縫い付けられた男は、ソルに向かって何かをわめき散らかす。

 だが、そのまま頭も氷で覆われてしまったため、彼がそれ以上何かを口にすることは出来なくなった。


 そうして――。


 ソルが剣を振り降ろそうとした時――。


「待て! ソル!」


 ルーナの制止がかかり、ソルは竜に斬りかかるのを止めた。

 彼はルーナの方へと振り向く。


「なんだ? 何か問題でもあるのか?」


「外の世界ではダメだ。『鏡の檻』で決着をつけないといけない。だから、今はまだ、竜は陛下の身体の中に――」


 ティエラの身体を支えながら、ルーナはソルへと告げる。知らず知らずの内に彼女を抱く力が強くなった。


「え? もう出てきちゃったんですか?」


 その時、場にそぐわない飄々とした声が、壊れたティエラの部屋の中に響いた。




※※※




「ウムブラ」

「ウムブラか」


 ルーナとソルが、同時に男の名を呼んだ。

 部屋の扉の前には、長身痩躯に黒髪長髪、単眼をかけた男が現れる。


「いやぁ、早かったなぁ、今回竜が出てくるのは――」


(あれ――?)


 ティエラはなんとなく、彼の言い回しに引っ掛かりを覚える。

 いつもの軽い調子と言われればそうなのだが――。


(何だろう、違和感があるわ……)


 ウムブラは、ルーナとティエラに近付いて来る。

 かと思いきや、元々ティエラが座っていた机の方へと彼は颯爽と向かい始める。

 ウムブラの動きにも違和感を覚える。彼は、いつも片足を引きずるようにして歩く。

 なのに――。

 

 ウムブラは、さっと机の上の何かに手を伸ばした。


 ティエラは、はっとしてウムブラを見る。


(あそこに置いていたのは――)


 ルーナがウムブラに、鋭く問いを投げ掛けた。


「ウムブラ、それをどうするつもりだ?」


 ウムブラの動きが止まる。

 彼はルーナへと視線を向ける。


「何のことでしょう?」


「とぼけるな。お前が手にしたもの。それは姫様の神鏡だ」


(なんでウムブラさんが、私の神器を――)


 ティエラの鼓動が速くなり、落ち着かない。

 少し離れた所に立つソルも剣を身構え直した。


「いや、そもそも――」


 凍てつくような声で、ルーナは続ける。


「お前は……誰だ?」


 彼は、ウムブラに誰何した。


 ルーナのその問いに、ティエラの身体まで固くなってしまう。


 ウムブラの口が、半月の形をゆっくりと描く。

 そうして男は、ゆるりと口を開いた。



「さあ、一体誰だろうな?」



 明らかにいつもの彼の口調とは異なる。


 そう答えたウムブラの瞳は、金に光っていたのだった。




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