第147.5話 大地と月、四年前の過ち
四年前、ルーナと同じ神器の守護者で、彼女の護衛騎士を勤めているソル・ソラーレが、スフェラ公国との戦争から帰ってきた頃の事。
ルーナは大公の研究を手伝い終わった後、数日ぶりにティエラに会える喜びで胸を膨らませていた。
彼女の姿は自室にはなかった。
そのため、別の場所を探すことにした。
(今日も姫様は、あの男の世話に明け暮れているという……)
あの男とは、ソルの事だ。
周囲から聞いた話では、ティエラはあの男の部屋にいるのではないかという話だった。
ソルの部屋に立ち、扉を叩いて、中に声をかけたが、ソルからもティエラからも反応がない。
「姫様、いらっしゃいますか? お迎えに参りました」
(いないのか……? いや、人の気配はある……)
しばらくして、鍵の音が聴こえたかと思うと扉が開き、中からティエラが顔を出した。心なしか、彼女の頬は赤い気がする。
「……ソル、また来るわね」
彼女は部屋の中にいる青年に声をかける。
「別に、無理して来なくて良い」
中から、冷めた口調でソルが返した。
彼にそう言われたティエラの顔色が、一気に悪くなっていく。
「また……来るから……」
彼女は、消え入りそうな声で告げた。
扉を閉めた際に、空虚な音が廊下に響く。
少しだけ乱れている亜麻色の彼女の髪を、ルーナは指でそっと直した。
彼女は気づいていないのか、ぼんやりしている。
ルーナは、ソルのティエラへのぞんざいな態度に腹が立ってくる。
「相変わらず、不敬な男だ……」
「ソルを悪く言うのはやめて……!」
ルーナの呟きに、ティエラが間髪入れずに返した。彼女の語気が強く、彼ははっとなる。
「姫様、申し訳ございませんでした……」
ルーナはティエラに謝罪した後、彼女を部屋まで送り届けることにした。
※※※
ルーナとティエラはしばらく何も話さずに、廊下を無言で歩いた。
ルーナは、城の中の空気をいつもよりも冷たく感じた。
彼女の部屋が間近に迫った頃、ティエラから「ルーナ、もうここまでで良いわ」と言われてしまった。
(せっかく姫様に久しぶりに会うことが出来たのに……)
最近のティエラはソルにばかり時間を割いてしまっていて、ルーナを見てくれなくなっていた。
(名残惜しいが、仕方ない)
ルーナは、いつものようにティエラの髪を手に取り口づけた。
彼女の頬に指を伸ばし、ゆっくり顔を近付ける。
「ごめんなさい」
彼の唇が彼女の唇に触れる前に、制止がかかった。
「私、結婚するまでは貴方と口づけを交わすことは出来ないわ」
ティエラにそう告げられたルーナの蒼い瞳が揺れる。
彼女の金の瞳に宿る決意は固い。
「結婚したら、貴方の言う通りにするから……だから、それまでは――」
それだけ言い残すと、ティエラは部屋まで駆けていった。
「姫様!」
ルーナの呼び声が、廊下に虚しく響いた。
彼はしばらくの間、その場に立ち尽くしたまま動けなかった。
(私の何が良くなかったのだろうか?)
ルーナは自問するが、答えは出ない。
考えれば考えるほど、苛立ちが増していく。
(あの男が帰ってきたばかりに……)
処理できない怒りの矛先を、ソルに向けるしかなかった。
「ルーナ様」
そんな彼に、凛とした声が聴こえた。
声の方を振り向くと、美しい黒髪を持つ、黒いワンピースに白いエプロンを付けた女性が立っていた。
「ヘンゼルか――」
いつから近くにいたのだろうか。
ルーナは彼女の気配に気付いていなかった。
ヘンゼルはルーナにゆっくり近付くと、彼の肩へとしなやかに指を置いた。
「私をどうか――」
その時傷付いて揺れていたルーナの心には、彼女の蠱惑的な声がひどく心地好く聞こえたのだった。




