第147話 子守唄を聞きつけて
ルーナが仕事に戻らないといけないと言って、ティエラの部屋から出ていった後、ティエラは椅子に座って、繕い物をしていた。
気が早い気もするが、そわそわする気持ちを落ち着けたいこともある。赤ん坊用の小物をせっせと作っていた。
(安定期にも入ってないのにって言われそうだし……そもそも、裁縫はあまり上手じゃないけど)
しかし何かしらしていると気は紛れる。
針を進めていると、気を失った時の母と子の姿を思い出した。
(あの母親は、恐らくルーナのお母様だわ……)
ルーナが、彼が幼い頃に母親は亡くなっていたので覚えていないと話していた事を思い出した。
(後で教えてあげたら喜ぶかしら……)
ルーナの辛い過去の体験を共有しているティエラは、ルーナが元の家族と養子に入ったセレーネ本家の両方に対して嫌悪感を抱いている事を知っている。
そんな彼だが、母親から愛されていた話を聞いたら、少しは心が安らぐかもしれない。
ティエラも、ルーナと家庭を築いていく中で、少しずつ彼の心を癒していきたいと考えている。
「ルーナにちょっとでも、家族の良い思い出をあげれたら嬉しいのだけど……」
ルーナが喜ぶ顔を想像すると、自然に顔が綻ぶ。
(あとは、子どもが産まれる前に竜をどうにかしなきゃ)
根本的な問題は解決していない。
ティエラが妊娠した事で、竜を倒すための時間稼ぎにはなるようだ。けれども、子どもが生まれたら、その子どもが竜の器か贄になるだけだ。どこかで、負の連鎖を絶ちきらなければならない。
ティエラは縫い物の手をいったん止めて、椅子から立ち上がろうとする。その際、首につけていたペンダントがしゃらりと音を立てて揺れた。
(ソルにもらったペンダント……)
彼が戦争に旅立つ際に受け取ったものだ。きらきらと光を反射する小指ほどの大きさの鏡の神器を、ペンダントの台座に嵌め込んでいる。
とても大切にしていて、記憶を失う前はいつも肌身離さず身に付けていた。
ソルとのかけがえのない思い出が詰まっている。
(でも、私はルーナと生きることに決めた。……また日記帳の中にでもしまっておこう)
ルーナが見たら、気にするかもしれない。
ティエラはペンダントを首からはずし、机の上にそっと置いた。
(鏡の神器は、また別のどこかにつけなきゃ)
立っていると、少しだけ目眩がしてきた。
再び椅子に座り直したティエラは、ルーナの母親とおぼしき人物が歌っていた子守唄を思い出す。
ティエラは自身の腹部に手を当て、口ずさむ。
あまり聞いたことがない歌だ。
(……耳に心地好いわね……)
しばらく歌っている彼女の頭上に、さっと影が差す。
「ルーナ……?」
転移してきた彼だと思ったティエラが顔を上げる。
だが、そこにいたのは彼ではなく――。
「王女。お前は、なぜその歌を知っている?」
男の声が響いた。
ティエラは思わず、小さな悲鳴を上げる。
彼女が椅子から立ち上がろうとしたら、脚がもつれてしまい、地面に倒れこんでしまった。咄嗟にまだ膨れていない腹部をかばう。
態勢を整え、部屋の中に現れた男を睨み付けながら、ティエラは告げた。
「私の十七の誕生日は、まだ先よ――竜――」
そこには、彼女の父の身体を借りた竜が、険しい顔をして立っていたのだった。
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