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記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士  作者: おうぎまちこ
第5部 月華・玉の章(if)

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第146話 鏡と玉の子




「姫様はご懐妊されています」


 椅子に座るティエラのそばに跪いたルーナは、彼女の手を取りながら告げる。


「……私が懐妊……? 子どもがいるの……? 私とルーナの……?」


 ティエラはルーナの言葉に驚き、うまく言葉で思いを表現できなかった。


 ここ数日体調が悪いとは思っていたが……。


 城に戻ってから数日、ティエラはルーナに部屋に閉じ込められていた。その間に、彼女は彼から身体を開かれ、幾度となく求められた。


 今ならルーナが自分の事を愛してくれているのはよく分かる。だけれどあの時は、そうだと思っていなかったので、ティエラとしてはあまり生きた心地はしなかった。


 それに、ティエラがルーナと共に生きていくと伝え、ソルと決別したのは昨日の出来事だ。

 徐々にルーナと出来ていた溝を埋めていこうと考えていたのもあり、気持ちがなかなか追い付かない。


「子どもがいるのって、こんなに早く分かるものなの……?」


 ティエラの疑問にルーナが答える。


「普通は分からない母親も多いのでしょうが……。まだ貴方の身体に宿ったばかりなのに、とても強い力を感じます。あの竜から、貴方様を必ずや守ってくれるはずです。竜が貴方を喰らう前に間に合って良かった……」


 ティエラは、ルーナの言い方に違和感を覚えた。


 彼の言い方だと、ルーナが初めから竜への対抗手段としてティエラが妊娠する事を望んでいたように聞こえたからだ。


(子どもを利用するようなやり方は好きじゃない……) 


 ルーナは、ティエラ以外にまるで無関心なところもある。

 以前、竜に彼の記憶を体験させられた際に、彼が自分の子など見たくないと考えていたことも、ティエラは知っていた。


 悶々と悩むよりも、ルーナ本人に聞いた方が早い。

 だけど、そもそも母になる身構えなどまるでしていなかったので、ティエラは妊娠そのものをどう受け止めて良いのかが分からなかった。

 実感と言えば体調が悪い位で、喜びよりも戸惑いの方が大きい。


 ティエラが俯き、しばらく考え込んでいると、ルーナが彼女の手に口付けた。


「不安ですか?」


 ルーナに尋ねられた通り、不安で胸が押し潰されそうだった。


 彼女の中の彼への懸念が消えていないからかもしれない。


 そんな彼女に、ルーナは穏やかな様子で伝える。


「……姫様には知られているとは思いますが、私は父からあまり良い扱いを受けませんでした」


 ティエラもその事は知っている。

 良い扱いを受けなかったという程度ではない。ルーナの父は、彼を自身の玩具か何かのように暴力を振るい、他の貴族達に玩ばせた。子どもどころか大人が受けて良い扱いですらない。


「自分も父のような残虐な側面があります。そんな自分の血を継ぐ子など要らないと、ずっと思っていました」


 改めてルーナの口からそう告げられると、ティエラの胸の内に暗い澱のようなものが貯まっていくような感覚があった。


「だけど、国王様の姫様に向ける愛情。大公プラティエス様が人工的にでも出来た子に対して情を向けていく姿。父親が子に愛を向ける過程を間近で見てきました」


 ルーナは、ティエラの父と叔父の研究の手伝いをしていた。ティエラ以上に彼等と接する時間が長かったはずだ。


「彼等を見ている内に、私も姫様の子ならば、自分でも愛せるかもしれないと思うようになりました。姫様と子と穏やかに過ごせる未来を想像していました」


 ティエラの心配とは逆に、ルーナは微笑を浮かべながら話していた。

 そんな彼だったが、少しだけ表情を硬くしながら続ける。

 

「もし子が出来たなら、初めの子を利用して竜の消滅を図ろうとさえ思っていました。姫様さえ生きていれば一人ぐらい犠牲になっても、どうでも良いと。また次の子が出来れば良いと」


(やっぱり、ルーナは……)


 彼の発言で、胸が石にでも押し潰されたのかという位、重たい気持ちにティエラはなりかける。

 そんな時、ティエラの手を握るルーナの力が強くなった。


「でも、違うのですね。今出来た子は、その子しかいない。子が出来たと知った時、姫様に宿った子の力を感じた時に、この子を犠牲にしたくないと、強く思いました」


 ティエラは目を見開いた。


(じゃあ、ルーナは……)


「私が、姫様と御子を御守りします」


 ルーナの口調は春の陽射しのように穏やかだが、その中には強く眩しい光のような決意が宿っているようにティエラは感じた。


(まだまだ、私には実感がないし、怖い……)


 だけど、少しずつ母と父になって行けたら良いのかもしれない。


 ティエラはルーナに微笑んだ後、彼に掴まれていない方の手で、そっと自身の御腹に手を当てたのだった。



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