第145.5話 神器一族の血と竜の呪いを知る者
平民街と貧民街との間に位置し、一見すると小屋にしか見えない場所に刀鍛冶シデラスは住んでいる。
彼は、長い白髪を頭の後ろでまとめ、白くてふさふさとした眉と髭を持っている老人だ。この国で、神剣を打ち直すことが出来る唯一の人物とされているが、その事は国の要人達にしか知らされていない。
長いこと小屋に住んでいると近隣の者達からは思われているが、彼からすると短い時間に過ぎない。
「ほれ小僧、神剣撃ち直したぞい」
老人シデラスは、紅い髪の青年ソルに打ち終わったばかりの神剣を手渡した。
「じいさん、ありがとうな」
そう言って剣を受け取るソルの表情は清々しさがある。碧の瞳がまるで新緑のように、シデラスには映った。
ソルの父親のイリョスから、一連の出来事に関して聞いている。
結果として、愛する少女とは結ばれなかったが、ずっと逃げてきた自身の心と向き合う事は出来たのだろう。
シデラスは、ソルに対して厳かに伝える。
「竜は、本来なら姫様が十七を迎える頃に動くはずじゃが、少しだけ状況が変わっておるようじゃのぅ。剣の坊主、気は抜かずに姫様と国を守れよ」
その言葉を聞いたソルは、小屋から発った。
シデラスは、彼の背を眩しく感じながら見送った。
シデラスが白い眉を持ち上げると、眉のしたから瞳がのぞいた。
その色は――
――ソルと同じ碧。
剣の一族を示す瞳を持った老人は、城の方角へと視線をやるとぽつりと呟いた。
「最近、城の方から強い力を感じる。鏡の一族と玉の一族の……因果だのう」
ティエラとルーナ。
彼等は、鏡の一族と玉の一族だ。
始祖達の起こした出来事によって、これまでは三一族間の婚姻も禁じられていた。
そのため、この二千年近く、代々一族の男子達はただの人間である女性を娶ってきており、神よりも人間の血が濃くなってきている。
一族の持つ神の血が強すぎて、人間の女性の肚では育てずに死んでしまう子達も多かった。
それでもまだ、神の血を継ぐ者達同士に比べれば、神と人間の子の方が出来やすいと言える。
ティエラとルーナは薄れてはいるが、神の血を継ぐ者達同士だ。血が互いに強すぎて、子が成されにくいという欠点がある。
否、ルーナに関しては始祖とほぼ変わらない存在のため、ほとんど神に近い。ティエラとソルが結ばれていたとして、彼等よりも本来は子は出来づらいはずだ。
だが、子が出来さえすれば、その子は強大な力を手にすることが出来る――。その子を宿す母親もその大いなるによって、竜は悲劇に見舞われたのだが――。
その言い方も間違いに近いか。
なぜならば竜とは――。
――『神に呪いをかけられた神』のことを指すのだから。
先日、シデラスの元へとルーナが現れ、始祖達の話を尋ねてきた。
『姫様を助けるために力を貸していただきたい』
懇願するように、ルーナは続けてきた。
『お願い致します、グラディウス様』
ルーナは玉の守護者であり姫の婚約者だ。国王からシデラスの正体を聞かされていたのだろう。
彼は誰かを頼らずに今まで姫を助けようとしていた。
だが、そんな彼が誰かに頭を下げてでも、愛しい少女を助けようとしている姿は、玉の一族の始祖である月の化身と重なり、シデラスは懐かしく感じた。
白髪の老人は過去に思いを馳せながら、誰ともなくぽつりと呟いた。
「もう儂には剣を撃つぐらいしか出来ない。儂の心が弱かったがために、自分で作った神剣が折れて、あの子を救うことが出来なかった。月の化身――否、スフェラがあの子にかけた呪いを解いてあげてくれよ。我等の継承者達よ――」




