第144話 月の思惑2
「大丈夫ですか? 姫様?」
ティエラは最近少しだけ不調だったが、今日はいつにも増して具合を悪くしていた。
ルーナから、彼と竜との経緯を聞いて、単純に気分が悪くなったのかもしれない。
(喰らうって、そんな……)
ティエラは自身の身体をぎゅっと抱き寄せた。沸き上がる嫌悪感を隠すことが出来ない。
「そんなに酷いこと、どうして出来るの? 竜が、私達とは違う生き物だから……?」
「その表現は正解でもあり、不正解でもあります」
ティエラの問いにルーナが答えた。
(どういうこと――?)
「竜を理解するためには、まずは神器一族について理解する必要があります」
ルーナはそう言い、ティエラに説明を始めた。
「我々三一族の始祖たる三人の人物達。伝承通り、彼等は天上より降り立った神です。神とは言え、人間と姿形はさして変わりなかったそうですが」
「神――」
オルビス・クラシオン王国には神話が存在する。建国の三人は神であり、その子孫たちもその血を引いていると言われている。
「ええ。我々の始祖以降の者達は、人間との交配を繰り返してきました。そのため、今ではもう、ほとんど人間と変わりはありません。けれども、神の血は残っていると言えます」
つまり、神器一族の直系にあたる鏡・玉・剣の一族には神の血が流れているということになるだろう。
実際に三一族には『神器の加護』とされる力が存在している。その力は、神の血を引くために持つ力とも言い換えることができる。
「私は、玉の一族の始祖『月の化身』の先祖返りだと言われています。たまたまその血が強く発現して産まれてきたと……」
ルーナは苦しそうにそう告げた。蒼い瞳が白金色の睫毛で隠れ、より深い青色に見える。
(そうなのだとしたら、ルーナは人間だけど……)
神に近い存在だと言える――。
だからこそ、誰よりも美しく、様々な力に秀でているのだろう。そして、その美しさや力が故に、彼は辛い人生を歩んできている。
「また、神の力は人間に比べて強すぎます。そのため、人間の女性だとなかなか神の子を宿しづらい……。さらに、産んだ人間の母親は、十月十日育てる間に、神の子に力を吸われて短命であることが多いとされます」
ルーナは補足するように身近な例をあげてくれた。
例とは、ティエラの母やルーナの母、ティエラの叔母であるフロースの事だった。
ティエラは確認するように、ルーナに伝えた。
「だから……私とルーナのお母様達は、早くに亡くなっているの……? そして、神の血をひくプラティエス叔父様と人間のフロース叔母様の子は胎ごと流れてしまった……」
ルーナが静かに首肯する。
彼の仕草を見た後に、ティエラの胸がずきりと痛んだ。父だけでなく、母の死にも、自分が関与しているのだと思うと苦しさが増す。
「セリニの母も、ソルの母も生きています。だから、セリニもソルも、神器の加護は我々よりも弱いのかもしれません」
ルーナは続けた。
「先日確認しましたが、私の義母にあたる人物は、義兄であるノワの前に別の子を宿していたそうです。しかしその子は流れてしまい、次に出来た子であるノワには力が皆無だった」
幼少時代にルーナの記憶を見たティエラは、彼の義母が彼に歪んだ愛情を向けている事も思い出している。
先日ルーナがあまり気が進まないと言っていた行き場所とは、彼の義母の屋敷だったのかもしれない。
「そして、姫様と私に関係する話にもなりますが――」
ルーナは続ける。
ティエラとルーナに関係する話――。
今までの話の流れでは――。
「神の血を継ぐ者同士の子は、誰よりも強い力を宿します。ですが、産まれる以前に出来づらいとされ、子は稀にしか出来ることはない」
やはりと言う思いと、そうではないと言って欲しかったという思いが、ティエラの中を巡る。
「じゃあ私達には……」
ルーナは淡々と事実だけを述べていく。
だからこそ彼の話す内容は真実であり、それはティエラの胸を抉るようだった。
「姫様の相手が、ソルやセリニだったとしても子は出来づらい。そして神により近い私では、それはなおのこと――」
話の内容があまりにも悲しかったからだろうか、ティエラの視界が波立つように感じ始めた。
(あれ――?)
話の内容に衝撃を受けたにしては、ティエラの視線が定まらなくなる。
「ですが、姫様にまだお伝えしていなかったことがあり……」
なんだか、ルーナの声が遠くに聞こえ始めた。
※※※
「姫様……?」
ルーナはティエラを呼んだが、彼女からの反応がない。
眼前の彼女の体が椅子の上から傾いだ。
ティエラが前のめりに倒れこむ。机の上に置いてあったティーカップが、弧を描いて床へと落ちていく。
「ティエラ……?」
ルーナは愛しい少女の名を呼ぶ。
陶器が割れる音が室内に響く。
彼はすぐに彼女の元へと向かい、彼女を抱き起こし、何度も何度も彼女の名を呼び続けた。




