第143話 月の思惑1
「竜に喰われる」真相が書いてありますが、人によっては気持ち悪いと思うかもしれません。そのため、スキップしてもらって結構です。
ルーナはティエラに対してゆっくりと告げる。
「歴代の王達はその即位ごとに、十七を迎える王族直系の女性の中から一人を選び、竜に捧げる慣わしになっておりました」
ティエラは頷いた。
「姫様のお祖父様の場合は、該当する女性がシルワ姫しかおらず、なくなく娘のシルワ姫を差し出そうとしましたが――」
「ソルの叔父様であるヘリオスがシルワ姫をさらって城から逃げ出し、シルワ姫が亡くなったから出来なかったのよね? 私、シルワ姫に会ったの……」
霊魂になった彼女が、ティエラに憑依した際の事だ。
亡くなった人物に遭遇したと話す彼女の発言に、ルーナは特段疑問は抱かなかったようで、そのまま話を続けた。
「そして姫様の父君には、王族直系の女児は姫様しかお産まれにならず、必然的に貴女様が竜の贄に選ばれることになりました」
ティエラが竜に喰われる未来を回避するために、ルーナは秘密裏に国王達と計画を進めてきたらしい。
「一方で、このままでは王族の血筋が途絶えてしまうことも懸念されました。そうなると、この国自体が滅びてしまいます。姫様の叔父上であるプラティエス様を主軸に、王族の血筋を残すため、人工的に子を産み出す研究も進めてきました」
「それが――」
ティエラと同じ亜麻色の髪の少年の姿が浮かぶ。
「エガタです。彼はプラティエス様とフロース様の御子。だけど、フロース様はその事を存じていない」
ティエラが想像していた通り、彼女の従兄弟に当たる人物だったようだ。ただし、産まれかたが普通ではなかったが――。
「結果として姫様が竜に喰われる事実が変わることはない。そのため、王は少しでも姫様が延命できる未来になるようにと、私に陛下を殺すように命を下しました」
ルーナは目蓋を伏せ、国王を殺した際のことを思い出しながら、ティエラに話を始めた。
※※※
ルーナは国王陛下に頼まれ、玉座の間で彼を殺害した。父の最期を見たティエラが半狂乱に陥ったため、ルーナは彼女の唇を塞ぎ、宝玉の力を用いて彼女の記憶を奪うことにした。
彼女の護衛騎士で剣の守護者であるソルが、ティエラの叫び声を聞き付けて玉座の間に現れた。そのため、ルーナは事情を知らないソルを、しばらく動けない程度に痛め付けた。しばし後に、ソルの付き人二人が彼を連れて逃げていった。
(国王様に言われた通りに事が運んでいる。神剣が城から遠ざかるが、一月なら大丈夫だろう……)
先のスフェラ公国との戦争の際にも神剣が城から離れたが、一月程度であれば竜の封印には特段問題はなかった。とは言え、そろそろ竜が復活する時期なので、予断は許されない。
ルーナは、自身の白金色に付着した血液を拭い去った後、絨毯の上に倒れているティエラのそばに寄り彼女を抱き上げた。
そうして彼は、彼女にゆっくり口づける。
ルーナが胸にしまっていた宝玉が淡く輝く。光が終息した後に、彼はティエラの唇から離れた。
「姫様、申し訳ございません……」
ルーナは彼女にそう声を掛ける。
自分でも分かるぐらいに、ティエラに掛ける声が震えてしまった。
おそらく次に彼女が目覚めた時には、完全に全ての記憶を失っているだろう。
そこまで考えると、ルーナの胸は軋むようだった。
こうやって、ティエラの記憶を奪うのは二度目だ。
この数年、彼女がソルを想う姿を見るのは、確かに辛かった。
だけど彼女が自分に申し訳なさそうにしているのにも気付いていたし、公式の場では彼女の婚約者としていつも振る舞わせてもらっていた。時折、幼い頃のように笑いかけてくれる事もあった。
全てが悪い思い出とは言えない。
(国王様のご遺体は――)
「やっとで新しい器が死んだか……」
そこに、死んだはずの国王の声が響いた。
「来たか……」
ルーナは蒼い瞳をすがめ、血塗れの国王陛下の姿を睨みつける。
と言っても、もうそこにいる壮年の男の姿をした生き物は国王その人ではない――。
「月の化身じゃないか……。運良く神剣が離れてくれたおかげで封印が弱まっていたから、ここまですぐに身体を迎えに来れたよ」
「私は月の化身ではない」
ルーナはいつもの涼やかな声で、相手を制した。
「長期間人を喰らっていないから、あまり外の世界に長居は出来ない。この身体を受け取ったから、もう元の場所に帰るよ」
(私が宝玉ではなく、神剣の守護者でさえあれば――)
「ふうん、ねえ、そういえばなんで試さなかったの? お前達は婚約者同士なのに――ああ、そうか、お前はその女に愛されていないんだ。嫌われたくないから何もしないの?」
(国王陛下の記憶を引き継いだのか)
「月の化身が、良い気味だな。せいぜい僕を倒せるように頑張りなよね。もっとも、試したところで一時しのぎにしかならない。結局、王族は僕の器か贄になるだけなんだからさ」
竜は文字通り、王族の女性を喰うわけではない。
交わり力を吸い付くす。それは生気が失くなるまで続く――。
父と娘、祖父と孫、兄と妹――。
そのような目に合うぐらいならいっそのこと殺してしまおう、自分から死んでしまおう、そう考えた女性も多い。
消え行く竜を眼に移しながら、ルーナはティエラを救うための決意を固めたのだった。




