第142話 月の願い事
ルーナがティエラの知らないところで、竜に対抗すべく何をして来たのか――?
これまでの経緯について詳しく尋ねるため、今日のティエラは少し畏まる予定だったのだが――。
「姫様、以前よりも上達されましたね」
机を挟んで向かい側に座る婚約者のルーナは、端整な顔を綻ばせながらティエラに話し掛けてくる。
なかなかティエラを名前で呼ぶのに慣れないらしいルーナは、元の「姫様」呼びに戻っていた。
(名前については、いずれ慣れてもらうとして――)
――なぜかティエラは、ルーナと一緒にお茶を飲んでいた。
しかも、ルーナが準備していたという淡い空色のドレスを、ティエラは身にまとっている。ドレスは、チュールがふんだんにあしらわれており、ふんわりとしたシルエットを成している。
(深刻な話に似合わない格好になってしまったわ……)
ティエラとしては察しがついている箇所もあったが、まだ不明点は多い。それらを確認するために、ルーナに真面目に話を聞く予定だ。
そのため、あまり明るい色は場にそぐわないのではないかと思ったのだが……。
※※※
「この数年、姫様に贈り物をしたかったのですが……。受け取ってはもらえないと思っていたので、このドレスを渡すことなく、ずっと私の部屋に保管していたのです」
空色のドレスを抱えるルーナは伏し目がちになり、ティエラにそう告げてきた。
十歳年上のはずの彼だが、なぜだかしゅんとした表情が少しだけ実年齢よりも幼く感じさせる。
「だからぜひ、姫様にこのドレスをお召しになっていただきたく……」
ルーナの蒼い瞳がいつも以上に澄んでいるようだ。
(そう言われると、このドレスを着てあげないと可哀想な気がする……)
彼が、とても綺麗で中性的ともとれる顔をしているのも影響はあるにはある。
もちろん、これまでルーナの相手をしてこなかった後ろめたさもある。けれども、原因はそれだけではない気がした。
(なんだろう……とても年上のルーナにお願いされると、なんだかこう胸に来るものが……)
結局は、ルーナから言われた言葉で、ティエラは華やかな色をしたドレスを着ることになったのだった。
※※※
ティエラが先程の出来事を反芻していると、ルーナがにこやかに微笑みかけてくる。
(久しぶりに、ルーナのためにお茶を淹れたわね)
ハーブの甘やかな香りが鼻腔をくすぐる。
こうして一緒に過ごしていると、子供の頃、彼のために美味しいお茶を入れたいと頑張っていたことを思い出した。
(私がどんなに美味しくないお茶を入れても、ルーナはいつも涼しそうな顔で飲んでくれていた……)
自分が淹れたお茶を一口含む。
彼の言うように、以前よりも上手に淹れることが出来たと思う。
少しだけ熱いお茶を飲み干すと、いつもよりも胸が温かくなる気がした。
(十七の誕生日も近いし、少し焦っていたのかも……)
ルーナなりに、ティエラを落ち着かせようと気を遣ってくれたのかもしれない。
彼女から自然と笑みが溢れた。
そうしてお茶を飲み干す。
改めて気を取り直したティエラは、自身の婚約者に本題を切り出した。
「ルーナ、これまでにお父様達と何をしてきたか改めて教えてくれるかしら?」
十七の誕生日にティエラは本当に竜に喰われるのか?
父の死にまつわること。
城に連れて来られた少年エガタについて。
ルーナはどうするつもりだったのか?
城に帰って来て以降、彼のティエラにとった行動の理由。
今後、竜に対抗していくためにも必要な情報でもある。
ティエラの真剣な眼差しを受けたルーナは、逡巡した後に、ゆっくりと口を開いた。
次は金曜日頃までには投稿致します。




