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記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士  作者: おうぎまちこ
第5部 月華・玉の章(if)

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本編(炎陽・剣)後日談3 彼女は彼を忘れない※R15


 ソルとティエラをしばらく書いておらず、ifの前話を書いているときに思い付きました。

 大体安定していつものパターンの二人ですが、少しだけ性的な事が苦手な人はスキップしてください(耳とか外とか)。


 ifはまた、4/19(金)前後には再開させます。

 それまで完結設定にしておきますので、どうぞご理解いただけましたら幸いです。






 今日は休日だ。

 ティエラはたまっていた執務も昨日のうちに終わらせていたので、朝から時間が出来た。

 彼女は、恋人であるソルを誘って、小城から少し離れた場所にある、塔へと続く森の中を散歩していた。

 ちょうど大きな木の幹を背に、二人で休むことにした。


「旅の初めに、ニンブス山に飛ばされたのを思い出すわね」


 ティエラは、隣に座るソルにそう告げる。


「そう言われるとそうだな……あの時のあんたは俺に対して警戒心が強くて、あれはあれで面白かったな」

 

 そう言って、ソルは笑う。

 山に飛んでから、麓の村に降りるまでの間にも色々あった気がする。

 面白がられているのは釈然としないが、ティエラとしても今となっては良い思い出になっている。


「まあ、だけど、もうあんたに忘れられるのは勘弁したいな」


 ソルは苦笑していた。

 彼にしてみれば、苦い思い出でもあるのかもしれない。

 

 なんだか申し訳なく感じたティエラは、ソルの鍛えられた腕にそっとしがみついた。


「あの時は忘れてしまっていて、ごめんなさい……貴方に辛い思いをさせたわ……」


 ティエラは伏し目がちになりながら、彼にそう告げる。

 先程までとはうってかわって、ティエラはしおらしくなってしまった。


「あんたが謝ることじゃないだろ? それに、ちゃんと今、俺の隣にいてくれる」


「それなら良いけど」


 ティエラが俯いていたら、ソルが亜麻色の髪を撫でる。

 彼女が彼を見上げると、ゆっくり口付けが落ちてくる。

 そのまま彼の唇が、彼女の耳朶を食んだ。

 ソルの指が彼女のドレスの胸元にあるリボンに伸びる。

 ティエラは小さい悲鳴を上げた。


「もうっ、ソル……これ以上は部屋に戻ってからにして」


 ティエラはソルの長い指を掴んで止めようとしたが、振りほどかれてしまう。


「外ではやめて、ソルってば……」


 彼は再度リボンを手に取り、悪戯っぽく笑う。


「これまでみたいに関係を隠さなくて良くなったし、今日は休みで、こんな森だ。人の出入りも少ない。だから大丈夫だ」


「大丈夫だって思ってるのは貴方だけかも」


 ティエラはじっとりとした目でソルを見た。


「誰か来たら、俺は気配で分かる。そうしたら部屋に戻れば良いだろ?」


「そう言われると、そうなのかしら?」


「だろ?」


 ティエラは納得しかけたが、リボンをほどこうとするソルの手を両手で制した。


「もう! でもやっぱりダメよ!」




※※※




 二人と離れた位置に、また別の男女が立っていた。


「我々の気配に全く気づいていないのだが……」


 そう口にしたのは女騎士アリスだ。


「神剣が沈黙して、五感が前より鈍くなってるの忘れてるんだろうなぁ」


 彼女の隣に立つネロが続けた。

 アリスが彼を振り向く。彼女は呆れたような表情を浮かべていた。

 ネロは遠目で、自分の親友が、支えるべき主君と、彼女のドレスのリボンの奪い合いをしている姿を見た……。


「これ以上はまずい。明日にしようか……」


 アリスの言葉にネロは首肯する。そうして彼はアリスと共に、元来た道を引き返す。

 本当は、ネロとアリスの二人は、自分達の婚礼の儀について、ソルとティエラに説明に来たのだったが――。

 またいつもの凛々しい表情に戻ったアリスに、ネロはなんとなく気になったことを尋ねてみた。


「アリスはずっとソルの事が好きだっただろ?  ああいう場面に出くわしたら傷ついたりとかないわけ?」


「特には気にはならないが?」


 アリスは感情が表情に出やすい。

 そんな彼女が、特に関心がなさそうに即答した。


(本当に気にしてなさそうだなぁ……)


 女性は切り替えが早いなと、ネロは思う。


(しかし、アリスが俺と結婚してくれるとは思ってなかったんだが――)


「妥協とかじゃないよねぇ?」


 ネロの問いかけが聴こえなかったのか、アリスは特に何も返さなかった。

 彼女は金の長い髪を揺らしながら、振り向いた。


「何をやっている、ネロ。早く帰るぞ」


(まあ、妥協でも良いか)


 一目惚れして十年近い。

 やっとで恋が実ったネロは、有頂天のまま彼女の肩を抱き寄せる。


「お前達は揃いも揃って……誰が見ているか分からないのに、もっと自重しないか!」


 ネロには、アリスからの雷が落ちたのだった。




※※※




 鳥が一斉に飛び立つ音が、ティエラとソルの二人に届いた。


「ほら……! 誰か来たんじゃないの?」


 ティエラがソルにそう言うと、彼は即座に否定した。


「逆だ。あいつらはいなくなった」


 どういうことかティエラは気になったが、彼の唇に口を塞がれてしまい、二の句が告げなくなる。

 唇が離れた後に、ソルがまた笑んで、彼女の間近で告げてくる。


「あんたの恥ずかしがる顔、俺は結構気に入ってるんだ」


 ソルにそう言われると、ティエラは顔が赤くなっていくのを感じた。


「そう言うことを、急に言うのも辞めて」


 彼女は頬を膨らませ、ソルから顔を背ける。

 彼はいつものようにため息をついた後、わりとあっさりと答えた。


「じゃあ、これからは辞めとくよ」


 そんな調子で言われると、ちょっとだけ寂しい気がしてしまう。胸がむずむずしてきたティエラは申し訳なくなりながら、ソルの方に向き直った。


「ごめんなさい、ソル……やっぱり今の発言はなかったことにして」


 すると、対峙した彼はまたくつくつと笑っていた。

 手にはいつの間にか、彼女の胸元に飾ってあったリボンがあった。


「いつの間にほどいて――」


「くるくる表情変わって……やっぱりあんた、飽きないな」


(前は、私の方が振り回してた気がしたけど、最近はなんだかソルの調子に乗せられてる気がしてきたわ――)


 周囲に二人の関係を隠さなくて良くなったからかもしれない。


「もう、からかわないでよ」


 ソルはひとしきり笑った後、また真剣な表情に戻る。


(こういう、ふざけてる時と真面目な時に差があるのも、ちょっとドキドキしちゃうと言うか……)


 ずっと一緒に過ごしているのに、いつまで経ってもティエラはソルにときめいてしまう。

 自分も隠さない状況だからこそ、たかが外れてしまっているのかもしれない。


「ほら、早くしないとまた誰か来るぞ」


 いつもはティエラの言うことを聞いてくれるソルなのに、なかなか今日は頑固だ。


「もう、だからダメって言ってるのに……そうだ!」


「どうした?」


 不思議そうにティエラを見るソルの顔に、彼女は顔を近付ける。そしてそのまま、ソルの耳朶を柔らかく噛んだ。先程のお返しだ。


(ソルはわりと恥ずかしがり屋だから、これでびっくりして照れて落ち着くはず……!)

 

 少しだけ勝ち誇った気分になったティエラだった。だが、木の幹に背中にまたぶつかったと思ったら、突然自身の耳朶から全身にかけてぞくりとした感覚が襲う。


「ひゃっん……!」

 

 いつの間にか、ソルの唇がティエラの耳を咥えていた。


(い、今、な、な……!)


「あんたから先に来るなんて思わなかった」


 耳元でソルの囁きが聴こえて、心臓が早鐘のように鳴り始める。ティエラが驚いてる内に、再び、彼の舌先が彼女の耳をなぞる。そうしていると、ティエラのリボンがはずれて緩んだ袂に、彼の指が侵入する。


「悪い、止まれなくなった……」


(状況が悪化した……!)


 困惑するティエラに、ソルがさらに続ける。


「もう二度と、あんたに俺を忘れさせないから」


 ソルの声がいつも以上に甘く寂しげで、ティエラの鼓膜を震わせる。

 戸惑う彼女に彼がまた口付ける。

 結局ティエラは、愛しい相手の願いを聞き届けてしまうのだった。





 ここまでお読みいただき、ありがとうございます(^^)

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