第21話 上弦の頃
6/16文章の見直しをしました。
ティエラの部屋からヘンゼルが出ていった後、ウムブラが現れた。
ベッドに座っていたティエラは立ち上がる。
「ルーナ様が、今日はこちらにはうかがえない可能性が高いと言うことでして――」
ウムブラの話を聞いて、ティエラはがっかりしてしまった。
(今日もルーナに会えないのね……)
「それで、こちらを姫様にお渡しするよう、ルーナ様から頼まれたんですよ~~」
背中に隠していた白い薔薇の花束を、ウムブラはティエラに手渡した。
(四本の白い薔薇……)
薔薇の周囲をカスミソウなどで飾り付けてある、落ち着いていて上品な花束――。
「……可愛らしいですね……薔薇が四本なのには、何か意味があるのかしら……?」
ティエラは、うっとりと花束に見惚れた。
(ルーナから花束をもらえて、とても嬉しいわ……)
ティエラに聞こえるか聞こえないかくらいの声量で、ウムブラがぽつりと呟く。
「ルーナ様は、姫様に関しては余裕のない人だ……」
「――え? ウムブラ、どうかなさいましたか?」
「いえいえ。白い薔薇を四本か、と思いましてね~~」
ウムブラは笑いを堪えているようだった。
(一体、四本の白い薔薇にはどんな意味があるの――?)
気にはなったが、ティエラはウムブラには尋ねなかった。
「ありがとうございました」
ティエラが礼を言う。
「そういえば、ヘンゼルから聞いたのですが……ルーナ様の女性への態度について、姫様はヘンゼルに尋ねられたのですか?」
ウムブラに言われて、ティエラは顔を真っ赤にした。
「もうじき彼の妻になる身としては、知っておきたいと思いまして……」
ティエラは口ごもる……。
そんな彼女を見て、ウムブラはくすりと笑った。
「ルーナ様と姫様の仲がよろしいようで、ウムブラは安心致しました」
彼はそう言って微笑んだのだが――。
突然、ウムブラは声を潜める。そうして彼は、ティエラに問いかけた。
「ところで、ソル様については何か思い出されましたか?」
ティエラの心臓はドキリとした。
「ソルについては、特に思い出せておりません」
(ウムブラに嘘を月についてしまったわ――)
「そうですか」
彼は残念そうに笑っていた。
ティエラがソルのことを考えようとすると、頭に靄がかかったようになる――。
(話題を変えなきゃ――)
「ウムブラ、ルーナの女性への態度を教えて下さいませんか?」
「え――? 私も答えないといけませんか~~?」
ウムブラは面食らった様子だった。
「ルーナ様もお若いので、昔は色々ございましたかね……? ルーナ様に叱られてしまうので、姫様のご想像にお任せ致します……と言ったところですかね」
(なんだか悪い想像をしてしまうわ……)
ウムブラは続ける。
「ルーナ様とティエラ様の年齢差のこともありましたので、国王様も、特別注意はなさっておりませんでしたが……まあ、釘はさしていましたかね~~それと……」
彼はそこで言い淀んだ。
何か思い出したのか、ウムブラはげんなりした表情になる。
(ウムブラ、どうしたのかしら――?)
「姫様の成人が近くなってからは、特別親しい女性達をお作りにはなっておりませんので――ご安心を」
(それはつまり……私がまだ小さい頃には、ルーナにはそういった間柄の女性が複数いたということ……?)
ウムブラ以上にティエラがげんなりしてきた……。
(ルーナの女性関係については、だんだん耐性がついてきたわ……)
傷ついていないと言ったら嘘になる。
だけど、彼の過去に対して、色々文句を言っても仕方がなかった。
「あとは……ヘンゼルから聞いたかもしれませんが……ルーナ様は、貴女様の敵だとみなした相手には容赦がございません」
(確かにヘンゼルがそう言っていたかも――)
「以前、ルーナ様と親しくしていた貴族の女性がいました。ある祝いの場で、まだ幼いティエラ様に対して不敬に当たるような言葉を、彼女はルーナ様に話しました――」
(もしかして、日記帳に書いてあった話のこと――?)
「そうしたところ、その女性と一族はとんでもない目に合いました。ティエラ様に不利に当たる人物に対しては、ルーナ様はとにかく厳しいですね~~」
(私に不利に当たる人物に厳しい――)
「ルーナ様にとって、姫様は絶対的で――」
ウムブラの瞳に、光が宿る。
「――神に等しい」
(神――)
ティエラの中に複雑な感情が渦巻きはじめた。
彼女はウムブラに対して、何と言って良いのか分からない――。
「姫様、もうすぐ新月ですね――」
「え、ええ……」
「それでは――」
ティエラの部屋から、ウムブラは退室した。
(もうすぐ新月――)
ティエラにとっての、運命の分岐点が近づきつつあった――。




