第138話 月の瞳に想いを還して
なかなか投稿できずに申し訳ありませんでした。
恐らく土日中に、残り1~2話載せたいと思っています。
「今までずっと、姫様とソル様の事を傍観されていたルーナ様が……姫様の記憶を奪われてからは、わりと二人の間に割り込んでいくようになりましたね~~」
ルーナの執務室にて、ウムブラは諸事の報告に来ている。机に座り仕事を処理するルーナに対して、ウムブラは軽い口調で声を掛ける。
書類から目を離したルーナは、自身の付き人であるウムブラに返答した。
「あの男の神剣が折れてしまった以上、できる限りの手は打ちたい。姫様にはご負担をかけることにはなってしまったが……」
至極真面目に返答する上司に、ウムブラは苦笑しながら返した。
「『貴方がソル様の神剣を折った』の、間違いではございませんか?」
嘆息した後、ルーナが答える。
「逃げ回っているだけ、姫様がいないと何も出来ない、十七で姫様が竜に喰われると分かったところで動けない……遅かれ早かれ、あの男の剣は折れてしまっていた。国王様の姿をした竜と対峙した時に折れなかったのが不思議なくらいだ」
「そこまで言われますか? いやはや」
やれやれと言った調子でウムブラは話す。
「まあでも、ご自分を犠牲にしようとするのは辞める事にしたのですか?」
彼の問いに、ルーナが答えることはなかった。
そんなルーナを見ながら、ウムブラが会話を続ける。
「……ルーナ様、しっかり姫様とお話した方が良いかもしれませんよ。ずっと姫様のおそばにいらっしゃったので、仕事がたまっているのは知っておりますがね……」
ウムブラは不敵に笑いながら、ルーナに背を向けた後、こう告げた。
「それでは。私は、友人の甥っ子のところへ参りますので」
去っていくウムブラを見送った後、ルーナは席を立ち、窓辺から階下を見た。
城の裏庭が拡がっている。
数日前から、一定時間、城の庭だけならばと、ティエラに自由に過ごしてもらっていた。
ルーナが立つ場所からならば、時折ティエラと、城に連れてきた子どもが遊んでいる姿を目にすることができる。
だが、今日は自分に向かって手を振る少年の姿だけが見えたのだった。
※※※
今ならルーナと向き合うことが出来る。
ティエラはあの時確かにそう思った。
けれどもあれから数日の間、ルーナが忙しくなった。そのためなかなか、ティエラと彼の二人で話し合いが出来る時間がなかった。
ルーナが訪れないので、夜眠れるようにはなった。
それ自体は悪いことではなかったが、ティエラの十七の誕生日が差し迫ってきていた。先行きのことを考えると早く話し合いたくて仕方がない。
最近は少しだけ自由を許され、孤児院にいた少年であるエガタと遊んで過ごしている。
今日もティエラはエガタと共に、城の庭で虫を探したりしていた。
彼女と共に居るエガタは、亜麻色の髪に榛色の瞳を持った少年だ。
この子どもと過ごすうちに、ティエラはある確信を抱くようになっていた。
(おそらくエガタくんは、私と同じ鏡の一族だわ……)
過ごせば過ごすほど、自分の知る叔父の姿とエガタの姿が重なって見える。
おそらく瞳の色には何か細工が施されているのだろう。
そこまで考えていたティエラに、突然目眩が襲ってきた。
(あれ……?)
なんだか気分が悪くなってきたので、ティエラは木陰に座って休むことにした。
「ティエラお姉ちゃん、ちょっと待っててね」
ティエラにそう告げると、エガタは城に向かって駆け出した。
小さな背を見送り、ティエラは木の幹に身体を預けた。
最近なるべく食事をとろうとしていたが、また食欲が失くなってきていた。胸の辺りもなんだか気持ちが悪い。
しばらくすると、エガタがまたティエラの元に戻ってきた。
「婚約者のお兄ちゃんを連れてきたよ」
少年の後ろには、ティエラの婚約者の姿があった。
彼の白金色の髪が、日光に当たって輝くのを見て、彼女は眩しく感じる。それと同時に、久しぶりに見るルーナの顔にティエラは安堵を覚えた。
「姫様、どうなさいましたか?」
ルーナはティエラのそばに跪き、心配そうに彼女の顔を覗く。
揺れるルーナの蒼い瞳を、ティエラは見つめ返して微笑んだ。
「良かった、ルーナ。貴方に逢いたかったの」
そう言って、ティエラはルーナに腕を回した。
彼は驚いて目を見張っている。
「姫様……?」
ここ数年はソルに気を遣って、彼に自分からこういった振る舞いをとることはなかった。だけれど、小さい頃のティエラは、こうやっていつも、ルーナに自分から触れにいっていた。記憶が完全に失われ城で過ごしていた時以外で、自分からルーナに腕を伸ばしたのは本当に数年ぶりだ。
ルーナはティエラを抱きかかえると、立ち上がり、そのまま彼女の住む小城の方角を見やる。
抱えられると、彼の横顔がよく見える。
「私、貴方に抱えられて歩くのが好きだわ」
ティエラがそう言うと、「承知しました」と言って微笑んだルーナが、彼女を連れて歩き始めた。
「記憶を失なわれてからも、貴女様をこうして抱えたことがございましたね」
ルーナの話に、しばらく立ってから、ティエラはこう返した。
「街を歩くとき、お忍びだというのに却って目立ったりしたわ……」
その言葉に、ルーナがティエラを振り向いた。
「ずっと仕事や研究で忙しいのに、夜に時間を作って会いに来てくれたりしたわ」
ルーナは眼を見開いている。
「でも、私は子どもだったから、貴方が頑張ってくれていた事に気づけなかったの……」
彼の蒼い瞳が揺れる。
「何か、思い……出されたのですか?」
「もう、無理はしないで良いのよ、ルーナ。思い出すのが遅くなってごめんなさい」
ティエラは話し続けた。
「全部思い出したの……。家族であるはずの貴方に、一人で全てを背負わせてしまった。私は、貴方の家族になると約束していたのに……」
ルーナが目を見張る。
「姫様は、あの男のことが……」
ルーナは、ティエラのソルへの想いを知っていた。
だけどそれでも、ルーナはずっと彼女の取る行動を黙って受け止めていたのだ。
「確かに私は、ソルの事が好き」
ルーナの蒼い瞳が一気に曇る。
ティエラはそんな彼に想いを告げる。
「でも、ずっと昔から……私は、貴方と家族になるのが夢だったのよ」
ルーナの瞳に輝きが戻る。
「今更かもしれないけれど、私は、貴方の家族になりたい」
そう言ったティエラは、ルーナの顔に手を添え、彼の頬に自分から口づける。
そのまま、ルーナはティエラに頬を寄せる。
彼の涙が、ティエラの輪郭に沿って流れていく。
「姫様……私はずっと、貴女様をお慕いしていました。いつか貴女様が、私との約束を思い出してくれるのではないかと……どこかで期待して……姫様とのあり得ない未来を想像して……」
そうして泣くルーナの首に、ティエラは腕を回す。
彼は彼女に抱き締められたまま、静かに涙を流し続けた。
離れていた数年の月日を埋め合わせるかのように、二人はしばらくそうして過ごしたのだった。
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