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記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士  作者: おうぎまちこ
第5部 月華・玉の章(if)

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第137話 月と向き合う前に



「失礼致します。本日は休日のため、オルドー様に代わり、私が姫様の元に参りました」


 ヘンゼルはティエラの部屋を訪れ、そう伝える。


「そうだったの。そんなに日にちが立っていたのね」


 そう答えるティエラに対し、ぼんやりとした印象をヘンゼルは受ける。

 

 彼女は部屋から出られないだけで、バルコニーなどから外の様子を見たりできる。そのため、昼夜の感覚はあるが、日付の感覚は失くなっているのだろう。


(ルーナ様は、やはり姫様に甘すぎるぐらいに甘いわ……)


 ウムブラが手を貸したとは言え、ティエラにはバルコニーから脱出した経緯がある。そのため、大きな窓を閉めきるなり、部屋を変えるなりすれば良いのだが、ルーナは絶対にそんな対応は取らない。

 未来の女王にそんな態度を取ったとなれば、気づいた貴族達が騒ぐ原因にはなるかもしれない……。

 けれども、今のままなら名実ともにルーナはティエラの夫になる。あと一月もしない内に、色々何かを言ってくる輩も黙るに違いない。


 もちろん、「ティエラもルーナも生き残れば」という前提はつく。


 特に何かお喋りをしたりはせずに、ヘンゼルは黙々と仕事をこなす。ルーナに命じられた通り、淡い紫色をした、スカート部分にチュールがあしらわれているドレスをティエラに着せた。

 

「ルーナ様から、姫様への贈り物のようです」


 ヘンゼルは知っている。

 ルーナが、ティエラがまだ十にも満たない年の頃から、ずっと彼女に何かしらの物を与えていることを。だけど、彼女からは「ルーナのお給金は国のお金だから、贈り物は要らない」と言われてしまっていることも――。

 だけれど、彼自身が何かを欲するということは珍しく、それこそ、ティエラの贈り物にしかお金を使っていない節がある。彼の何も置かれていない殺風景な部屋が、その事を物語っているような気がした。


(ルーナ様は不器用な方だわ……)


 ティエラが真に欲していたのは、ルーナとの時間だったに違いない。

 だけど、誰かの愛し方も、誰かからの愛され方も分からない彼には、気持ちを伝える手段が分からないのだろう。

 ティエラから愛されたくて空回りするルーナは、世間一般の言う完璧な彼とは違う。


(だけど、私はそんなルーナ様の事を……)


「ヘンゼル……」


 ティエラが神妙な様子で、ヘンゼルに話しかけてきた。

 そうしてティエラが口にした言葉にヘンゼルは驚いた。



「ルーナは、ヘンゼルを愛しているのよ」




※※※




 ヘンゼルと入れ替りで、ウムブラはティエラの部屋に入った。


「ウムブラさん、久しぶりですね。ルーナに伝言を頼みたいんですけど……」


 ティエラの会話に被さるように、ウムブラが話す。


「ヘンゼルから一応報告は受けてましたが、姫様、話し方が昔の口調に戻ってますね~~」


 彼へのうさんくさい印象は相変わらずある。


(まあ、この人は昔からそうだったわね)


 ティエラは、そんなウムブラのことを微笑ましく思った。

 そうして彼女は彼に話しかける。


「ウムブラさんは、ルーナとソル、どちらの事も好きですよね?」


「おや?」


 彼は、とぼけるように問い返した。

 そこにティエラは続ける。


「今回、ウムブラさんが色々と動かなければ、私とソルの二人が城から飛ぶことはありませんでしたよね。ルーナの邪魔になるような行動をとってはいたけど、何か意図があったのではないですか?」


 少しだけ間があった。

 ぽつりとウムブラは呟く。


「私は、私が大事なものを大事にしない輩が嫌いなだけですよ……」


 彼は、ティエラは昔から鋭いなと思いながら、彼女は旅を経て強くなったなとも感じた。


「姫様、記憶は全て――?」


 ウムブラの疑問に対し、彼女は首を振った。


「まだ、あと少しだけ足りないんです」


 

 


※※※




 ティエラはウムブラへと話を続けた。


「ルーナは何を考えているんでしょうか? 国を滅ぼしたいと……。愛する女性と幸せになりたいと……。そう言っていたから、その女性とはヘンゼルの事だと思ったんです……」


 伏し目がちに話すティエラに、ウムブラが懐かしそうに返した。


「昔、同じような事がありましたね……。ルーナ様は、今も昔も貴女にしか関心はないし、貴女のためにならないことは致しませんよ」


 ティエラは、そっと目蓋を閉じる。


「『私の知るルーナ様は、ティエラ様のことだけを愛しています』と、ヘンゼルにも言われたわ……」


 そう言われた時の事を思い出すと、ティエラの胸は痛んだ。


 ルーナとの記憶を反芻する。


『はい……約束します、姫様。私が、貴女様の家族になって、貴女を必ずや幸せにいたします』


『貴女様が必ずや、幸せな未来を迎えることが出来るように……致します』



『私は、姫様のことをお慕いしておりました』



『これまでも、お待ちしておりましたので、焦ってはおりませんから』



 ティエラが記憶を失った後に、目覚めた彼女にルーナはそう言った。


「でも今さらじゃないかしら、私が昔のことを思い出したなんて知っても……」


「そんなことはございませんよ」



 ウムブラの答えに、ティエラは目を開く。


(まだ、間に合うかしら?)



 彼女の金の瞳が揺れる。



 ルーナはずっと約束を覚えていたのだろうか?


 ティエラがソルのことを想っているのを知った上で、彼女がルーナを見てくれる日が来るのを、彼はずっと待っていたのだろうか?


 そんなルーナが今焦っているのは、やはり自分のためだろうか?


 ティエラが竜に喰われる位なら、国など滅んでしまえと、一人でずっと抱え込んでいたのだろうか?



 ティエラの瞳から、ひとしずくの涙が零れる。


 そして、今なら本当の意味でルーナと向き合うことが出来ると、彼女は強く思ったのだった。





 次回、ルーナと向き合う話になります。


 需要があるかは分かりませんが、ifが終わったら、ティエラとソルの後日談3も追加する予定です(たぶん何話かになる予定)。


 ブクマ・評価等していただき、いつも作者の励みになっています。

 お時間おありの方はぜひ、これからもよろしくお願いいたします。

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