第136話 大地は月との約束を思い出す※R15
念のために※R15。性的な話が苦手な方はご了承下さい。
ルーナがティエラに告げたように、あの日の夜は確かに何もなかった。
だが翌朝になると、彼は彼女をすぐに求め始めた。
(あれから……どれくらいの日数が経ったのかしら)
今は少しの間、ルーナがティエラの部屋を留守にしていた。
この数日、部屋に閉じ込められたまま。
昼夜問わず、彼に弄ばれている。
身体が壊れてしまうのではないかと思うが、彼は離してはくれない。
来る日も来る日も、ティエラはルーナの求めに応じ続けるだけだ。
ルーナから利用されているだけで、愛されていないのだと思うと胸が軋む。
諦めに近い気持ちも少なからずある。
けれど、自分の国の命運もかかっている。
ルーナは「愛する人と幸せになりたい」とは話していたが、「この国を滅ぼさない」とは言っていない。
ティエラは、ルーナが国を滅ぼすことには賛同できない。彼女は「別の道を探しましょう」とは伝えたが、彼から答えをもらう前に、このような状況になってしまった。
当初、城に戻ってきた時の目的を思い出す。
(私は、ルーナを止めに来たのだから――)
彼女は、自身の胸元で揺れるペンダントをそっと掴んだ。
愛する紅い髪の青年の姿を思い出す。
(こうなってしまっては、もうソルの元にも帰れないわね……)
覚悟は決めていたつもりだったが、つもりだったのかもしれない。
ソルならどんな自分でも許してくれそうだが、彼の元に帰る自分を許せそうにないし、戻っても彼を傷つけるだけだ。
だけど――。
自分と国の未来のためにも、ここでくじけてはいけないとも思う。
身体は屈しても――。
「心までは屈しないわ……」
ティエラの瞳に光が宿った。
※※※
ティエラは、部屋に帰ってきたルーナに組み伏せられた。
ひとしきり口腔内を犯された後に、彼の唇が離れる。
息が上がっているティエラにルーナが、声をかけてきた。
「だいぶ……慣れてきましたか?」
ティエラは、彼から向けられる視線から逃げるように、顔を背けた。
ここで肯定しようが否定しようが、良いように扱われてしまう気がするので、ティエラは黙っていることにしている。
ここ数日の間で、彼女にはルーナについて気になっていることがある。
今日はそれを確かめようと考えていた。
ティエラの身体に覆い被さるようしているルーナの左肩。
彼女は、そこにそっと掌を当てた。
「――っ」
ティエラの眼前にあるルーナの顔が歪んだ。
「やっぱり」
ルーナは、いつもティエラの服を剥ぐ。けれども彼自身は服を着たままだった。
どんなに汗ばんだとしても、シャツの釦をはだけるだけ。
彼女は、男女の営みとはそういうものなのだろうかと思っていたのだが――。
ある日、彼女が彼にしがみついた時に、彼の様子がおかしいことに気付いたのだった。
ティエラはそのままの格好で、ルーナに声をかけた。
「ルーナ、お父様の姿をした竜につけられた傷が、まだ治っていないの?」
ルーナははっとした様子だった。
どうやら、ティエラの見解は当たっていたようだった。
彼女は右手で、柔らかく彼の背に触れる。
ルーナの綺麗な顔が歪む。
少しの刺激でも痛むようだ。
「ルーナは、どうしていつも本当のことを話してくれないの――? 私は、正直な貴方が――」
そこまで口にした時、突然、ティエラの頭の中へと、洪水のようにルーナの記憶が戻り始めた。
(あれは、確か――)
※※※
オルドーも口にしていた、ティエラがうなされていた時のこと。
あれは、十年近く前の話だ。
鏡の神器に占ってもらうのだと言って、ティエラはルーナを連れて、鏡の神器に触れた。
そしてあの、岩が空に浮かぶ不思議な空間へと飛ばされてしまった。
あの時、どこかから声が聴こえ――。
(私は、ルーナの過去を知ることになった……)
今思い返せば、あの時の声の主はオルビスに巣くう「竜」なのだろう。
イリョスに助けられた後、ルーナとティエラは約束を交わしたのだった。
『ルーナ、約束して。私達は家族よ。家族になって、幸せになりましょう』
『はい……約束します、姫様。私が、貴女様の家族になって、貴女を必ずや幸せにいたします』
(私は、どうしてこんなに大事な約束を忘れてしまって……?)
※※※
「姫様……」
「どうしたの、ルーナ?」
幼いティエラは、数日の間、床に臥せっていた。
顔色が優れない幼いティエラに、ルーナがそっと近づいた。
「姫様、私は貴女様が忘れてしまっても、私は貴女様と交わした約束をずっと覚えています」
そうして寝台の傍らに跪いたルーナは、ティエラの亜麻色の髪を撫でる。
「次に目が覚めた時には、恐ろしい記憶は全て消えてしまっていますから」
そう言う彼の表情は、ひどく哀しげだった。
「ルーナ、どういう意味なの?」
彼はティエラの問いには答えてくれなかった。
そのままティエラの頬に、彼は口づけを落とす。
そこで彼女の記憶は途絶えた――。
※※※
確かにあの出来事以降、ルーナのティエラに対する態度は目に見えて変わった。
(ルーナから、私はすごく甘やかされて……)
宝玉の力で彼女から記憶を消し去ったのは彼自身だ。
(十年近く前のことだし……)
果たして彼は、ティエラと交わした約束など今も覚えているのだろうか? もう忘れてしまっている可能性は否定できない。
(でも、ルーナは「ずっと覚えています」と口にしていた)
だとすれば覚えているのだろうか?
だが、ソルと恋人同士になった自分のことをルーナはどう思っていたのだろうか?
だからこそ、彼と、彼がそばに置いていたヘンゼルとの仲が深まったのではないか?
自分に彼を責める権利はない。
ルーナを裏切ったティエラへの憎悪が、彼の中で強くなったのかもしれない。
(まだ、記憶が断片的だわ……。彼の考えがはっきりするまでは、記憶を取り戻したことを伝えるのは得策ではない気がする)
ティエラはルーナに、約束を思い出したことを切り出すことが出来なかった。
ティエラがルーナとの約束を思い出しました。彼女の誤解も、もうすぐとけると思います。
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