第135話 結ばれた翌日※
あと1~2話で、また話が展開すると思います。性的な事が苦手な方はあと少しだけスキップしていただければと思います。申し訳ありません。
乱れた敷布の上で、ティエラは何も纏っていない身体を夜具に隠して横たわっていた。泣きはらしたからか目蓋が腫れている。
まだぼんやりとしている視界に、ルーナが出掛けるために上衣の釦を留めているのが映った。
準備を終えた彼がティエラの近くに腰掛ける。そして、彼女の亜麻色の髪を撫で始めた。
「姫様に、謝りたい事がございます」
ティエラは、彼に視線だけ向けた。
ルーナは眉根を寄せ、蒼い瞳をすがめながら話す。
「その、まだ婚礼前に突然このようなことになってしまって、驚かせてしまいました」
ルーナの言い方に、ティエラに羞恥が走ると同時に怒りも沸いてきた。
(驚くとか、そういう問題じゃない……)
昨晩の事を思い出すと、複雑な気持ちになる。
ソルの事が頭に浮かび、ルーナに対して何度も拒絶の意思を示したが了承してくれなかった。けれども同時に、初めて味わう快楽の波に抗うことが出来ない自分も存在していたのも事実だ。
(自分が恥ずかしい……)
ティエラの目尻から、ひと粒の涙がこぼれ落ちる。
「気が急いてしまいまして……。今日の夜は、共寝だけに致しますので」
彼は今晩もティエラの元を訪れる気のようだった。
ルーナが彼女を慰めるように声を掛けてきているのは分かったが、ティエラの気持ちは一向に晴れない。
こんな状態で彼と本当に向きあう事が出来るのだろうか。
昨日までの、彼と話し合おうと言う気持ちが萎んでしまったような気がする。
(この人は、別に愛する女性がいても、ああいうことをするのに抵抗がないんだわ……)
ソルへの気持ちの整理はつかなかったが、ルーナとは夫婦になる予定だったし、遅かれ早かれこういうことにはなっていたのだからと、あきらめにも似た気持ちと共に自分に言い聞かせる。そうでないと、辛くて胸が押しつぶされそうだった。
ルーナがティエラに何か話し掛けていたが、疲れと眠りに抗うことが出来ず、彼女はそのまま目蓋を閉じた。
※※※
次にティエラが目覚めた時には、陽は傾きかけていた。
(こんな時間まで眠ってしまっていた)
身体を起こすと下半身が痛み、これまでの出来事が夢ではなかったと嫌でも思い知らされた。
気だるい体をなんとか動かして、近くに放られていたドレスを自分で身に付ける。
ちょうどお世話係のオルドーが部屋を訪ねて来た。その際に彼女から、夕食はどうかと尋ねられたが、ティエラは断りを入れる。
オルドーは、ティエラが眠っている間に何度か部屋を訪れていたそうだが、声を掛けずにそのままにしていたらしい。彼女は、水差しだけ机の上に置いて去っていった。
(ソル――)
数日前まで一緒だった幼馴染みの事を思い出した。
まだ何日も経っていないのに、共に旅をした日々がとても懐かしく感じる。
ルーナは約束通り、ティエラの記憶を奪うことはしなかったが、それが逆にティエラの気持ちを重くさせた。
(ソルと顔を合わせるのが怖い――)
彼は、ティエラとルーナに合った出来事を知ったらどう思うだろうか。
覚悟を決めて城に戻ったとは言え、性急すぎる話の流れに彼女の心は少しばかり心がくじけそうだった。
それにルーナの考えが良く分からないのも、ティエラの気持ちを暗くさせた。
(愛する人と幸せになりたいのではなかったの――?)
またもや騙されていたのだろうか?
けれども、先日のルーナが嘘をついているようには見えなかった。
陰鬱な表情をしたまま、寝台に腰掛けていた彼女の元にルーナが現れた。
「転移で急に現れるのはやめて、ルーナ」
少しだけ怒気を孕んだ調子で、ティエラは一言だけルーナにそう告げると、そっぽを向いた。
「姫様、朝から食事をとられていないと聞きましたので……」
「あまり、食べたくないの……」
ティエラはそう伝えたが、ルーナからは特に反応がなかった。
「水だけでも飲まれて下さい」
「いらない」
彼女は彼に何を言われても、無視することにした。
ルーナが何かしらの動作の後に、ティエラに近づく気配がする。
彼に無理矢理、顎を持ち上げられた。かと思うと、彼の唇で唇を塞がれた。
生温かい水が口の中に流入してくる。
唇の端から水が少しだけ漏れて、線をひいた。
口を塞がれている。そのせいで、ティエラはそのまま水を飲み込むしかなくなった。
ティエラの喉がこくりとなったのを確認してから、ルーナが唇を離した。
ティエラの口角から漏れる滴を、彼は飲み干した。
「……何するの……」
彼女は手の甲で唇を拭った。
「貴方様が水も飲んでいらっしゃらないようだったので」
「水ぐらい……自分で飲める……」
ティエラは態勢を整えて、ルーナを睨んだ。
「私は、貴女様の体調が心配なのです」
蒼い瞳をすがめながら彼は話す。
朝もそうだったが、今も彼女の身体の事を彼は心配してくれている。
ティエラは、彼の事がよく分からなくなってきた。
(皆の言う通り、ルーナは自分のことを好きなのだろうか?)
都合のいい考えだとは思っているが、そう考えて気持ちの平衡を保とうとした。
けれども、ティエラの微かな希望は、次のルーナの言葉で脆くも消え去った。
「貴女様には元気でいてもらわないと、私の目的が叶いません」
ティエラは、頭を石か何かで撃たれたような気がした。
(目的……)
彼女はなんとか言葉を絞り出す。
「私を心配するのは、貴方の目的のため……?」
「はい」
やはり皆が言うことは気のせいなのだろう……。
「昨日の夜のような行為も、貴方が目的を達成するために必要なの……?」
聞くのは怖いが、口を滑った。
「はい」
目の前の彼は、少しだけ困ったように微笑んでいた。
ティエラは呆然とした。
(自分の幸せのためなら、私の気持ちなんてどうでも良いんだわ……)
ティエラの瞳が自然と潤んできた。
彼に期待してはいけない。
期待しても裏切られるだけだと、彼女は思った。
※※※
(やはり、怒っていらっしゃる……?)
ルーナは彼女の反応をうかがっていた。
だけど、ティエラの命を護るためには、全ての手を打っておきたい。
ただ、やはりもう少し説明してからの方が良かったかもしれない。
彼女の誕生日まであと一月程度しかなく、自分でも焦っていたと思う。
ルーナは恐る恐る、彼女をそっと抱きしめた。
彼女は顔を背けたままだったが、特に抵抗はされない。ルーナは胸の内で少し安堵した。
その後、背を向けて眠るティエラの隣で、ルーナは眠りに就いた。
目蓋を閉じて考える。
これまで、なんて意味のない行為だと思っていたが、彼女と結ばれた時にルーナは気づいてしまった。
本当は、意味のある行為だったのだと。
いつもは、他の女性達とは早く終わらないかと思う節があった。
だけど、愛する女性の内に入れた時に、これまでとは違う気持ちが芽生えた。
一瞬、彼女の全てが手に入ったと錯覚してしまった。
もっと彼女と繋がっていたいと――。
早く心も手にいれたいと――。
どんどん欲が増えていく。
だが、自分には目的がある。
それは見失ってはいけない。
今は、自分しか彼女を救える人間はいないのだから。




