第130話 月は真実を口にする
心情は丁寧に書いた方が良いかなと思って、少しだけ時間をかけて書きました。
多分次回からは、もう少しテンポよく進むかなと思います。
自室に閉じ込められ、やることのなかったティエラは、日中は繕い物をしていた。
相変わらず不器用さは変わっておらず、なかなかうまく刺繍が出来ない。
「また怪我しちゃった……」
これまでにも、何度も針で指を刺してしまっていた。
これは生まれ持った才能なのだろうか……。
「もう少し、私も器用ならな」
そんな彼女の元に、以前はティエラのお世話係をしていて、現在はルーナの付き人になっているヘンゼルが現れた。彼女は、艶やかな黒髪に、やや切れ長の瞳、ふっくらとした唇を持ったとても綺麗な女性だ。黒髪は頭の上で一本に結んでおり、とても利発そうな印象を受ける。実際に仕事も出来るのだから、見た通り真面目な女性なのだろう。
「姫様、お困りのことはございませんか?」
彼女にそう問われたが、現在では部屋の外に出れないこと以上に困っていることはない。ひとまずティエラは首を振った。
「そうですか。何かございましたら、何なりとお申し付けください」
退室しようとするヘンゼルに、ティエラは声をかける。
「その、ヘンゼルに尋ねたいことがあるのだけど……」
※※※
今はもう夜になった。
薄い寝間着にショールを羽織って、ティエラはベランダに出て外を眺めていた。
以前、ここから部屋の外へと脱出したこともあったからか、階下には騎士達が数名配置されているのが見えた。
ティエラが月を眺めていると――。
「姫様」
背後にルーナが現れ、ティエラは後ろからルーナに抱きしめられた。
背中に彼の気配を感じて、彼女は少しだけ心臓が早くなってしまう。
ルーナは、特にそれ以上何か声を掛けたりしてくるわけではない。二人はしばらくそのままで過ごした。
ティエラは、背後で彼女を抱きしめる彼に声を掛けた。
「嫌な場所で、何かあったの?」
彼女の問いに、ルーナからの返答はなかった。
また、しばらく黙りこくった彼に抱きしめられたまま過ごす。
以前、記憶を失った際に城で過ごしていた際にも、たまにこういう時があった。何も言わずに、ティエラを抱きしめてくることが……。
こういう時の彼は、自分よりも十も年上のはずなのに、ひどく子どものように見える。
彼女の胸の下に回されているルーナの腕に、ティエラはそっと触れる。
そうしたところ、彼女の胸の内に少しだけ罪悪感が芽生えた。紅い髪の幼馴染を思い出す。
「本当は――」
ルーナが重い口を開いた。
朝、ティエラが話してほしいと頼んだ、彼の本当の気持ちだろうか?
「――私は、愛する人と幸せに……なりたいのです」
彼が口にしたのは本心だと、ティエラにも分かるほど、切望した口調だった。
彼の愛する人――。
それはおそらく――。
※※※
「姫様に、ルーナ様とヘンゼルの関係を聞かれた?」
ウムブラは、おやおやと言った調子でヘンゼルの話に問い返した。
「ええ、そうなのよ。姫様は記憶がいくらか戻っておられるようだったわ」
彼女は伏し目がちになってそう話す。
ヘンゼルの話によると、今日の日中、彼女はティエラの元を訪れたらしい。
そんなヘンゼルに、直接、彼女がルーナの事をどう思っているのか聞いてきたらしいのだ。
「それで何て答えたんですか?」
「鏡の神器の持ち主である姫様に、嘘は通じないわ。私なりに真実は伝えたけれど……」
「真実ですか?」
ウムブラは、ヘンゼルがティエラに話した真実に関心があった。
ティエラ姫がありのままに、ヘンゼルとルーナの間柄を知ったとしたら?
昔、それでティエラが悩んでいたことを思い出す。
同じような状況になるのは明白だ。
ヘンゼルが口を開いた。
「私は、ルーナ様と妹のグレーテルの二人が死地に追い込まれて、片方しか助けることが出来ない場合――グレーテルを優先します――と」
ウムブラは想像とは少し違うヘンゼルの回答に目を丸くした。
本人なりに、色々と考えた結果、そう答えることにしたのだろう。
「貴女がルーナ様を好きかどうかは、否定も肯定もしなかったということですね」
ウムブラの問いに首肯するヘンゼルの瞳には、活気がなかった。
彼女は、ルーナを慕っているが、反面ティエラへの恩義も感じている。だからこそ、悩んでいるところがあるのだろう。
恐らくティエラなら、ヘンゼルがルーナへの気持ちを押し殺していることは容易に分かるはずだ。
勘が働くはずのティエラだが、なぜだかルーナの彼女への愛情に関してだけはものすごく鈍い。
「また話がややこしくならないと良いのですがね」
※※※
ルーナが愛している人は――。
――ヘンゼル。
ルーナがそばに置いている付き人である彼女のことだろう。
「ルーナ、貴方には愛している人がいるのね」
背中にルーナの温もりを感じながら、ティエラはルーナの話を繰り返した。
「はい」
「幸せになりたいから、ルーナはこの国を滅ぼしたいの?」
「はい」
彼女の問いに、ルーナは頷いた。
彼の口調から、どうやら嘘はついていないことだけは伝わって来た。
ルーナはヘンゼルと幸せになりたいのだろう。
自分も彼に真剣に返さないといけない。
ルーナの気持ちは尊重しつつ、彼女は彼に自身の意見を口にした。
「私は、国を滅ぼすことには賛同できないわ。だけど、貴方には幸せになってほしい。貴方の願いを叶えてあげたいわ、ルーナ。だから、もっと別の道を探しましょう?」
ティエラは彼にそう告げる。
幼少期や、記憶を失っていた短い期間だけでも、好きだと思っていた相手に別に好きな相手がいるというのは、やはり少しだけ寂しい気持ちがあった。
ティエラはルーナを見上げると、彼の瞳からは涙が零れて来た。
彼女の頬に、滴が落ちる。
「泣き虫ね、ルーナは」
そうティエラはルーナに伝える。
彼女の頭に何かが一瞬浮かんだけれども、すぐに消えてしまった。
彼女は黙って、ルーナに抱きしめられたまま過ごしたのだった。
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