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記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士  作者: おうぎまちこ
第5部 月華・玉の章(if)

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第130話 月は真実を口にする

 心情は丁寧に書いた方が良いかなと思って、少しだけ時間をかけて書きました。

 多分次回からは、もう少しテンポよく進むかなと思います。




 自室に閉じ込められ、やることのなかったティエラは、日中は繕い物をしていた。

 相変わらず不器用さは変わっておらず、なかなかうまく刺繍が出来ない。


「また怪我しちゃった……」 


 これまでにも、何度も針で指を刺してしまっていた。

 これは生まれ持った才能なのだろうか……。


「もう少し、私も器用ならな」


 そんな彼女の元に、以前はティエラのお世話係をしていて、現在はルーナの付き人になっているヘンゼルが現れた。彼女は、艶やかな黒髪に、やや切れ長の瞳、ふっくらとした唇を持ったとても綺麗な女性だ。黒髪は頭の上で一本に結んでおり、とても利発そうな印象を受ける。実際に仕事も出来るのだから、見た通り真面目な女性なのだろう。


「姫様、お困りのことはございませんか?」


 彼女にそう問われたが、現在では部屋の外に出れないこと以上に困っていることはない。ひとまずティエラは首を振った。


「そうですか。何かございましたら、何なりとお申し付けください」


 退室しようとするヘンゼルに、ティエラは声をかける。


「その、ヘンゼルに尋ねたいことがあるのだけど……」




※※※




 今はもう夜になった。

 薄い寝間着にショールを羽織って、ティエラはベランダに出て外を眺めていた。

 以前、ここから部屋の外へと脱出したこともあったからか、階下には騎士達が数名配置されているのが見えた。

 ティエラが月を眺めていると――。


「姫様」


 背後にルーナが現れ、ティエラは後ろからルーナに抱きしめられた。

 背中に彼の気配を感じて、彼女は少しだけ心臓が早くなってしまう。

 ルーナは、特にそれ以上何か声を掛けたりしてくるわけではない。二人はしばらくそのままで過ごした。

 ティエラは、背後で彼女を抱きしめる彼に声を掛けた。


「嫌な場所で、何かあったの?」


 彼女の問いに、ルーナからの返答はなかった。

 また、しばらく黙りこくった彼に抱きしめられたまま過ごす。

 以前、記憶を失った際に城で過ごしていた際にも、たまにこういう時があった。何も言わずに、ティエラを抱きしめてくることが……。

 こういう時の彼は、自分よりも十も年上のはずなのに、ひどく子どものように見える。

 彼女の胸の下に回されているルーナの腕に、ティエラはそっと触れる。

 そうしたところ、彼女の胸の内に少しだけ罪悪感が芽生えた。紅い髪の幼馴染を思い出す。

 

「本当は――」


 ルーナが重い口を開いた。

 朝、ティエラが話してほしいと頼んだ、彼の本当の気持ちだろうか?



「――私は、愛する人と幸せに……なりたいのです」


 

 彼が口にしたのは本心だと、ティエラにも分かるほど、切望した口調だった。



 彼の愛する人――。



 それはおそらく――。




※※※




「姫様に、ルーナ様とヘンゼルの関係を聞かれた?」


 ウムブラは、おやおやと言った調子でヘンゼルの話に問い返した。


「ええ、そうなのよ。姫様は記憶がいくらか戻っておられるようだったわ」


 彼女は伏し目がちになってそう話す。

 ヘンゼルの話によると、今日の日中、彼女はティエラの元を訪れたらしい。

 そんなヘンゼルに、直接、彼女がルーナの事をどう思っているのか聞いてきたらしいのだ。

 

「それで何て答えたんですか?」


「鏡の神器の持ち主である姫様に、嘘は通じないわ。私なりに真実は伝えたけれど……」


「真実ですか?」


 ウムブラは、ヘンゼルがティエラに話した真実に関心があった。

 ティエラ姫がありのままに、ヘンゼルとルーナの間柄を知ったとしたら?

 昔、それでティエラが悩んでいたことを思い出す。

 同じような状況になるのは明白だ。

 

 ヘンゼルが口を開いた。


「私は、ルーナ様と妹のグレーテルの二人が死地に追い込まれて、片方しか助けることが出来ない場合――グレーテルを優先します――と」


 ウムブラは想像とは少し違うヘンゼルの回答に目を丸くした。

 本人なりに、色々と考えた結果、そう答えることにしたのだろう。


「貴女がルーナ様を好きかどうかは、否定も肯定もしなかったということですね」


 ウムブラの問いに首肯するヘンゼルの瞳には、活気がなかった。

 彼女は、ルーナを慕っているが、反面ティエラへの恩義も感じている。だからこそ、悩んでいるところがあるのだろう。

 恐らくティエラなら、ヘンゼルがルーナへの気持ちを押し殺していることは容易に分かるはずだ。


 勘が働くはずのティエラだが、なぜだかルーナの彼女への愛情に関してだけはものすごく鈍い。

 

「また話がややこしくならないと良いのですがね」




※※※




 ルーナが愛している人は――。



――ヘンゼル。



 ルーナがそばに置いている付き人である彼女のことだろう。



「ルーナ、貴方には愛している人がいるのね」


 背中にルーナの温もりを感じながら、ティエラはルーナの話を繰り返した。


「はい」


「幸せになりたいから、ルーナはこの国を滅ぼしたいの?」


「はい」


 彼女の問いに、ルーナは頷いた。

 彼の口調から、どうやら嘘はついていないことだけは伝わって来た。

 ルーナはヘンゼルと幸せになりたいのだろう。

 

 自分も彼に真剣に返さないといけない。


 ルーナの気持ちは尊重しつつ、彼女は彼に自身の意見を口にした。


「私は、国を滅ぼすことには賛同できないわ。だけど、貴方には幸せになってほしい。貴方の願いを叶えてあげたいわ、ルーナ。だから、もっと別の道を探しましょう?」


 ティエラは彼にそう告げる。

 幼少期や、記憶を失っていた短い期間だけでも、好きだと思っていた相手に別に好きな相手がいるというのは、やはり少しだけ寂しい気持ちがあった。

 ティエラはルーナを見上げると、彼の瞳からは涙が零れて来た。

 彼女の頬に、滴が落ちる。


「泣き虫ね、ルーナは」


 そうティエラはルーナに伝える。

 彼女の頭に何かが一瞬浮かんだけれども、すぐに消えてしまった。


 彼女は黙って、ルーナに抱きしめられたまま過ごしたのだった。

 




 いつもお読みくださって、誠にありがとうございます。

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 お時間ある方は、どうぞよろしくお願い致します。

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