第129話 月は慕いし者に期待する
なぜ、ティエラには自分の考えていることを見透かされてしまうのだろう。
『ルーナ、あまり行きたくない場所に向かうの?』
昔から、彼女は勘が鋭い人だった。
ティエラに自分の事を思い出してほしい。
だけど思い出してほしくない。
二つの相反する気持ちが、ルーナの胸の内にはあった。
『約束よ、ルーナ、私達は家族よ。家族になるのよ』
以前、竜のいる空間にティエラとルーナの二人で迷いこんだ事があった。
竜によってルーナの過去を追体験した彼女が、彼に対してかけてくれた最初の言葉だ。
唯一自分の家族だった父からの身体的な暴力はわりと毎日あった。十年以上経った今も、身体にはまだ古傷が残っている。顔は商売道具だからと殴られることは少なかった。
父親に愛されたかったので、言うことを聞いて、貴族相手に男妾紛いのこともさせられた。
だが結局、いつかは自分を見てくれると信じていた父親は、金を積まれるとすぐにルーナを本家に引き渡した。
新しい家族になった義父からも同じように利用されたし、義母からも身体を求められた。義理の兄からは嫉妬され、対等な関係を築くことは出来なかった。
(私には、家族というものが存在しなかった)
そんなルーナに出来た婚約者が、国の王女であるティエラだった。
彼女がよくルーナに『家族』という言葉を使ってきた。
初めは彼女をひどく不愉快に感じていた。
けれども、ルーナの過去を知ってもなお、家族になりたいと言ってくれたティエラによって、自分は救われた気持ちになった。
その時の記憶は彼女から失われてしまったが、彼女の本質は変わらない。そんな彼女の未来を作るために、今まで自分は生きてきた。
彼女に自分との約束を思い出してもらいたい、そう願うことは何度もあった。
けれども、やはり思い出してほしくないと思う時がある。
例えば今のような時に――。
※※※
「ねぇルーナ、突然尋ねてきたと思ったら、もう帰ってしまうの?」
香水の匂いを漂わせ、ルーナに一人の女性がしなだれかかっていた。
彼女は、彼の義母に当たる人物だ。
「ノワが亡くなって寂しいのよ、義息の貴方にそばにいてほしい」
どう考えても、彼女の態度は義息にとる態度ではなかった。彼女に会うと必ず、ルーナは身体を求められる。しばらく相手にはしていなかったが、今日はどうしてもティエラの今後のために、彼女から聞き出したい情報があった。
これまでにも男女問わず、数えきれない人数を相手にしてきた。今さら、自身の身体を利用することに躊躇いはない。
「私の昔の話を聞いてどうしたというの?」
彼女に問われたが、ルーナは曖昧に返した。
義母から聞きたい情報を得ることは出来た。
彼女に微笑んだ後、ルーナは彼女の部屋を後にした。
城への帰路につくために、廊下を歩く。
愛する少女の姿が頭に浮かぶ。
彼女に無性に会いたくて仕方がない。
だけど、同時に彼女に会うのが怖いとも思う。
彼女にだけは嫌われたくない。
でも、先程義母にしたように自分の身体を利用すること以外に、自身の価値を見出だすことが出来ない。
彼はひどくむなしい気持ちになった。
ふと、頭の中にティエラの顔が浮かんだ。
『ルーナ、貴方の本当の考えや気持ちを教えてほしい』
自分の、本当の考えや気持ち――。
「私は姫様――ティエラと幸せな家族に――」
彼女を救えたとしても、叶うはずのない願いを、ルーナは口にした。
このまま嫌われてしまった方が、彼女にとっても自分にとっても良いのではないだろうか――?
それでも、彼女が自分の想いを受け止めてくれるのではないか。
ルーナは、心のどこかで、期待するのをやめきれないでいた。




