第126話 月がくれたもの
目が覚めると、やはりティエラは自室に居た。昨日は夜に城へと帰ってきたからか気づいていなかったが、自室には婚礼用の白いドレスが飾ってあった。
ティエラは寝台を降り、そのドレスの前へと歩いた。
「完成していたのね」
以前、記憶を失っていた頃にこのドレスを試着したことがあった。
あの時、記憶がない状態だったことやルーナを信じても良いものかと、戸惑いながら着たのをよく覚えている。
(でも、あの頃の私は、確かにルーナの事が好きだったわ……)
記憶を失っていたこともあり、誰を頼って良いか全く分からなかった。そんな中、毎日会いに来て、自分に優しくしてくれたルーナに自然と惹かれていった。
今思えば、ほとんど人と会わないあの状況はおかしいということがよく分かる。
ティエラはほとんどを自室で過ごしていた。そして、ある程度の自由を与えられていたので、城での姫の暮らしとはこのようなものなのだろうと思い込んでいた。
(ルーナの考えがどうであれ、彼が私に嘘をついていたのは事実だわ……)
彼に騙されていたのだと思うと、胸が苦しくなる。やはり、自分を利用するために、毎日愛を囁いていたのだろうか。
ティエラはそこで首を振った。
考えても仕方がない。ルーナの真意を問いただすために、ソルと離れて自分はここまで来たのだから。
昔の自分がソルの事を好きだったことは思い出した。
だけれど、ルーナに関しては、彼に憧れていたのだろうなという程度の記憶しかない。
(あともう少しだけで良いから、ルーナの事を思い出せたら……)
ティエラは、目の前のドレスに再び視線を戻す。彼女はそこで、以前とは異なる点に気付いた。
ドレスの胸元に、薔薇の形をしたコサージュがついている。ガラスで出来ているこれは、ティエラが幼い頃にルーナから貰ったものだった。
(この飾りは……)
ソルの顔が浮かんだ。
このコサージュを大層気に入っていたティエラは、外に持ち出した際に失ってしまった。だけれど、ソルがこのコサージュを探しだしてくれたのだ。
そこまで考えると、昨日別れたばかりの彼の事を思い出し、胸が軋んだ。
「ソル――」
考えると涙が溢れてくる。
彼はどうしているだろうか。
頬を涙が伝う。
ティエラはそっとコサージュに手を当てた。
その際、急激に頭の中に何かがよぎる。
『――あなたと結婚する時に着るドレスにつけたいかしら?――』
『ティエラ様――いつか貴女に差し上げますから』
(あれ――?)
突然、頭の中にいくつかの場面が浮かんできた。




