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記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士  作者: おうぎまちこ
第5部 月華・玉の章(if)

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第125話 月は大地を再び手にする

 ifの第1話となります。以降、サブタイトルは第125話~になります。

 本編第124話の後で分岐する形です。ただ分岐とは言っても、ルーナの心情に関しては知っていることを前提とした上で話が展開してしまうので、本編を読んでからの方が分かりやすいです。(一応、「月の咆哮1~5」というサブタイトルの話を読んでもらえたら、ルーナのティエラへの気持ちは分かるかなと思います)

 竜との決着の仕方などは同じ展開にしても面白くないから、ソルの話とは少し変える予定です。同じような場面はあるので比較も面白いかもしれません。


 このif第1話ですが、先週出しておいた「虐げられし月は大地の姫君を溺愛するif」と話の筋に変更はありません。全く一緒だとお待たせしたのに悪いので、数行だけ加筆しています。

 第2話(第126話)も、深夜中に投稿すると思いますので、明日の朝以降にでもお読みいただけましたら幸いです。


 これからもどうぞよろしくお願い致します。



 




 王女であるティエラはしばらくの間、幼馴染みで護衛騎士のソルと旅をしていた。彼女の婚約者のルーナが、国王である父を殺害した犯人であるかもしれず、ルーナの元に留まる危険性があったからだった。

 だが、ついに今日、ティエラは婚約者のルーナに連れられて城に帰ることになった。



 ティエラは久しぶりに自室へと戻ってきていた。もう夜も遅かったものの、彼女は、御世話係の数名に湯浴みを手伝ってもらった後、綺麗な寝間着用のドレスに着替えさせられた。彼女の腰まで届く亜麻色の髪は、まだ渇ききっておらず濡れそぼっている。

 今は寝台に腰掛け、ぼんやりと過ごしていた。なかなか眠りにつけそうにない。

 外はもう暗い。室内には小さな灯りだけが点いている。


(ソル……大丈夫かしら?)


 離れた幼馴染みの護衛騎士ソル。

 彼のことを思い出すと胸が痛んだ。

 紅い髪に碧の髪をした彼の姿が頭に浮かぶ。

 彼にこれ以上辛い思いをさせたくないため、ルーナの元――というよりも、城に帰る覚悟はしばらく前から決めていた。

 祭りの日の思い出、戦争前後の話など、ソルの記憶の大半を思い出してしまったがために、離ればなれになった辛さが増してしまっていた。


(ソルの神剣が折れてしまった……竜はどうなるのかしら? 私は――)


 竜にこのまま喰われるのだろうか?


 それに、ルーナに関する記憶が曖昧で、彼の目的がはっきりしないのも気持ちが悪い。


(本当にルーナが、私のお父様を殺したの?)


 ティエラを利用して王国の体制を崩壊させたい。ルーナは彼女にそう話していた。

 だが一方で、ソルをはじめとした皆は、ルーナはティエラのためにはならないことはしないと言っていた。


 両者の主張どちらも正しいのだとすれば――。


(ルーナは、私のために竜や国を滅ぼそうとしている……?)


 都合の良い考えかもしれない。


 でも、その可能性が欠片でもあるのならば、ルーナと話し合える気がした。


(でも、消された記憶の中に、彼にとって都合の悪いものがあるのかもしれない)


 そう考えると、油断することも出来ない。


 ティエラが考え事をしていると、扉を叩く音が聞こえた。返事をすると、部屋に入ってきたのは、やはりというかルーナだった。


「姫様、長旅お疲れ様でした。今のお加減はいかがですか?」


 彼は笑みを浮かべながら、寝台に座るティエラに向かってくる。

 彼女は少しだけ身構えてしまう。


「普通よ」


 素っ気ない言い方になってしまったが、警戒しているので仕方ない。

 ティエラがそっぽを向いていると、彼女の近くにルーナが跪いた。ティエラを見上げる格好となった彼は、ティエラの右手を手にとり、そっと口付けた。その際に、彼の白金色の髪も一緒に手の甲に触れ、くすっぐたく感じてしまう。


「手に傷が増えられましたね……」


 ルーナはそう言った後、ティエラの手の傷がある箇所に口づけを落としていく。指先に彼の唇が触れた時に、彼女の体はぴくりと震えた。

 悟られたくなくて、彼の顔を見ないまま彼女は返す。


「貴方の、本当の目的は何なの?」


「私は以前も話した通り、国を滅ぼすために、貴女様に女王に――」


 彼が以前と同じような事を言おうとする。

 ティエラはルーナへと視線を戻した。

 はぐらかしてこようとする彼に対して、ティエラは口を開いた。



「ルーナ、私は正直な貴方が見たいの」

 




※※※





『せっかく家族になったのだから、正直な貴方がみたいの、私は』




 ルーナの頭の中に、在りし日の彼女の様子が浮かんだ。


 幼い頃から、ティエラはルーナに正直でいてほしいと話していた。


 記憶を失おうが失うまいが、彼女の本質が変わることはない。


 そう――。


 彼女が愛しているのは、護衛騎士のソルだ。


 記憶を失った事で、やっと自分の方だけを振り向いたと思ったティエラ。けれども結局、無意識にソルをかばい、自分の前から姿を消してしまった。


 先刻の戦闘後のやりとりもそうだ。


 彼女は、優しいソルを戦にまた駆り出したくないと思い、彼をかばって城に戻りたいと言ったのだろう。


 それを見越して、剣の守護者であるソルを完膚なきまでに叩き潰したのだが――。


「私に正直さを求めるのは、あの男のためですか?」


 自嘲気味な語り口調になったと思う。

 彼女の記憶を失わせても尚、愛されなかった自分に嫌気が差している。

 もう自分が彼女に出来ることは、彼女に正直な自分を見せることではないと思っている。

 

 自分が彼女にしてあげられることは、彼女とこの国を生かし、彼女が愛するあの男と幸せになる未来を切り開いてやることだ。


 自分でそう決めてここまでやってきた。


 そうまでしているくせに、彼女に愛されたいと思ったり、彼女の護衛騎士に嫉妬してまうことがある。そんな自分が情けなく感じた。


 見上げるティエラは、彼に向かってゆっくりと口を開いた。

 その姿の高貴さに、幼かった彼女は、いつの間にこんなに大人になってしまったのだろうと思った。



「ソルのため? もちろん、それもあるわ。でも、それだけじゃない」



 ティエラが続けた。



「ルーナ。私は、貴方を止めるために城に戻ってきたのよ。ソルがああなるもっと前から、城に戻ることを決めていたの」



「あの男をあれ以上、戦わせたくないからではないと――?」


 ルーナの問いに、ティエラは力強く答えた。


「違う。ソルは関係ない。私は、貴方を止めるためだけに、ここに来たのだから」

 

 彼は息を呑んだ。



「ルーナ。私は貴方の記憶だけが戻っていない。だけど今度こそ、貴方としっかり向き合いたいの」



 ルーナに話しかけるティエラの眼差しは真剣だった。

 まっすぐな彼女に、ルーナの中に屈折した想いが首をもたげてきた。



 彼女が嘘をつくような人ではないと知っている。ただ、自分と向き合いたいという言葉を聞いて、怖くなってしまう。

 

 昔、彼女が自分を見てくれていた時期がある。それだけで充分幸せだったのに、それ以上の気持ちを彼女に求めてしまった。

 そうして彼女との距離を測りかねているうちに、彼女の心が離れていった。



 彼女が生きてさえいてくれれば――。

 そう思っていたくせに、彼女の記憶を消した際に、もしかしたら彼女が自分を愛してくれるかもしれない。

 そんな期待がよぎった。


 だが失敗が続きすぎて、彼女の言葉を信じるのが怖くなっていた。



「それなら今度こそ、城にいる間、私の事だけを見ていてくれますか?」


 彼は続けた。


「毎日私の求めに、貴女は応じて下さいますか?」



 少し冷たい言い方になった。

 無理難題を持ちかけているのが自分でも分かった。

 別に好きでもない男の願いを、毎日受け入れるなど――。

 彼女を愛していて、彼女の願いが自分の正直さであればあるほど、真逆の態度をとってしまう。

 数年前にティエラがソルと恋仲になって以来、特にひどくなっていった。それも彼女に避けられる一因になったと思う。


(もちろん、姫様は断るだろう)


 だが、彼女からの答えはルーナの想像とは違った。



「ルーナ……貴方が、これ以上、私から記憶を奪わないと誓ってくれるなら……貴方の願いを聞き入れるわ」



 彼女が、凛とした口調で答えた。


 求めの意味を彼女は分かっているのだろうか?


「でしたら――」




※※※




 ルーナにそう言われ、ティエラは思わず目を瞑った。

 覚悟を決めて、求めに応じるとは言ったが――。


(求めの内容が何かを、聞いてなかったわ……)


 閉じた瞼に力が入った。

 心臓が急に速くなってしまう。


 目を閉じていたが、ルーナが近付いてくる気配を感じた。


 ティエラの唇に柔らかいものが触れる。

 

 そっと目を開くと、ルーナの蒼い瞳と視線がぶつかる。


 しばらくお互いの唇が重なった後に離れた。


 これまで、ルーナとはもっと深い口づけを交わしたことがある。


 だけど今のは、触れ合うだけの口づけだった。


「今日はこれで」


 彼がそう答えた。

 ティエラは、もっと大変なことになったらどうしようかと身構えていたので、少しだけ拍子抜けした。

 ルーナがティエラの髪を一房手にとり、口づける。


 ほとんどないルーナの記憶。


 だが、見慣れた所作だと思った。


(彼はよく、私の髪に口づけていた気がする――)


 ルーナがティエラに、柔らかく微笑んだ。


「私は昔から、姫様と口づけを交わせるだけで満ち足りてしまいます」


 それだけ言うと、ルーナは立ち上がった。


『私は、貴女様以外に――』


 少しだけ、ティエラの頭に何かが浮かんで来ようとしたが、すぐにかき消えてしまった。

 部屋から出ていこうとする彼の背に向かって、ティエラは声を張り上げた。



「待ってルーナ! 本当は貴方は――!」



 だが、彼は一度だけティエラに対して寂しげに微笑みかけると、部屋から出ていった。


 残されたティエラの心の内を、ルーナが何を考えているのかが分からないという戸惑いと、置いてきたソルへの後ろめたさ――。



――そしてなぜか懐かしい胸の疼き。



 それらが彼女を支配していたのだった。






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