本編(炎陽・剣)後日談2 彼女と彼は忍べない
ルーナのif第1話が、短編と一緒だったので、ティエラとソルの後日談を追加しておきます。
すぐにif第1話(第125話)も投稿します。
if第2話(第126話)も今書いている分に加筆修正したら投稿します。深夜になるかもしれないので、朝にでもお読みいただければ幸いです。
「ソル、せっかくだから一緒にお出かけしましょう! 美味しいって評判のお菓子屋さんがあるそうなのよ。市井で暮らす皆の状況を知るためにも、ぜひ行きましょう。二人でだらだら過ごすのも好きだけど、たまには外に出たいの」
とある休日。
昼までになんとか仕事を終えたティエラは、城の一角にあるソルの部屋に遊びに来ていた。
そう言えば、最近は休日だけど仕事が終わらないこともあり、結局城の外に出ることができない日々が続いていた。
少しだけでも気分転換にと、普段から城の庭の散歩はしていたが、ティエラはもっと別のことをしたかったのだ。
だが、寝台に横になっているソルの返事はつれないものだった。
「興味がなさすぎる……。せっかく休めたのに……。それにもう夕方近いじゃないか。菓子は取り寄せるか、行くならグレーテルでも連れて行けよ」
腕で顔を隠しているソルに近づいて、ティエラは彼の服の釦を閉め始めた。
「確かに休みだけど、そもそも貴方、私の護衛騎士だったわよね? グレーテルは、アルクダさんとお出かけしているわよ。それに、外に行って、私が憑依されでもしたらどうするの?」
その問いかけに対して、答えになっていないような回答をソルはぶつぶつと話した。
「騎士でも連れて行ったら……。あ、いや、やっぱり女騎士に着いてもらって。いや、抱えきれないか……」
「騎士を連れたら目立つじゃない。それに私は、ソルとお出かけしたいのよ」
ティエラは、ソルの服の釦を閉め終わる。ちょうど彼は腕を離した。
彼女はソルと目が合うと、にっこりと笑った。
「はい、じゃあ出発ね」
ソルは、ため息をつく。
「仕方ないか……」
そう言って、起き上がるソルを見て、ティエラは感謝を告げる。
彼女は、彼が彼女の頼みごとに弱いことを知っているのだった。
※※※
外出する時困るのは、二人の髪と瞳の色だ。
ティエラは亜麻色の髪に金の瞳をしている。亜麻色の髪は、わりとこの国では珍しくない。金の瞳に関しては、じっくり覗かないと分かりづらい。
そのため、一番問題になるのはソルの方だということになる。
もちろん、王都には色々な人がいるので、紅い髪や碧の瞳の者は数多くいる。だから、ティエラが姫の時代にはあまり気にしないで外に出ていた。
けれども、他の者達に御忍びだったはずの外出が、市井の皆にばれていたことを、ティエラは知る機会があった。
だからと言って、ソルに外套をかぶってもらうのも可哀想だし、かえって目立つ。こういった経緯から、二人は出掛ける前、セリニに魔術で瞳の色を変えることができないか尋ねてみた。
「短時間なら可能だよ」
セリニはそう言って、ソルの瞳の色を茶色に変えてもらった。
髪の色に関しては、セリニの魔術では変化させることは出来ないらしい。
「茶色の瞳も似合っているわ」
「そうか。あんたも、眼鏡と、後ろで髪を結んでるのは珍しいな」
ティエラは出かける際に、眼鏡をかけることにした。さらに、事前に自分の髪を緩く三つ編みにしていた。グレーテルがいないし、ティエラも不器用なので出来はあまり良いとは言えないが、三つ編みぐらいならなんとかできる。ドレスは、生成り色のものを選んだ。ソルが好むような落ち着いた色にしてみた。
いつもより、可愛らしくなったとティエラ本人は思い、ソルに尋ねた。
「似合うかしら?」
ティエラは少し気恥ずかしさがあった。
「ああ。頭が良さそうに見える」
「それだけ?」
「……? ああ」
ティエラは特にソルから反応がなかったので、頬を膨らませる。
「なんだ? どうした?」
「もう良いわよ……」
(可愛いとか、上手に出来たな、なんて言葉を、ソルに期待してはいけなかったわ……)
ソルは不思議そうにティエラを覗きこんでいた。
そこに、咳払いが聴こえた。
「お前たちはいつもそうだな……。はやく行かぬか」
セリニだった。
彼に言われて、ティエラとソルは急いで城を出たのだった。
※※※
ということで、いつもとは雰囲気の違うソルと共に、ティエラは平民街の街並みを歩いていた。通りには、様々な店が並んでいる。もう夕暮れが迫ってきているが、今日は休日と言うこともあり、いろんな人たちが通りに溢れており、店への出入りも活発だった。
二人は目当ての店に着いた。
看板が、おしゃれな字体で書かれている。店内も古めかしい調度で揃えられている。机や椅子も置いてあるので、中で食事ができるようだ。もう夕食前の時間だったので店内は空いていたが、何人かはまだおり、色とりどりのお菓子をつまんで食べていた。
ティエラは、店の奥にいる店主に向かって声をかける。
「ごめんなさい」
店主は彼女をまじまじと見つめる。さっそくばれてしまっただろうか。
ティエラがドキドキしていると、彼から返答があった。
「じょ……お嬢様、どのお菓子がよろしいですか?」
何やらつっかえながら店主が声を出したが、どうやらティエラ達の正体はばれてはいないようだ。
ティエラは少しだけ、過敏になっていたようだと反省した。
改めて、店主にお願いを口にする。
「美味しいと評判の焼き菓子をいただきたいのですが?」
「こちらですかね?」
店主が目当ての菓子の説明をしてくれた。どうやら、泡立てた卵白に、砂糖と扁桃を粉末状にしたものを混ぜ込んで焼き菓子らしい。
ティエラは話を聞いて、胸がときめいていた。
店主はソルの方を向いて、声をかける。
「ソ……そちらの恋人の男性はいかがでしょうか?」
「私はお茶だけで結構です」
ソルが丁寧な言葉で話している。彼は、一応見知らぬ人には礼儀正しい。
(フロース叔母様とかにはそうでもないけど……私からしたら違和感があるわ……)
慣れ親しんだ者達には砕けた口調になる。気を抜くと、普段ティエラにしているような粗野な口調に戻っていることも多いが……。
(それにしても、やっぱり恋人同士に見えるのね……)
以前もたびたび間違われることはあったが、やはり他者からもそう見えるのだと思うと、ティエラとしては背中がむずむずするような感覚があった。頬が火照ってくるのが分かる。
一人で恥ずかしがっていると、ソルに促される。近くにある椅子に座って、二人で過ごすことになった。
彼から手渡された白い皿に乗った生成り色をした焼き菓子を、手に取った。今日のティエラが来ているドレスの色に近い色をしたお菓子だ。
ティエラはその菓子を手に取り、さっそく頬張った。外側はやや硬い生地で、齧るとサクサクしていたが、内側の生地は柔らかくてしっとりしていた。
「美味しい……!」
ティエラは大の甘いもの好きだ。蕩ける様な顔をしているところを、ソルに見られていることに気づき、また少し恥ずかしくなってしまう。
彼の口元は綻んでいた。
ソルの表情を確認したティエラは、もう一つのお菓子を半分に割る。
「はいソル、口を開けて」
ティエラが口を開く真似をしながら、ソルに向かって菓子を差し出した。
「子どもみたいで恥ずかしいから、嫌だ」
「そうなの、せっかく美味しいのに……」
素気無く断られたティエラは、しょんぼりしてしまう。
ソルから視線を外して、また菓子を齧ろうと思っていると――。
「……ひゃっ!」
急に唇の近くにソルの指が触れる感触があったので、驚いてしまった。
視線を彼に戻すと、指についた菓子を舌で舐めとっているところだった。
どうやらティエラが食べている時に、菓子の食べかすが口角に残っていたようだった。
「確かにうまいな」
ソルがそう言って悪戯っぽく笑っていた。
状況を理解したティエラは、首まで赤くなってしまった。
「食べさせるよりも、こっちの方が恥ずかしいわよ……」
そう言って、ティエラは赤い顔を見られたくなくてソルから視線を外す。
そんな彼女の頭をソルがぽんぽん叩いてくる。
「珍しく、可愛げがある」
彼にそう言われ、ますます彼女は恥じらい俯いてしまった。
※※※
店主が二人をうんうんと頷きながら見守っている姿を、店の奥の椅子に座っていたグレーテルは見ていた。
「あの二人、見ている側の方が、恥ずかしいです~~。姫様達、自分たちの正体がばれてないとお思いなんでしょうね~~」
彼女に、机をはさんで向かいに座っていたアルクダが返す。
「即位されて、姿絵が出回っているのを知らないんでしょう。しかも女王陛下、うっかりソル様の名前呼んでますし……」
「本当、国の皆さんが良い人たちで良かったです~~」
「女王になって頑張っているのを知っているから、周りも気を遣ってるんでしょうね」
たまたま近くに来ていたグレーテルとアルクダは、ティエラとソルが仲良くしている姿を、周囲の民達と共に温かく見守っていたのだった。
ブクマ・評価してくださる皆様、いつもありがとうございます。お時間ある方は、ブクマ・☆評価してくださいましたら、作者の励みになります。




