表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士  作者: おうぎまちこ
過去編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

230/289

【正史】2-3 大地は太陽へと想いを告げる

 暗い展開で申し訳ございません。

 あと、この話も含めて3話ぐらいだと思います。





 あの日以降、ソルの調子はどんどん悪くなっていった。

 話によれば、毎晩悪夢にうなされているらしい。

 そして、時々一人の世界に閉じこもったように反応を失くす。


 他の兵士にも似たような症状のものがいるとは聞いた。

 父や叔父たちに聞かされたが、戦地に行った者達に多いらしい。

 しばらくしたら治る者達も多いが、そのまま症状が続いてしまう者達も多いそうだ。

 彼らは、ぶつぶつと何か呟くこともあれば、突然大声を出して暴れ出すこともある。


 ソルの状態も大して変わりはない。

 次第に彼の身体は弱っていき、日中も寝込むようになった。

 

 症状が変化するきっかけが、よく分からないこともある。

 彼は、ティエラの知る彼ではないようだった。

 そんな彼を見ていると、彼女はとても不安で、時折彼の事を怖いと思うこともあった。


 元の生活に戻れると思っていたティエラは、見当違いだったと自分を恥じた。


「ソルはどうなるのかは分からないね」


 父からそう言われ、彼女は自分の事のように苦しい気持ちになった。

 今の彼に近づくのは、ティエラのためにもソルのためにもならないから会ってはならないと父から言われた。

 婚約者であるルーナからも、そっとしておけと言われた。


「本人は、弱っている姿を姫様に一番見られたくないと思います」


 だけど、ティエラは彼のそばについていたいという気持ちが強かった。




※※※



 ティエラはこっそりと、ソルの元を訪問した。

 ちょうど彼の意識はしっかりしていた。

 寝台に腰かけるソルは、ティエラに諭すようにして告げた。


「間違えて、あんたを殺すかもしれない。しばらく俺に近づかないでいたほうが良い」


 ソルの瞳からは生気が失われている。

 彼はそう言うが、そんな彼を一人で放っておいたら――。

 ティエラの胸を不安が覆っていく。


(ソルが、死んでしまうかもしれない)


 彼女は、彼が自分で命を絶ってしまうのではないかと不安で仕方がなかった。


 絞り出すようにしてティエラは彼へと声を掛ける。


「ソルのそばに居たいの……」


 勇気を出して口に出した。

 これまでの彼ならば、照れながらも彼女の願いをいつでも聞き入れてくれていた。

 今回もいつものように行くのではないか?

 そう期待してたのだが――。



「出て行け」



 ティエラはソルから思いがけない言葉を口にされ、衝撃が走った。

 彼の冷たい口ぶりに、全身が凍えるような気がする。

 身体が石にでもなったかのように、その場から動けない。

 やはり、自分の認識が甘すぎたと思い知らされる。


 立ちあがったソルが、ティエラへと近づく。

 彼はおもむろに、彼女の腕を掴んだかと思うと、無理やり部屋の扉の方へと引きずる。


「やっ……! 待って、ソル……! お願い……!」


 彼女は懇願するが、彼は聞き届けてくれない。

 そのまま、扉の方に向かって乱暴に投げ出された。


「お願い、ソルのそばに居たいの……! 心はいつも私とあるって、絶対帰ってきてくれるって、貴方が言ってくれたのが嬉しかったの。ずっと、ソルが帰ってきてくれるのを楽しみにしてたの……!」


 彼女が必死に叫ぶ言葉の数々を、彼は鼻で笑った。


「別に俺がいなくても、お前のそばには婚約者がいただろう?」


 苛々した調子でソルに言われる。

 ティエラは愕然とした。


(お前……)


 今まで、ソルには「あんた」と言われてきた。

 どうしようもない違和感と恐怖が彼女を襲う。


「この間の祝いの場で見てたけど、俺が戦争から帰って来る時と、ルーナとお前の接し方が違った。俺がいない間に何があったのかは知りたくもないが、別に俺がいてもいなくても、お前に変わりはなかったはずだ」


 そんな彼に、ティエラは反論しようとした。


「婚約者だけど、ルーナとは、私、何も……」


 そこまで言ってみて、ティエラは少しだけ青ざめた。

 全く何もなかったと言ったら嘘になる。

 ソルがいない間、ティエラはルーナから口付けられた。しかも一度ではない。何もないと言いたかったが、嘘をついたところで彼にはばれてしまうだろう。

 ティエラの発言は、ソルの琴線に触れたようで、彼の碧の瞳の鋭さが増す。


「ほら見ろ。お前は大して、俺の事を待っちゃいない」


「でも、違う、私は……!」


 ティエラは大粒の涙を流しながら、ソルに訴える。


「もう何も聞きたくない」


 だけれど、返ってくるのは冷たい言葉ばかりだ。


「ソル、お願い、聞いて、私は……」


「良いから出ていけよ」


 彼の碧の眼光の鋭さが増す。

 ソルは、ティエラに向かって叫んだ。


「俺は姫付きの護衛騎士だ、しばらくしたら仕事には戻るさ……。でも、それ以上でも以下でもない! 別にお前があの男とどうなろうが知ったこっちゃない! ただ、もう不用意に、俺に近づかないでくれ!」


「ソル……」



 ティエラの頭の中には、これまでのソルとの思い出が浮かんでは消えた。


『俺は、あんたを、ティエラだけを、ずっとみてるから』


『だから俺は、あんたが結婚して、俺の力を必要としなくなるまでは、他の女とは結婚しない』


『俺の心は、ずっとあんたと一緒にいるよ』


 そう言ってくれた彼は、どこへ行ってしまったのだろうか。


 身体は近くにあるのに、彼の心がとても遠くに感じる。

 戦場に、彼の魂は置いていかれたままなのだろうか。



「私は……!」



 穿った想いを振り切るように、ティエラはソルに向かって叫ぶ。


「貴方のことが……!」


 これ以上は言葉にすると引き返せなくなる。


「ルーナが婚約者だって分かってる。私はルーナの事が好き……。彼の事を嫌いになることもないわ……。だけど……」


 頭の中で、これ以上は告げてはいけないと、警鐘が鳴っている。

 認めては終わりだと……。

 けれども、それ以上に、彼がこのまま彼女の元から、離れて消えてしまうのが怖かった。



「だけど! それ以上に、ソル、貴方の事が好きなの……!」



 口にすると、どうしてそれまで分からないふりをしていたのだろうと思う。

 こんなにも彼のことが好きなのに、どうして気づかないふりをしていたのだろうと。

 もっと前から、恐らく本当にずっと前から、彼のことが好きだったのに。


 だけど、今こんなに辛く苦しい状態のソルに言うべき言葉ではなかったかもしれないと、ティエラは後悔した。


 ソルは激昂した様子で、扉に手をかける。



「俺はお前からの同情なんて望んでない!!! もう来るな!!!」

 


 そうしてティエラは、部屋の外へと追い出された。

 閉ざされた扉を前にして、ティエラはくずおれた。


 止まらない涙で視界が滲む。


 どうして自分が、彼のことを好きだと言えば、彼を引き留めることができると勘違いしたのだろうか。


 姫と護衛騎士、そして幼馴染。


 自分たちは、それ以上でもそれ以下でもない――。


 自分が勝手に彼の事を好きなだけだったのに。


 そして――。



(何が癒しの加護を受けた姫よ……)



 あんなにも苦しんでいる最愛の彼の心を、癒すことさえできない自分。


 そんな自分のふがいなさに、ティエラは涙が止まらなかった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ