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記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士  作者: おうぎまちこ
過去編

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【正史】1-8 赤髪の狂戦士に愛しい少女の声が届く




 セリニは、水色の髪の少女と黒髪の少年の二人と対峙していた。

 背後では、ソルと敵国の副騎士団長が剣を交わしている。

 

(斥候が言っていた子ども二人に違いない)


 報告にあったのは、スフェラ公国側に不思議な力を持った子どもが二人おり、参戦しているという話だった。

 二人とは、未来が視える少女と、強力な闇の魔術を行使する第二王子。


(本来、戦場に子どもが居てはならないのに、スフェラは――)


 黒髪の第二王子が魔術で作られた闇の竜を放つのに対し、セリニは火の鳥で迎え撃つ。


 セリニは、極力子ども二人を傷つけないように気をつけていた。それと同時に、彼らが、ソルと闘っている副騎士団長の協力をしないように注意を払っている。

 第二王子の魔力は相当なもののようで、なかなか彼の張る魔術防御の膜を破壊することが出来ない。

 

 魔力が拮抗する中――。


 膜の中にいる少女が叫んだ。



「お兄様! 帰ってきてください! 絶対に、私のところに……!」



 それまで聞こえていた剣戟の音が止んだ。

 

 瞬間、セリニは後ろを振り返る。


 そこで見えたのは、自身の魔術の弟子が、敵国の将の大剣に斬られ倒れる姿だった。




※※※




 これで楽になれる。


 ソルは薄れゆく意識の中で、ぼんやりと考えた。


 これでもうやりたくもない、人を殺したりしなくてすむ。


 自分には荷が重い。


 殺さなくて良いなら、殺したくない。


 化け物にはなりたくない。


 死ねるなら、人として死にたい。


 だから、この結末で良かったのかもしれない。


 ここで死ねたら、彼女が他の男と添い遂げるのも見ずにすむ。


 もう苦しい思いをしないですむ――。



『ソル……! 貴方がどんなことになっても、私は貴方の事が――!』



 彼女は何を言おうとしたのだろうか。


 続きを聞けなかったのは、気になっている。


 家族にもう会えないのは寂しいかもしれない。


 白金色の髪をしたあの男に一度も勝てなかったのは悔いかもしれない。


 必ず帰ると、愛おしい少女に嘘を吐くのは心苦しいかもしれない。



(ティエラ――)




※※※




 微動だにしなかったソルの指先が少しだけ動いた。


 血だまりの中に横たわる彼は、いつの間にか金の光に包まれ始めた――。




※※※

 



「金の光――?」



 セリニは眼前で起きたソルの異変に目を奪われた。

 あの出血量では間違いなく、弟子は死んだと思った。

 だが、直後に彼の身体は光に包まれ始めた。


 気付いた時には、ソルは立ち上がり剣を構えていた。

 先ほど斬られたはずの傷は消えてしまっている。



「姫様の、癒しの力か?」




※※※



 

 ソルは意識が戻っていた。

 彼は、自身が置かれている状況がまだしっくりとは来ていなかった。

 だが、愕然とする青い髪の青年が、先程自分を斬ったことは覚えている。スフェラ公国の騎士団の服を着ているため、彼が敵だと言うことははっきりしている。



「俺には護らねばならないものがある!!! 祖国のためにも、友のためにも、妹のためにも――ここでは死ねない!!」


 青年は叫んだ。

 一瞬怯んだソルに向かって、大剣が横から薙がれる。

 後ろに飛んで避けた。

 すぐに前進し、青年の間合いに飛び込む。

 

 剣と大剣の打ち合いがしばらく続く。


 ソルは、青年に向かって声をかける。



「すまないが、あんたに負けられない理由があるように、俺もここで勝たないといけない!」



『どんなことになっても、どんなことをしても……。ソルは、ソルよ』


 そう言ってくれた彼女の元へと帰る約束が、自分にはある。



 一旦、青年から離れ、神剣の柄を握りなおした。

 青年がソルに向かって駆けながら、大剣を頭上に掲げる。そのまま振り下ろす。

 ソルは逆に振り下ろされる大剣に向かって進んだ。

 青年の刀身を躱す。

 ソルは、神剣を男の体目がけて横から叩きつけた。


 自分でも自分が嫌になることがある。

 それでも――。


「何があっても、どんな俺でも、それでも俺は彼女の元に帰るんだよ、絶対に!」


 刃は青年の胴へと命中する。肉と骨を絶つ音が響く。

 そのまま男は地面へと倒れた。




※※※




 ソルは肩で呼吸しながら、倒したばかりの青年を見る。

 

 彼は断続的な息づかいをしていた。

 自分がやったことだが、もう彼が助かることはない――。

 こうやって人が死ぬのは、一体何人目だろう。

 だんだん人の死に慣れていた自分だが、むなしく感じる気持ちや相手を憐れむ気持ちは残っていたようだ。


 ソルはぽつりと青年に向かって呟いた。


「護りたいものがあるのは同じだったのにな……」


 口に出すと、ますます胸に去来する何かがあった。


 だがソルは、それには気づかないふりをした。


 黒い雲が天井を覆い始める。


 そっと、胸に入れていた贈り物へと手を伸ばし取り出した。


 白い布で出来たものだった。

 ちょうど大剣で斬られた場所に入れていた。

 斬り裂かれ、血まみれになったその布は原型をとどめてはいなかった。


「御守り、ダメになっちまったな――」


 雲間から雨が降り始め、自分と横たわる青年を濡らしていく。


 自分と彼と何が違ったのだろうか――?


 とりとめもなく、そう考える。


 同時に――。


 人の死を前にしているにも関わらず。


 自分を護ってくれた彼女の想いに、彼の心は喜びで震えてしまう。


 雨の中、彼は、誰とはなしに罪悪感を抱いた。



 




 お読みくださって誠にありがとうございます。

 ひとまず、戦中の話はこれで終わります。次話から数話は戦後の話です。

 週末からはifを開始いたします。

 お時間おありの方は、ブクマや☆評価をしてくだされば、作者の励みになります。

 これからもどうぞよろしくお願い致します。

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