【正史】1-5 紅髪の狂戦士
明日頃には戦争編は終わります。
どうぞお付き合いくださいましたら幸いです。
フラムは、スフェラの兵士が弟ソルの元にばかり攻撃を仕掛けていることに疑問を感じていた。
(さすがに髪の色は隠しているはずだ。神剣の力も気づかれることもない。なのに、どうしてソルの居場所を当然知っているように兵が動いているんだ?)
オルビス・クラシオン王国の優勢で進んでいる戦争ではある。
だが、スフェラ公国に送っている数名の斥候が帰ってきていないことも気がかりである。
(捕えられて、捕虜にされていないか? だが、斥候達が帰ってこないからと言って、ソルの居場所が分かるわけではない)
「フラム!」
普段声を荒げないセリニが、大きな声を出した。彼はフラムの近くで、周囲の魔力を探知していた。
彼の突然の叫びに、フラムも驚いた声を上げる。
「どうした?!」
「前線の動きがおかしい! 強大な魔力を感じる! スフェラにこんなに強い魔力を持った情報はなかったはずだ」
「強大な魔術だと?」
事前の情報とは異なる何かが起こっているのだろうか。
「遅れてしまいましてすみません~~。その件についてお話が~~」
室内に間の抜けた声が響いた。
セリニとフラムが同時に声の主へと視線を動かす。
そこにはピンク色の髪に、細い目をした少年が立っていたのだった。
※※※
ソルとウムブラが話している間に、暗闇が近づいてきた。
今は昼間だ。闇の魔術の一種だと、肌が感じる。
「なんだ……この力? 神器が反応してやがる」
闇はそのままオルビスの戦士達を静かに包み込む。
しばらくすると、そのまま弾けた。
気付いた時には、巻き込まれた彼らの大半が地面に倒れていた。
戦士達には叫ぶ暇もなかった。
そもそも何が起こったのか分からないまま、気絶してしまったものが多いだろう。
ソルとウムブラは咄嗟に自分達の周囲数名を護れるだけの陣を張ることが出来たが、他の者達には難しかったようだ。
「残ったのは、俺たちだけか……」
ソルとウムブラの近くで、なんとか立っている騎士や魔術師らは数名のみだった。
ソルは、周囲を見回した。
彼の友人達であるネロとアリスも倒れている。一瞬だけ焦ったが、二人とも息はしているようだったので、一旦目の前の何千という敵に集中することにした。
遠くでスフェラの騎士が大声で叫ぶや否や、こちらに向かって大勢の兵士と騎士がソル目がけて駆けて来た。
「ウムブラ、下がれ!」
明らかにソルだけを狙って、兵士達が挑んできている。
矢を打ち払いながら、敵の剣も受け止める。次々と、覆いかぶさるようにして敵が襲い掛かってくる。剣だけでなく体術も使いながら、敵をいなしていくが、とにかく数が多い。
ソルに術を詠唱する時間はないため、魔術による敵の一掃はウムブラに全て託した。
ソルは、騎士の繰り出す槍の柄を掴み奪いとり、そのまま武器の持ち主へと返す。兵の返り血で一瞬視界が塞がりかけたため、拭う。敵数名が特攻して来るのをわざと避けて、彼らの相打ちを狙う。
それでもまだ圧倒的に数が多い。
(兵士達は、正直オルビスでの訓練の方が強いぐらいだ。だが、問題は魔術師)
百ぐらいは倒せただろうか。
その間にも、強力な魔術が撃ち込まれる。ウムブラが張る陣のおかげで当たりはしない。
とにかく魔術が飛んでくる速度がこれまでよりも早い。相当な術士が近くにいることだけは分かった。
(ルーナと同じぐらいの強さの魔術師がスフェラにも? 神器もなしで?)
敵と交戦中のソルに向かってウムブラが叫んだ。
「すみません、ソル様、魔術が強すぎて、弾くので精一杯みたいです。斥候の情報によれば、このような大技を行使できる魔術師は一人だけのようです!」
「仕方ない、その力のある魔術師を先に倒す! 見た目は分かるか?!」
「ソル様位の年の、黒髪に紅い瞳をした少年だと!」
飛んでくる無数の矢を、ソルは剣で打ち返しながら駆ける。
魔術師を倒そうと彼は意気込んだ。
百以上の戦士たちが挑むものの全てソルに倒されていく。
戦士達に大変は戦意を喪失したようで逃げまどい始めた。
(良かった。敵が勝手に撤退していくな)
そう少しだけ気が緩んでしまったのかもしてない。
油断した。
気づいた時には、ソルは黒い匣の中に閉じ込められてしまっていた。
「しまった!」
自分が動けなくなるとまずいと言われていたのに――。
ソルが閉じられた空間で身動きが出来ない状態になった。
術を解除する魔術の詠唱も間に合いそうにない。
ルーナに匹敵するほどの魔術を受ければ、死なないかもしれないが、間違いなく戦闘を続行できなくなる。
なんとか身体を動かそうとするが、指先を動かすので精いっぱいだった。
視界の向こう。
何人もいる兵士達の、それよりも遥か遠く。
空に闇が集まり、竜の形を成しているのが見える。
形が完成したと思うや、そのまま濁流のごとく、術が襲い掛かってきた。
「間に合え!」
ソルの眼の前に竜の牙が迫った。
瞬間、視界に別の影が差す。
「ウムブラ!」
ソルの目の前に居たのは、長身の男ウムブラだった。
「なんで?!」
ウムブラの身体に黒い竜が喰いついているのが見えた。
ソルの問いに、呻くようにしてウムブラが返す。
「……貴方が死んだら、元も子もないですからね」
そのまま闇は弾けて消失した。
眼前のウムブラが崩れ落ちるようにして倒れた。
「ウムブラ……!」
まだ敵の術が作動している。
それでもなんとか、ソルは周囲を見やった。先程まで息をしていたはずの自国の騎士や魔術師達がそのまま動かなくなっていた。
知っている者も多かった。騎士学校時代からの友人も中には存在した。戦時中に知り合った者も中にはいた。
けど、彼らは形も分からないぐらい原型をとどめてはいなかった。
慣れたと思っていたが、焦げたような匂いが鼻につく。
「俺が、護らないといけなかったのに――」
神器を持った自分が――。
ソルの心臓の音が次第に速くなる。
耳に心臓がついているかのように、鼓動が命脈する。
彼の脈動とともに、黒い術は靄になって消えた。
そのまま紅い髪をした男は正気を失った――。




