【正史】1-2 戦地へと向かう前に
スフェラ公国とオルビス・クラシオン王国との国境。その間には、緩衝地帯が存在する。
スフェラ公国は西側に、オルビス・クラシオン王国は東側にある。国境にはどちらも砦が存在している。
間に囲まれた緩衝地帯は、北側に山があり、南側は海に面している。
戦はこの緩衝地帯でおこなわれる。
オルビス・クラシオン王国の国土面積はスフェラ公国の半分ほどであり、人口もそれに伴い少ない。
数年前にスフェラ側からオルビス側への侵略戦争があった。しかし、オルビス・クラシオン王国の剣の守護者イリョス・ソラーレ一騎が、スフェラ公国に圧倒的勝利を収めた。
オルビス・クラシオン王国は八千程度の騎士を主とした戦士たちが揃っている。
対するスフェラ公国は二万強と、オルビスの二倍以上の戦士数を有している。しかしながら、スフェラ側は平民や貧民街の者達をかき集めてなんとか数を確保しているという状況らしい。
これならば、神器のあるオルビス・クラシオン王国は有利な状況であると、王国の者達は考えていた。
※※※
砦の中の一室に数名の騎士や魔術師達が集められていた。
その中で一人の女性が、中央にある机の上に地図を広げながら、話を進めている。
「斥候からの情報をまとめるぞ。スフェラ側には、長距離の魔術が放てる魔術師は数名いるが、実際に戦争に投入して来るのは一人程度だろうという話だな。数年前の侵略の頃から、騎士も魔術師も育っていないらしい」
彼女の名はフラム・ソラーレ。騎士団長イリョス・ソラーレの長女であり、ソルの一番上の姉になる。紅い髪の巻髪に、碧の眼をしている。その眼光は鋭い。
国には、女性用の騎士服も存在しているのだが、彼女は男性のものを身に着けている。男装の麗人として、男性よりも女性達からの人気が高いという噂もある。
彼女は普段、王国の東にあるデウスの都の統治を任されている。今回、イリョスが戦場まで来れないと言うことで、彼女が騎士団長代理を務めることになった。
女性ではあるが、神剣からの加護を受けていることもあり、その身体能力は高く、武芸に秀でている。並みの男性では歯が立たない。まだ年若いが、戦の経験も何度かある。
「スフェラの騎士団長はもう高齢だ。前線には出てこない。代わりにカルセドニー侯爵家の息子が、若くして副騎士団長についている。我々とは違い、特段神器の加護などは受けてはいないが、相当な手練れだそうだ。だが、この男以外に力がある者はいないという話だ」
「下の騎士達は?」
ソルが姉に対して尋ねた。
「まだ若い者が多いそうだ。今回、騎士よりも民間の兵士の投入が多いようだな」
「つまり、元々訓練された奴らは限りなく少ない……」
ソルがぽつりと呟く。
近くにいたウムブラが、不思議そうに話す。
「どうして、そんな負けが確定しているような状態で、オルビスに侵略してこようとしているんでしょうかね? 私は不思議で仕方ありませんよ」
「帝国からの圧だろう。本来なら我々と闘いたくはないはずだ」
彼の問いに、セリニが応えた。
フラムがそれに続ける。
「戦争だ。仕方がない。オルビスの絶対的な力を見せなければ、他国がまた攻めて来るだけだ。好機だと思おう」
彼女は皆を見回した後に告げる。
「魔術師達は、基本的には前線には出さずに、砦の防衛に当たってもらう。セリニは極力何もない限り、砦にいろ。一部の者達には高台を確保してもらって、そこから騎士達を一掃してもらう。ウムブラ、それで良いか?」
「相手を叩きすぎて、逆に評判を落とさないか心配なんですけどね~~。私としては」
飄々と答えるウムブラを一瞥したフラムは、弟ソルに対して声をかけた。
「神器の力に気づかれることはないが、万が一にも可能性は否定できない。ソル、お前は頭の髪の色を隠しておけよ。神器の使い手だとばれたら狙われるぞ」
「ああ」
「いくら勝ち戦だと言っても、相手は死ぬ気でくるだろう。そうなった人間達は強いぞ。気は抜くな」




