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記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士  作者: おうぎまちこ
過去編

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220/289

【正史】1-1 戦場に立つ前に太陽は

 遅くなってしまい、大変申し訳ございませんでした。

 内容に、生命倫理の観点からどうかな? と悩んで書いた部分があります。ここはご了承いただける方のみお読みくだされば幸いです。


 今後の予定を先に。


 戦中の話は数話、「蒼星のセレス」と部分的にリンク。

 戦後はソルとティエラの恋愛メインの話になるかなと思います。


 3月中には、ルーナとティエラのifが開始になります。第124話の後から分岐(とは言っても、本編でのルーナの結末を知ったこと前提の部分はかなりあります)。本編第125話以降を「炎陽・剣の章」とし、if第125話以降を「月華・玉の章」とします。

 ifの第1話を短編で本日上げてみました。もちろん、こちらにも少し内容を修正したものを掲載いたします。先に見たいという方は、短編のリンクも貼っておきますので、どうぞご覧ください。




 国境の砦の一角。


 そこで、ソルは神剣の手入れをしていた。

 掌に汗がにじむ。手を開いては握り返す動作を繰り返していた。


「剣の。緊張しているのか?」


 そう言って声をかけてきたのは、自身の魔術の師でもあるセリニ•セレーネだった。

 玉の一族の特徴である銀の髪をしている。その瞳は、ソルの髪色にも似た紅い瞳だ。

 彼は、ソルが幼少期の頃からずっと同じ見た目をしている。恐らくはもう三十近いはずだが、ソルと同年代にしか見えない。身長も小さく幼い顔立ちのせいだろうが、それにしては若い。

 現在、オルビス・クラシオン王国内にて、剣の一族と玉の一族の間での権力争いの構図は存在する。だが、セリニ自体は分家の出身でもあり、その争いの渦中からは一歩遠目で見ていた。

 そのため、ソルとセリニは対立一族ではあるが。わりと気兼ねなく会話を交わしていた。

 そもそも今は戦もあるため、内部争いを持ち出している場合でもないが……。


 本来なら権力に固執していた前・玉の一族の当主は数年前に亡くなっているため、争いにも収集がつくかと思っていた。

 しかし、代わりに新しく当主となったノワ・セレーネが権力に固執するようになった。彼は魔術の才能には恵まれなかったが、控えめで、わりと人には好かれやすい性格だった。だが、宰相という本人に見合わない地位を得たことによって、人格が変わってしまったようになった。


 ソルも、ノワに関しては残念だと思っている。

 恐らくノワの従兄弟であるセリニは、もっとそう思っているだろう。


 ソルは、セリニに返答をおこなった。


「セリニ。ああ、緊張しているみたいだな。訓練や試合とは違う」


「そうか」


 淡々とした口調でセリニは返す。

 彼は近くに置いてあった椅子に腰を落ち着けた。


「セリニ、お前はこれまでも、辺境での争いなんかに行ったことがあるだろう?」


「ああ」


 碧の瞳を揺らしながら、ソルがセリニに問いかける。


「セリニは、人を殺したことがあるのか?」




※※※




 魔術の弟子でもある騎士ソルからの質問を、セリニは黙って受け止めた。

 ソルは剣の一族であり、武芸に秀でている。騎士でもあるため、主体は剣技だ。そのため、彼は他の者達よりも魔術が出来るが、ほとんど行使しない。そういった経緯もあり、果たして弟子といっても良いかは分からない部分もある。だが少なくとも、セリニが年長者として、ソルに何かを教えてきたのは間違いない。


「もちろん、あるよ」


 その答えを、ソルは静かに聞いている。

 セリニにも人を殺した経験はある。


「殺した相手のことは覚えているか?」


 ソルの真剣な問いに、セリニは瞳を伏せた。


「覚えている覚えていない以前に知らない。私は魔術師だ。お前ら騎士のように、一対一で敵と向かい合うことは少ない。高位の魔術を施行し、一体どれだけの人数を巻き込んだかも分からない」


 魔術師は相手の顔を見ずに済む。奪う命の重さは同じだ。けれども心に負う傷は、騎士よりも魔術師の方がマシなのかもしれないと、セリニは思わないこともない。


 セリニは、普段から大公プラティスのもとで研究をしている。最近の彼は、宝玉の複製以外に、女性の胎以外で子どもを作る研究をおこなっている。おそらく、大公がそのような研究をおこなうのは、自身の妻であるフロースに子が出来ないからだろうが……。無断で彼女の子どもを作ろうとする中で、形になる前の子たちを何人もセリニは放棄してきた。

 戦と、その子たちを破棄するのでは、どちらがよりセリニにとって苦しいことか。

 正直、比べ物にならないぐらい、後者が苦痛である。


 やはり、殺害する対象者が眼前にいる方が辛い気がする。


 もっとも、人の命になりかけたものを葬ることに、最近では慣れてしまっている自分も心のどこかには存在する――。


 気をとりなおして、セリニはソルに話しかけた。


「初めて人を斬る感覚と言うのは私には分からない。この件では、お前の役には立てない」


「そうか」


 一言だけ、ソルは答えた。

 セリニは、いつも生意気なことばかり言うソルが、普段より大人しいのが気になる。


「いつもと同じ、侵略を退けるだけだ。イリョス様の代わりだと気負いすぎるな。よほどのことがなければ、神器を持ったお前が負けることもない」


 その言葉にソルが何かを言い返しかけた時、室内に声が響いた。


「まあ、でも。戦だから何があるか分かりませんよ。その『よほど』があるかもしれないですね~~」


 二人しかいないはずの部屋の中に、もう一人別の男の声が響いた。

 声は入口近くから聴こえたため、そちらを振り返る。

 そこには単眼をかけた黒髪の男が立っていた。

 おそらく、転移の魔術を使ってきたのだろう。

 転移の魔術が使える人間は、オルビス・クラシオン王国には数名しかいない。


「平民の……名はなんだったか?」


「ウムブラです、セリニ様。貴方の従兄弟様の付き人をさせていただいていますよ」


 軽い調子で返すウムブラに対して、セリニは「そうか」とだけ答えた。




※※※




「ウムブラ、やけに来るのが遅かったな? 城で何やってたんだ?」


 ソルは、扉近くに立つウムブラに問いかける。


「私ですか? ちょっと厄介な件がございましてね。そちらの対処に当たっておりましたら、時間がかかってしまいまして」


「厄介?」


 その単語が、ソルは気になった。


「ええ。そうです。とても厄介でしたけど、片付けてまいりました。ソル様は、気になさらないでください」


 飄々と答えるウムブラに、また誤魔化されたなと感じた。

 ソルはまだ少し納得がいかなかったが、それよりも気になっていることがあったので、ウムブラに質問することにした。


「ティエラは、元気にしてたか?」


 ソルとティエラは、離れてからまだ一週間も経っていない。

 だが、彼は残してきた彼女のことが心配だった。


 ソルは、胸元にしまっていた御守りに手を当てる。


 離れてから、片時も彼女の事を忘れたことはない。


「姫様は……。ソル様としては、どうなんですかね~~。話してもいいんですか?」


「もったいぶらないで良いから、早く言え」


 意味ありげに言うウムブラに対し、ソルが苛々とした調子で話しかける。

 ウムブラは、昔からこういう人をからかって面白がるところがある。

 そして、なぜかわりと彼に気に入られているソルは、いつもウムブラから困らせられることが多い。


「姫様は、毎日、窓辺でぼんやりと過ごされていますよ。数日は食が細かったですけど、私が出る頃には、ちょっとは食べてたかな」


 ソルは、ウムブラの話すティエラの件を聞いて一瞬だけ不安になった。だが、ウムブラが出てくる頃には、彼女は食事ができるようになっているという。それならば、まあマシかと心の中で思った。


 ウムブラが、「あとはそうですね……」と言って、笑いながらソルに続けた。


「姫様の首に、最近まで見なかったペンダントがありましてね。そちらをいつも、手で握ってらっしゃいますね」


 ソルは、それを聞いてはっとなる。


「どなたがお贈りされたのかは、私にはわかりかねますが、ね」


 ウムブラは、含みのある言い方をしてきた。恐らく、彼は誰が渡したかについては気づいている。

 そう、ソルがティエラに渡したペンダントだということに――。

 彼は、ウムブラに知られているのかと思うと恥ずかしくなって、耳だけが赤くなった。


「そうか……」


 ソルはどう答えてよいか分からず、一言だけ返事をした。



『帰って来て……! 絶対に、私のところに……!』



 ティエラの言葉が頭に思い浮かぶ。

 彼は、胸元にある御守りにまた手を伸ばした。



(ティエラ、待ってろよ。必ず帰るからな)



 ソルを見て、ウムブラはにやにやと笑っていた。


 そんな二人の姿を、セリニは不思議そうに見ていたのだった。




 お読みくださってありがとうございました。

 家族が急病になり、明日投稿できない可能性が高いです。日曜には投稿再開確定いたしますので、どうぞお待ちいただければ嬉しく思います。

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