【正史】0-29 月と大地の距離2
ルーナの部屋からグレーテルが出ていった。
そのため、室内にはティエラとルーナの二人きりになってしまった。
朝の出来事などもあり、気まずい空気が流れる。
「その、ルーナ……」
「その、姫様……」
どちらも同じ頃に口を開いてしまい、声が重なった。
二人は、互いに目を見合わせた。
そしてまた、どちらも黙りこくった。
しばらく沈黙が流れたが、先に話を切り出したのはルーナだった。
「姫様は、どうして私の部屋にいらしたんですか?」
彼がそう言うと、ティエラは俯きながら返した。
「グレーテルが貴方の部屋に遊びに行ったって、ウムブラさんから話を聞いたから……」
「グレーテルが遊びに、ですか?」
不思議そうにルーナはティエラに問いかけた。彼の蒼い瞳が揺れる。
「ええ。だけどグレーテルは、さっき仕事だって言ってたわよね?」
「そうですね。彼女には、今日は休日だから大丈夫だと断ったのですが、なかなか話を聞いてもらえず」
「お片付けとか?」
グレーテルは一体どんな仕事をしていったのだろうか?
気になって尋ねてみたティエラの視界に、先程までグレーテルが立っていた窓辺が目にはいる。
(あれは――)
そこには、花器に飾られた大輪の紅い薔薇が置かれていたのだった。
彼女の視線に気づいたのか、ルーナもティエラの見ている方向へと、視線を移した。
「ルーナ、もしかしてあれは、昨日の……?」
彼女の問いに、ルーナは頷いた。
「そうです。姫様が要らないと仰っていたので、自分の部屋に飾ってみたのですが……。姫様、どうかなさいましたか?」
ルーナが心配そうに、ティエラの方を見た。
「その、ルーナは、花をヘンゼルに贈ったわけではないの?」
恐る恐る、ティエラはルーナに問いかけた。
不思議そうにしながら、彼は彼女へ返答した。
「ヘンゼルには、私の部屋に飾ってもらうように頼みました」
その答えに、ティエラの心は揺れた。
てっきり、ルーナがヘンゼルに薔薇の花を贈ったのだと思い込んでいたのだ――。
「……ごめんなさい、勘違いして……」
「何をでしょうか?」
ティエラが謝ると、ルーナは理由を問いかけた。いつも冷静な彼が、今日はずっと困ったような表情をしている。
彼女は思いきって、彼に告げた。
「貴方がヘンゼルに薔薇を贈ったんだと思ったの……ごめんなさい」
「私が彼女に花を、ですか?」
ティエラはこくりと頷いた。
ルーナは、彼女の答えに困惑しているようだった。
「その……」
本人に聞いても良いものだろうか?
こんな時、ソルならティエラが何を気にしているのかすぐ察してくれるのだが、ルーナにはティエラが何を考えているのかが分からないようだ。
だけど、ルーナが悪いわけではない。
まだ婚約して数年だし、彼も忙しいので、彼が彼女について判断する材料が少ないだけだ。
(思いきって聞いてみよう……)
せっかくの機会だ。
ティエラは、勇気を出してみることにした。
彼女は金の瞳で、ルーナを見据えた。
「ルーナがヘンゼルの事を好きなんじゃないかって、そういう噂があるの……。年も同じ位だし、ルーナもわざわざ付き人にしたんだから、そうなのかなって……」
ティエラの問いに、ルーナは眼を瞬かせた。
「ああ。ヘンゼルを私の付き人にする件に関しては、ウムブラから提案があったのですよ。今のところ、姫様のお世話はグレーテルだけで大丈夫だろうと、国王様も仰っていたので」
そうして彼は続けた。
「その、彼女を好きかどうかは、考えた事がございません。姫様に頼まれたので、城に迎えることが出来るようにはしましたが」
ティエラは彼の蒼い瞳をじっと見つめる。
だが、彼は嘘をついているようには見えない。
ルーナはまだティエラに関して分からない事が多い。
だが、彼女は違う。
ティエラは元々勘が鋭いところがある。それに、ずっと長い間、彼女は彼を見てきたのだ。
(ルーナは本当のことを言っている)
だが、彼の答えはティエラにとっては快いものだったが、彼を慕うヘンゼルにとっては残酷な答えだった。
「姫様に心労をかけるようなお喋りな者達は、城から出したつもりだったのですが……」
さらに、ルーナがティエラにそう話した。
不穏な気がしたが……気のせいだろうか?
ティエラはルーナを見た。
彼は悩ましげな表情を浮かべている。
少しだけ、彼が彼女に近づく。
ティエラは、そのままの場所に立っていた。
彼が手を伸ばせば届く程の距離までやって来た。
そうして、彼は懺悔するように語り始める。
「姫様、私の方こそ、一昨日前はあのような真似をしてしまい申し訳ございませんでした」
あのような真似とは、もちろん口付けの事だろう。
ルーナの口から話が出た途端、ティエラに羞恥が走った。顔が赤くなるのが分かる。
「その……突然だったので、驚いてしまって……あとはその、部屋に来た他の女の人にも同じことをやってるのかなって……思ってしまって」
「口付けを、ですか?」
彼からそのままの単語が出てきたので、ティエラは狼狽えてしまう。
あたふたしている彼女に、ルーナは真剣な口調で話した。
「私は、貴女様以外にそのような真似はしません」
ルーナがそう言いきった。
「その、姫様は信じてくださいませんかもしれませんが……」
ティエラはルーナを見つめ返した。
歯切れは悪い。
だけど。
(おそらく嘘ではない――)
ティエラはそう確信した。
神鏡の加護を受けているので、彼女の勘はよく当たるのだ。
「信じるわ、ルーナ」
一言だけティエラがそう告げると、彼の表情が一気に華やぐ。
月の化身と評される、彼の美貌による笑顔の破壊力は凄まじい。
彼女の心臓が高鳴った。
恥ずかしさを隠しながら、俯いたティエラは続けた。
「ルーナ。私達はもう少し、お互いを知るために話し合った方が良いのかも……。せっかく家族になるんだし」
彼女が提案してみたが、ルーナからの返事はない。
忙しいから無理だと言うことだろうか?
ルーナの様子を見るために、ティエラは顔を上げた。
すると――。
(え、どうして?)
目の前に立つルーナの瞳から、涙が零れていたのだった。
ティエラは動揺して、彼にさらに近付いた。
「ルーナ、どうしたの? 私、何か変なこと言ったかしら?」
ルーナの瞳からは、まだ涙が溢れていた。
「え? え? 本当に大丈夫?」
ティエラがそう彼に尋ねると、ふわりと抱き寄せられた。
「姫様……」
突然の出来事に、ティエラは落ち着かなかったが、ひとまずルーナの腕に抱かれたままにした。
「貴女様が必ずや、幸せな未来を迎えることが出来るように……致します」
切望する声に、ティエラの心が揺れ動く。
そっと涙を流す彼の頬に、彼女は両手を添えた。
「ルーナは、泣き虫ね」
そうしてまた彼が泣き始める。
以前も似たようなことがあった気がする。
ティエラが彼の顔を覗きこむと、彼の蒼い瞳と目が合った。
ルーナの顔が近付いてくる。
一瞬だけ二人の唇同士が触れ合い、離れた。
少しだけティエラの胸が疼いたが、彼女は彼が泣き止むまでの間、しばらく彼の腕の中で過ごしたのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
戦前の過去編はこれで完結。戦中・戦後はそこまで長くないと思います。
やっとでルーナのifに入れそうで良かった。
私生活が忙しく、一旦中2~3日程休ませていただければと思います。そのため、一旦完結済みにしておきます。
3/20(金)には連載再開致します。
また引き続き、よろしくお願いいたします♪
あとはソルの出番が1週間ほどなかったので、最終話の1年間のある日の出来事を、この次の話に掲載します。
微エロかなと思いますので、次の話は読みたい人だけよろしくお願いいたします♪




