【正史】0-28 月と大地の距離1
作者の技量ミスであと1話は、ティエラとルーナの話が続きます。
ティエラ12歳、ルーナ22歳、グレーテル12歳、ウムブラ30歳前後かな……。
今日は、一応休日だ。
ティエラは、なんとか繕い物を終えて、また窓辺でぼんやりとして過ごしていた。
太陽が沈みかけている。少しだけ、その紅さを眩しく感じる。
毎日毎日、同じことばかりを考えている。
(ソルに会いたい……)
幼馴染で護衛騎士である彼の事を想うと、毎日胸が痛い。
次期開戦と言っても、ティエラの生活自体に、そこまで大きな変化はない。
だからこそ、ソルと自分の置かれている状況の格差が苦しいのかもしれない。いくら心配しても、実際に戦地に置かれないと、彼らの真の苦しみを理解することはできないだろう。
一方で、ここ二日間の出来事でも、ティエラは頭を悩ませていた。
一昨日前に、婚約者のルーナから口づけられた。
そのことで、気恥ずかしくて彼の顔が見れなくなったり、頭になぜかソルの顔が浮かんだりして、彼女の心はぐちゃぐちゃだった。
そんな中、昨日はルーナが薔薇の花束を持ってきたのだが、戦時中だし不謹慎だからと受け取るのを断った。だけど、せっかく花を持ってきてくれた彼に対して失礼だったと思い、ティエラはルーナを追いかけた。
そこで見たのは、ルーナがヘンゼルに紅い薔薇を渡しているところだったのだ。
(私が受け取らなかったら、別の女性に渡せば良いだけだもの……)
ルーナは、誰が見てもため息をもらす程の美丈夫である。
そんな彼は、特段ティエラと婚約しなくても、女性に困ることはないだろう。
実際に、噂では、女性との交遊が多いとの話も聞く。これまでは、噂は噂だと自分に言い聞かせてきたが、とにかくティエラは自信を失っていた。
今日も朝から、ルーナがティエラに会いに来ていたと言うのに、扉の前で追い返してしまった。
しかも、彼に対して『今は、貴方に会いたくないの……』と伝えた。
(今日もまた、ルーナに失礼な態度をとってしまったわ……)
また彼を傷つけるような言動をしてしまった。
つくづく、身体だけ大人に近づいて、心が子どものままの自分に嫌気がさしてきた。
胸の内が、晴れることはない。
ティエラが落ち込んでいると、部屋の扉が叩かれた。
「はい、どちら様でしょうか?」
またルーナが会いに来たのだろうか?
そう思い、ティエラが扉を開くと、そこには思いがけない人物がいた。
「姫様、こんばんは~~。夕暮れ時に失礼致します」
軽い口調で話すのは、ルーナの付き人をしているウムブラだった。
ティエラは彼の周囲を確認した。だが、近くにルーナの姿はなかった。
ウムブラが一人でティエラのところに来るのは珍しい。
一体どうしたのだろうか?
「ウムブラさん、どうなさったんですか?」
「姫様に、ちょっとご相談がございましてね」
彼から、ティエラに相談とは、ますます珍しい。
ウムブラからは、あまり困った様子は感じられないが、ティエラは話を聞いてみることにした。
少しだけ神妙な様子になった彼が、彼女の方を見て口を開いた。
「それがですね。先程、グレーテルさんが、ルーナ様のお部屋に遊びに行ってしまいまして」
彼の言葉に、ティエラの思考が固まる。
声を出すのに、しばらく時間がかかった。
「……グレーテルが、ルーナのお部屋に、遊びに行った……?」
なぜ、ティエラのお世話係である彼女が、休日に彼の部屋を訪問するというのだろう。
グレーテルは、ルーナのことを苦手だと言っていたような気がしたが、ティエラの気のせいだったのだろうか。
そもそも夜が近づいてきている。
最近は、ティエラも、夜に女性が男性に近づくのは、あまり良くないと分かってきている。
グレーテルは、そのあたりの危機管理は……。
(普段の彼女の言動だけ思い出したら、不安になってきたわ……)
ティエラとグレーテルの年齢はほとんど変わらない。
これまでなら、ルーナは大人の男性だから、子どもには興味ないだろうからと、安心できていたのだが……。実際、一昨日前に、ルーナはティエラに口づけてきた。
彼は同年代以上の女性に困りはしないと思うのだが、小さい子でも別にいいのかもしれない。
(ますます心配になってきたわ……)
「どうなさいますか、姫様? 私がついて行っても良いですよ~~? そのままになさいますか?」
やや愉快気に話すウムブラのことが、少しだけ気になったが、ティエラは力強く答えた。
「ルーナとグレーテルの所に行くわ」
※※※
ウムブラと一緒に、ティエラはルーナの部屋の前まで来た。
(緊張して来たわ……。ルーナとグレーテルは……?)
彼女は中に入る前に、そっと扉に耳を当てた。
中から、くぐもった男女の声が聞こえる。
何を話しているのかは聞き取りづらい。
(私、こんなところで何やってるのかしら?)
少しだけ、我に返りかけたティエラだったが――。
「いや~~ん。ルーナ様、そんなのダメです~~!!」
グレーテルが、突然大きな声を出した。
ティエラは思わず、ノックもせずに、勢いよく扉を開いた。
※※※
ティエラが扉を開けて、真っ先に目に入って来たのは――。
「あ、あれ?」
彼女は、間の抜けた声を出した。
ティエラの目には、椅子に座ってお茶をたしなんでいるルーナと、彼から遠く離れた窓際に立つグレーテルの姿だった。
「姫様?」
突然、部屋に現れたティエラに、ルーナも大層驚いているようだった。
彼は茶器を机に置いて椅子から立ち上がると、彼女に近づいた。
「どうなさいましたか、姫様?」
「あ、あの……」
ティエラは、動揺してしまった。
「実は、ウムブラさんに……」
彼女は一緒に来ていたルーナの付き人に声をかけようとして後ろを振り返った。
しかし、背後にウムブラの姿はなかった。
「あれ?」
さらに彼女は混乱する。
慌てていると、遠くにいたグレーテルがティエラに声をかけてきた。
「姫様~~」
グレーテルはティエラに走り寄って来た。
そうして、グレーテルは満面の笑みを浮かべて、ティエラにこう告げた。
「ちょうど、お姉さまの代わりに頼まれたグレーテルのお仕事、終わりました。なので、グレーテルは退散いたしますね~~」
グレーテルは、ティエラを部屋の中に引っ張った後、挨拶をして去って行った。
ティエラの背後で扉が閉まる。
窓に映る空の色はもう暗い。
彼女は、ルーナの部屋で、彼と二人きりになったのだった。
たぶん明日の午前までには上げます。
その後、3~4日ほど休載する可能性があります。
にわかに忙しく……。申し訳ございません。
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また、お会いできますように。




