【正史】0-24 月と大地はすれ違う2
ティエラ12歳
ルーナ22歳
ルーナ視点→ティエラ視点
ここ数日、元気がなかったティエラだが、今日は少しだけ調子が良さそうだった。
護衛騎士であるソルが不在であることに、彼女はだいぶ慣れてきたのかもしれない。
ルーナはひとまず彼女のそばにいることにしてみた。決して、ウムブラに言われたからではない。ティエラから一人になりたいと言われる事もあったが、最近は概ね一緒に過ごせている。
ティエラは彼女の部屋の中で、ずっと過ごしている。ルーナが誘ってみても、どうしても外出を嫌がる。そのため、今日は彼女をルーナの自室に招いてみた。
最近は毎日、ティエラは窓辺に寄って外を眺めている。戦地に向かうソルの心配をしているのだろう。ルーナの部屋でも、同じように彼女は外を見ていた。
婚約して数年が経つが、こんなに彼女と過ごしたのは初めてかもしれない。そもそも部屋に招いたのも初めてだ。
恐る恐る、ルーナは懐にしまっていた包みを取り出し、窓辺に立つティエラに差し出した。
「姫様、貴女様の好きな甘いお菓子です」
「ルーナ、ありがとう。少しだけ、いただこうかしら?」
彼女がふわりと笑う。
久しぶりにティエラの笑顔を見ることが出来た。ルーナも彼女につられて微笑む。
自分でも、十も下の少女の反応をうかがっているのに気付いた。
「東の国からの輸入品になります」
ティエラが包み紙を開くと、中には丸い形をして、つやつやした菓子が入っていた。彼女が指でそれを摘まむ。柔らかそうな見た目だが、意外と弾力があったのか、しばらく手触りを堪能していた。
彼女がその菓子を一口かじる。
「不思議な食感ね」
美味しそうに菓子を頬張っている彼女を見ていると、年相応だなと感じる。ルーナは彼女の姿を見ていると嬉しくなってきた。
ルーナは、彼女を待つ未来のことを考える。
ティエラは、十七を迎えれば竜に喰われてしまう。
その未来を回避できれば、今のように彼女と一緒に過ごす時間が増えるのだろうか。
家族として、幸せで満ち足りた将来。
想像するだけで、胸が暖かくなる。
終戦すれば、また大公の研究を手伝う事になり、彼女と過ごす時間はなくなるだろう。
だけど彼女を救いさえすれば、時間などいくらでも出来るのだ。だから、今は彼女に少しだけ寂しい思いをさせるかもしれない。
そう、今だけだ。
「姫様が嬉しそうで、私も嬉しくなります」
ルーナは、ティエラに微笑みかけた。
菓子を食べ終わった彼女が、ルーナの方を見上げる。
「……ルーナは……優しいわね」
そうして、ティエラはルーナから視線をはずす。
少し含みのある言い方だった。
なぜだろうか? やはり、最近、彼女からこういう言い回しが増えた気がする。
『せっかく家族になったのだから、正直な貴方がみたいの、私は』
もう四年近く前の話だった。
あれ以来、自分なりに正直に発言するように心掛けているつもりだ。
彼女が忘れてしまっていても、おかしくはない。
なぜなのか尋ねたら、彼女なら答えてくれるかもしれない。
だけど、ルーナは怖くて聞くことが出来なかった。
(彼女の命に比べれば、些末なことだ)
彼は自分にそう言い聞かせた。
※※※
少しだけ険のある言い方になったかもしれない。
ティエラは、自分がルーナへとった態度に落ち込んでしまう。
彼女はまた、窓の外を眺める。
彼の部屋に来たのは初めてだ。
ルーナの部屋の中には、最低限のものしか置かれていなかった。
よくお世話係の女性達が話題にしていたので、あまり物を置かないらしいというのは知っていた。
几帳面な彼らしい。しかし、それにしても何もない。
(噂でしか知らなかったなんて、やっぱり私は、彼にとって名ばかりの婚約者に過ぎない……)
年上の彼が何を考えているのか、ティエラには分からないことが多い。
殺風景な部屋を見ても、彼を知る手がかりは見つからなかった。
『貴女が私の婚約者で良かった』
数年前、ルーナがそう言ってくれたのを、今でもティエラは覚えている。
だけども、忙しくしているルーナとは共に過ごす時間が減った。周囲の噂ばかりが耳に入るようになってからは、ティエラはどんどん自信を失っていった。
だけど、自分はルーナばかりを責めることは出来ない。
今もティエラはルーナと一緒に居るが、頭の中にはソルのことがある。
彼が今戦地でどうしているのか、考えるだけで苦しくなる。
(私の婚約者はルーナだわ。だけど――)
どうしてか、ソルのことばかり考えてしまう。
死地に向かう幼馴染み。心配するのは当然と言われれば当然だ。
だが、それだけではない気がしてきている。
ソルへの気持ち。
それには絶対に、気付いてはいけない――。
(なんだか、胸がごちゃごちゃする)
ルーナへの言い方がきつくなったのは、八つ当たりにも近かった。
ティエラは、胸の内を落ち着けようと、ソルから貰ったペンダントを握る。
最近、そうしていると落ち着くのだ。
「姫様、ソルの事が気になりますか?」
頭上から、ルーナの声が聞こえた。
彼が、ティエラの髪を手に取る。そうして髪に口づけた。時々、ルーナはこういう所作をしてくる。
今日も、いつのもそれだろう。
そう思っていると、影が落ちてきた。
(え――?)
自身の唇に何かが触れてきた。
理解するのに時間がかかった。
気付いた時には――。
――ティエラはルーナから口づけられていたのだった。




