【正史】0-23 月と大地はすれ違う1
こんにちは。余裕があって、本日三本目になります。
少し暗い展開だから、作者が駆け抜けたいのかもしれません。
暗い話が苦手な人は避けていただければ幸いです。
ティエラ12歳、ルーナ22歳頃。
窓辺に椅子を出し、ティエラはぼんやりと外を眺めていた。グレーテルから陽に当たった方が良いと勧められたから、そうしている。日差しが眩しくて、溶けてしまいそうだなと思った。
「姫様」
背後から声がした。
振り向くと、自身の婚約者であるルーナがそこに立っていた。彼の白金色の髪が、陽の光にきらめいて少しだけ金の髪のように見えた。以前はその美しい顔を見るだけで、ティエラの心が騒いだものだ。だけど、今彼の姿を見ても、あまり心は晴れなかった。
「おはよう、ルーナ」
ルーナはティエラに近づく。彼は、そっと長い指で、彼女の頬に触れる。
「隈が出来ていますね。眠れませんか?」
そうルーナに問われたティエラは、こくりと頷いた。
「今寝たら、また夜眠れなくなりそうですね。私と一緒に出掛けませんか?」
ルーナは微笑みながら、彼女に問いかける。
ティエラは押し黙った。
少し時間が経ってから、彼女はぽつりと呟いた。
「……今は、そんな気分じゃなくて……」
ルーナは寂しそうに微笑む。
「そう、ですか……。分かりました。また後から参ります」
そう言って、ルーナは部屋から出て行った。
その背をティエラは、ぼんやりと眺める。
今まで、彼の誘いを断ったりしたことはなかった。傷つけてしまっただろうか。
だけど、思うところもある。
ソルがいなくなってからだ。
ずっと、ルーナについて考えないようにしていたことも、頭の中を巡るようになっていた。
‐ルーナは自分を大事にしてくれているとは思う。だけど、裏ではそうとは思えない行動を取っているのをよく耳にしてしまう。所詮噂だと自分に言い聞かせてはきたが、最近は会いに来る回数も減ってしまっていて、会話がほとんどできていない。ルーナの本心がよく分からなくなってきていた。
口ではなんとでも言えるものだ……。実際には、彼はティエラの元には、ほとんど来てくれなかった。
ソルが神剣を完全に継承して、ルーナと同じ権限を与えられてから、特にティエラの中でその思いが強くなっていた。裁量権が本人にある。それなのに、ティエラに会いに来ないのは……。
「あの人には、私以外にもたくさん来てくれる人がいるわ……。だけど、私には、毎日来て、一緒に居てくれたのは、彼しかいなかったのよ……」
誰に言うでもなく、ティエラはそう呟いた。
先ほどの場面、ソルならば、無理にでも自分を外に連れ出しただろうか。
失礼だとは分かっているが、どうしてもルーナとソルを比較してしまう。
「自分が自分のことしか考えることのできない、こんなに弱くて最低な人間だなんて、思ってなかった……」
ティエラは、そっとペンダントを掴む。
先日のソルの言葉を思い出す。
『あんたに嫌われるのが怖い』
頭の中で反芻する。
「ソル。私の方こそ、貴方に嫌われないか、心配だわ……」
涙が零れるのを、彼女には止める術がなかった。
※※※
「え? もう出て来たんですか? 姫様は?」
ティエラの部屋に先程入ったはずのルーナが、すぐにまた出て来た。
ウムブラはその様子を見て驚きの声を上げ、ルーナに声を掛けた。
「姫様は、気分が塞いでおられる。今は、出かける気もないそうだ」
ルーナのその答えに、ウムブラは、不満の声をあげる。
「え~~? それで出てきちゃったんですか? こう、そばにいるとか、強引に外に連れ出すとかしたらいいんじゃないですか? ソル様なら、たぶんそうやって――」
彼の口からソルの名前が出た瞬間、ルーナの表情が一気に歪んだ。
「私は、あの男とは違う!!」
ルーナが大きな声を出したので、ウムブラはまたもびっくりしていた。
ルーナ自身も、自分の声に驚いたのか、はっとしていた。
「……彼女に、嫌われたくないんだ……」
弱々しく話す彼に、ウムブラは、「ちょっと忠告ですけど」と言って語り掛け始めた。
「いやいや、ルーナ様。お気づきかは分かりませんが、姫様には、貴方の態度が裏目に出てるんですって。せっかく、国王様が、大公様のところではなく、姫様と一緒に居て良いって言ってくださってるのに――」
しかし、ルーナはウムブラの話の途中であるにも関わらず、その場から立ち去ってしまった。
「って、ねえ、話を聞いて下さいよ、ルーナ様ったら~~」
ウムブラは、自身の主に声を掛け続けた。だが、彼が振り返って、話を聞くことはなかった。
ルーナの背を見ながら、ウムブラは、やれやれと言った調子で、独りごちた。
「もう少し、我々にも心を開いて下されば良いんですけどね。まあ、前よりは、ましかな」
彼は、主の姫様への対応はともかくとして、ルーナの変化を少しだけ好ましく感じた。




