第17話 太陽について思い出したことは
6/11文章の見直しをおこないました。
婚約者のルーナ。
護衛騎士だったソル。
(二人との、記憶を失う前の関係……)
ティエラは考えていた――。
「ルーナ様とも仲が良かった」と、ヘンゼルから言われたことを思い出していた。
(記憶を失う前の私は、ソルのことを……好きだったの……?)
ウムブラの言い方だと、ソルとティエラは幼馴染み以上の関係だった可能性すらある――。
仮にそうだったとしても――。
(今の私は……ルーナのことが……)
ウムブラの言う通り、このまま思い出さない方が良いのかもしれない。
けれども、胸の奥で警鐘が鳴っている感覚が消えない。
(ルーナは、何かを隠している……)
それはティエラのためを思ってなのかもしれない。
だけど、彼女とルーナとの婚礼の儀を執り行う前に、ソルについても知らないといけない。
(即位の際、神器は全て揃っていた方が良いわ。それに、剣の一族以外に真犯人がいるかもしれない)
ティエラはそう自分に言い聞かせた。
※※※
ウムブラと別れた後、部屋に戻ったティエラ。
ベッドに置いたままになっていた日記帳に、彼女はさっそく目を通した――。
やはり、ソルに関する部分のページは見当たらず、黒いインクでページが汚されている部分が多い。
よく見れば日記帳には鍵がついていたような跡もあったが、錠前は壊れてなくなっていた。
日記がおかしな状態だったため、半ば読むのを諦めていた。
(だけど、何かしらのヒントが隠されているかもしれない)
ひとまず読めそうな部分を探すことにした。
「ん、ここは読めるかしら?」
文字は子どもが書いたような字体が多かった。
たどたどしい文字を、彼女は指でなぞる。
「消えている名前はソルかしら――? 『わたしはきょうもソルをおこらせてしまった。ルーナにそのことをはなしたら、ソルはしんぱいしているんですよとおしえてくれた。ルーナはやさしい』」
ソルと特別な絆と言われ身構えていたが、読んでみたら、ルーナを讃えるものだった。
(というよりも、昔の私もルーナを……?)
幼い頃のティエラが抱く、ルーナと会えることへの嬉しさ。
日記帳からは、その喜びが伝わってくる。
(私が八つ? 九つ位かしら……?)
その後も読める箇所を拾い読みした。
(ルーナに関する文章ばかり……)
『ルーナがほほえみかけてきた』
『ルーナが、かわいらしいと言ってくれた』
今と変わらず、ルーナはティエラにかなり甘かったようだ。
ソルに関しては、『怒られた』、『喧嘩になった』という文面ばかりが目立つ。
(ソルと私の関係は杞憂だったのかしら――?)
ティエラが思い始めた矢先に、ある文面が目に入った。
「『いわいのばで、ソルがおんなのひとに、ひめさまをばかにするなとおこった。まだこんな……』」
頭の中で何か閃く。
『こんなに小さな婚約者をお相手するなんて……国王が決めたこととは言え、可哀想ですわね、ルーナ様。女性との浮き名を流されるわけですわ。いかがですか? 今夜は私と――』
妖艶な女性の声――。
頭が軋むような気がした。
(今の台詞は――?)
塗りつぶされていて確認は出来ない。
(本当にあった記憶?)
ティエラは読み進める。
「『ルーナは、ティエラさまはティエラさまのままでいいですよといった。けれども、うわさのことはしっている。はやくおとなになれば、かなしくないのだろうか』」
(ルーナと他の女性との噂――)
読みながら今のティエラも傷ついてしまった。
ルーナが女性から好かれそうだとは思ってはいたし、本人も否定はしなかった。
(だけど、彼が浮き名を流していたなんて、あまり知りたくはなかったわ――)
日記帳を読みながら、今のティエラも傷付いてしまった。
(ルーナは、『姫様のことをお慕いしておりました』と言っていたけれど……私が八歳なら、ルーナは十八歳だもの……その当時のルーナからすれば、私はまだ恋愛対象ではなかったのかもしれない……)
「『かなしんでいると、ソルが、おれはティエラだけを――』」
『ずっとみてるから!』
また頭に、何か浮かぶ。
幼いソルと思われる少年の真っ直ぐな碧色をした瞳――。
その時のティエラが抱いた胸の高鳴り――。
頭の痛みが増したが、彼女は読み進めた。
しばらく読めないページや破れたページが続く。
――辛うじて読める場所を、ティエラは見つけた。
王歴をみる限り、数年前のことのようだ。
「『辺境で他国の侵略があり、神器の力が必要だからと……ソルが私の護衛騎士を外れて、戦争に向かうことになった。ソルは私に、絶対に帰ってくると話し、私に――をくれた』」
文章はそこで途絶えた。
以降のページは全て破れていた。
(ソルが何をくれたのかは、消されてしまっている――)
だけれど――。
(ソルから、大切な何かをもらったはず……)
なぜだか、大切なものだと彼女には分かってしまった――。
ティエラの目から、一滴の涙が零れたのだった――。




