【正史】0‐20 大地は太陽を見送る
早朝、ソルを見送ることになった。
朝早いと、彼から聞いていたので、しっかり身支度を整えておいた。
ソルがティエラの自室まで挨拶に来る。一緒に彼女の住む小城の入り口まで歩いた。入り口の外にある大きな柱の前で、彼は立ち止まった。
「見送りは、ここまでで良い」
彼にそう言われ、ティエラは少し寂しい気持ちになる。
騎士達は、城門の前に集合しているらしい。
「あんたが見送りに来たら、騎士達の士気も上がるだろうが……。俺はあんまり、あんたを騎士らに見せたくない」
ソルの意図がよく分からなかったが、ティエラは彼の言う通りにすることにした。
結局昨日は、ソルが部屋から立ち去った後もなかなか寝付けなかった。寝れなかった分、苦手な裁縫をして過ごした。なかなかうまくいかず、左手は傷だらけだ。以前、多少の傷は解放していた方が良いので、何か布で覆ったりはせずに、洗浄してそのままにしていた。
突然、ソルに左手首を掴まれた。
「目蓋が腫れてる。それに左手、傷が増えてるな」
彼は、自分のことをよく見てくれているなと、感心してしまう。それと同時に、ティエラは頬が熱くなるのを感じた。
「あんたのことだから、ルーナへの贈り物だって、手巾か何かに刺繍とかしてるんだろ? 集中するのも良いが、ちゃんとよく寝ろよ」
ソルの言ったことは、大体当たっている。もちろんルーナへの贈り物も作っていた。だけど、今日夜更かしをしたのは――。
「それも、もちろんあるけど……ソルに……」
ティエラは言い淀む。
きょとんとした様子で、ソルは彼女に問いかけた。
「なんだよ?」
彼の様子をうかがった後、ティエラは自身の胸元に右手を入れ、探り始めた。
ソルが驚いて、声を上げる。
「おい、周りに人はいないが、外でそういうことをするのはやめろ」
彼女達から離れた場所に、見張りの騎士が立ってはいる。だが、ティエラ達はちょうど柱の影にいるので、気付かれてはいないはずだ。
「今日のドレスには、他にしまう場所がついてなくって……」
それを聞いて、ソルは溜め息をついた。
「本当、俺はあんたを置いていくのが心配でたまらないよ……」
ティエラは、彼に心配をかけてしまったようで、少しだけ反省した。
そうして、目当てのものを取り出した。
ティエラの手の平におさまるほどの大きさのそれを、彼に差し出した。
「これを……」
小さな袋だった。
不器用なので、縫い目の間隔等もでたらめだ。決して上手いとは言えないが、一応――。
「御守りか?」
訝しげな表情をしているが、ソルは気づいてくれたようだ。ティエラの掌から、袋を受け取ってしげしげと眺めている。
「相変わらず、下手だな」
そう言われて、ティエラは落ち込む。
やはり、渡さない方が良かっただろうか。
ティエラの左手首から、ソルの手がはずれる。
しゅんとした彼女に、彼は声をかけた。
「前より上手くなったな。ありがとう、大事にする」
そう言って、ソルはティエラの頭に掌を置いた。彼は彼女に微笑みかけている。
ソルは、時々こうやってティエラを労ってくれた。
しばらく彼に、頭を撫でてもらう機会も減るだろう。
いつも一緒に過ごしていた彼が、本当に今から戦地へと向かってしまう。
考えていたら、ティエラの瞳から涙が出始める。
「心配しなさんな、必ず帰ってくるよ」
ソルはそう言うが、ティエラはまた泣いてしまった。
どうしたら、涙が止まるのかが分からない。
「ルーナはお前のそばに残るんだし、そんなに不安がるなよ」
ソルがティエラを見て、再びため息をついた。
何度安心するような声を掛けても泣いてしまうティエラに、いよいよ彼は愛想をつかしたのだろうか。
「ああ、あんたの誕生日、祝えなさそうなのは悪かったな」
ソルは、ティエラから貰った御守りを懐にしまう。その後、彼は自身の首に掛かっているペンダントに手を伸ばした。留め具を外す音がする。
「ほら、これ渡しとくから。だから、泣き止めよ」
ソルがそう言って、ティエラにペンダントを差し出して来た。
彼女はそれを見て逡巡してしまう。
「このペンダント、誰かからの贈り物じゃなかったの?」
「は? 誰が俺に渡してくるんだよ?」
「その……女の人とか……」
ソルが朝から何度目かの、ため息をつく。
「自分で買ったんだよ……。色々説明するのは面倒だから、しない」
気にはなったが、それ以上質問するのはやめることにした。
「必要ないなら、渡さないけど」
ソルに言われて、ティエラは慌てる。
「……欲しい」
彼女が両手を差し出すと、ソルがその上にペンダントを置いた。銀の鎖で出来た、目立った装飾などはないデザインだ。小さな石か宝石がはめられそうな飾りはあるが、今は何も嵌まってはいない。
ティエラは彼に微笑み返した。
そうして、彼女はさっそく自分の首に着けようと、留め具を持って手を回した。
しかし、不器用だからか、うまく装着することが出来ない。
「何やってんだよ……」
「ソル、着けてくれる?」
彼に再度ペンダントを返すと、ティエラの首に手を回す。彼の指先が首筋に触れて、くすぐったい。留め具をつけた後に、彼の手は離れた。
ティエラは、ソルに声を掛ける。
「このペンダントを、貴方だと思って大事にするわ」
そう言うと、少しだけソルが固まった。
よく見ると、彼の耳が赤いのに気づく。
「そうか。じゃあ、俺もこの御守りをあんただと思って大事にするよ」
彼に言われて、ティエラは心がなんだか、むずむずした。嬉しいような、恥ずかしいような。ソルも、そんな気持ちだったのだろうか?
「そろそろ時間だな」
もっと一緒に居たかったが、仕方がない。
ソルの碧の瞳が、ティエラの金の瞳を捉える。
「離れていても、心はいつもあんたと共にある。俺は、絶対にあんたのところに帰ってくる。約束だ」
ティエラは静かに頷く。
一度だけ彼に寄り添った後、離れた。
小城の門からソルが出ていき、彼の背が見えなくなるまで、ティエラは彼をずっと見つめていた。




