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記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士  作者: おうぎまちこ
過去編

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【正史】0-17 離れゆく太陽に、大地は何を想う


(ソルが、戦地へ……)


 朝、話したばかりの話題がそのまま現実になってしまった。

 ティエラは、なんだか頭に靄がかかったように、考えがまとまらなくなってくる。


「姫様、大丈夫ですか?」


 ルーナに声を掛けられ、ティエラははっとした。彼の蒼い瞳が眼前にある。さっと、彼から離れた。その際、ルーナの白金色の髪が、さらりと頬を掠める。


「……え? ああ、あまり……大丈夫じゃないのかも……」


 ティエラの声が段々と小さなものになっていく。

 ルーナが眉根を寄せて、彼女に声を掛けた。

 

「顔色が優れませんね。私が要らぬことを告げたばかりに……。部屋に帰りましょうか?」


 彼に促されるが、うまく返事が出来たかどうかは分からない。

 ティエラは、ルーナに抱き寄せられる。


 気づけば、彼女は自室に送り届けられていた。




※※※




 自室に戻り、ルーナと別れた。

 彼は、本当はティエラのそばに居たいようだった。だが、すぐに別の魔術師らが彼の元を訪れた。


「姫様のおそばにいたいのですが……」


「ルーナ、大丈夫よ」


 魔術師等から伝達を受けたルーナは、執務に戻ることになった。

 ティエラは、心配そうにするルーナに対し、無理に笑顔を浮かべて見送った。


 それからは、ティエラは寝台に腰かけ、繕い物を再開していた。

 白い布に、刺繍を施している最中だ。

 しかしながら、集中することが出来なくなっていた。


 なんだかそわそわして、気持ちが落ち着かない。


 頭の中にソルが浮かんでは消えていく。


 ティエラは、せっかくルーナに部屋に送り届けてもらったが、また部屋の外に出て歩こうかどうか悩み始める。

 部屋の中をしばらくうろうろした後に、やっぱり外に出ることにした。

 ドアを開けて、廊下に出ようとしたところ、何かにぶつかる。鼻の頭を打ってしまった。ティエラが後ろによろめいたところ、腕をひかれて、態勢を持ち直した。


「あんた、何やってんだよ?」


 目の前に居たのは、先ほどまでティエラの頭の中を占めていたソル本人だった。

 慌てふためきながら、彼へと答える。


「ソル、ちょっと散歩に行こうかと……」


「はあ? ルーナから、あんたがさっき散歩に行ってたって聞いたんだが?」


 ソルが怪訝な顔をティエラに向ける。


「そうなんだけど……」


 しどろもどろになっている彼女を、ソルはじっと見つめる。

 そうして彼は、一度だけため息をつく。


「分かった。行くぞ」


 ティエラは、彼に腕をひかれ、また外に向かって歩き始めたのだった。




※※※



 

 ティエラとソルは、時々陽に当たりに来る、池の方へと来ていた。

 今は、彼女は彼に腕を引かれていない。


 そう言えば、ここ最近、ソルに手をつないでどこかに連れて行ってもらう機会が減ったような気がしていた。


(雑に手首や腕は掴まれるし、指は食べられたけど……)


 考え出すと、少し気になり始めた。


「それで、何が気になってるんだよ?」


 ソルにそう言われて、ティエラは彼の方を振り向いた。

 今、気になっていること――。


「あの、なんで、ソルは、最近私と手を繋がなくなったの?」


「――は?」


 ソルはいつも以上に眉根を寄せて、ティエラの方を見ていた。

 彼は、その質問を受けて、しばらく固まっていた。


「変なこと、聞いたかしら?」


 ティエラが、ソルにおずおずと尋ねる。


「――ああ、てっきり別のことを聞かれるんだと……」


(別のこと……)


 彼女も頭の中では、ソルに聞きたいことはあった。だけど、ティエラは、そのことを考えまいとしていた。

 ソルが、彼女に話を切り出した。


「それは……。成人した男が、婚約者のいる女の手を引いてたら、おかしいだろ?」


 そう言われて、ティエラはそちらの話題に考えを移した。少しだけ、頭を整理してから返答する。


「そうなの?」


「そうだ。これから先、よっぽどのことがないとしない。まあ、腕とかは掴んでるけど……」


 ソルの口から出た言葉に、ティエラは落ち込んでしまった。彼女は、地面に目をやる。

 自分にはルーナという婚約者が居て、彼ならばいつもティエラの手をひいてくれる。それなのに、どうしてソルに手を繋がない話をされ、こんなに気分が沈んでしまうのだろうか。


(なんで、私は……)


 少し顔を上に上げると、ソルの胸元に目が行った。そう言えば、彼はここ最近、銀の鎖で出来たペンダントを付けている。

 それも気になっていたのだが、誰かからの贈り物だったらどうしようかと思って、ティエラは彼に尋ねることが出来ずにいた。彼女が成人してルーナと夫婦になるまでは結婚はしないと、ソルは話していた。だけど、決してそれは恋人を作らないと言ったわけではない。


(女性からの贈り物だったらと思うと、怖くて聞けない……)


 ティエラは、最近、自分でも彼への気持ちが分からなくなってきていた。


 ソルは、彼女の視線を感じたようだ。

 ティエラは、ペンダントについても言及してみることにした。


「ソル、そのペンダント……」


 彼女がそう言うと、彼が顔を顰める。


「……あんたには教えない」


 そう言われて、ティエラはまたしゅんとなってしまった。

 どうして、教えてくれないのだろうか……。


 そんな彼女を見て、ソルがまたため息をついた。


「あんたを落ち込ませるために、俺はここに来たんじゃない」


 そうして、彼は話を続ける。


「ティエラ、おそらくあと一月内には、俺は戦場に立つ」


 ティエラが考えないでおこうとしていた話を、ソル本人から聞かされてしまう。


「俺が勝ってこないと、他国に示しがつかないらしい」


 ソルの話を聞いて、彼女の心はますますふさぎ込んでしまう。

 もしかしたら、とは思っていた。

 だけれど、考えが現実になってしまった。

 ティエラは、こんなに早く、彼と離れる時が来るなんて思わなかった。


「不安じゃないの……?」


 彼女は、ぽつりとソルに問いかけた。

 

 しばらく彼から返答はなかった。


 太陽に照らされて、池の水がきらきらと光っている。


 その池の綺麗さは、今のティエラの気分とは正反対だなと思う。


 ソルが口を開いた。


「……不安に、決まってるだろ」


 いつもより、彼の声が小さかった。

 ソルの表情を見ようとした。だけど、ティエラの視界はぼやけて、出来なかった。

 気付けば、ティエラは涙が出ていた。


 ソルの腕が、彼女に一瞬だけ伸びたが、すぐに留まった。また、伸ばした手を元に戻す。


 ティエラは、そのまま泣きじゃくり続ける。


(ソルが行ってしまう)


 泣いていると、ソルが話しかけてくる。


「朝も言ったろ、どれだけ離れていようと、俺はあんたのことを――」


 そこまで言って、彼の言葉は止まった。

 

 ――ティエラが、ソルに抱き着いたからだった。


「あんた……」


 そのままソルは、二の句を継げなくなる。


「頭では、分かってるんだけど……」


『俺の心は、ずっとあんたと一緒にいるよ』


 彼の朝の言葉が、頭には浮かんでくる。


 だけど、あまりに急すぎて、心が追い付かなかった。

 

 そんなティエラに聞こえるかどうかの声で、ソルが何か言った。

 聞き取れなかったティエラは、ソルの方を見上げる。


「ソル、何――?」


 ティエラもそれ以上、何も言えなくなった。

 気付けば、彼に抱き寄せられている。


「なんで、あんたは、ルーナの婚約者なんだろうな……」



 池に二人の姿が映って、揺らめく。

 

 ティエラが泣き止むまでの間、ソルはティエラを抱きしめていた。

 


 


ぎりぎりになってごめんなさい。

また、明日お会いしましょう。

明日はそんなに待たせないはずです。

読んでくださり、いつもありがとうございます。

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