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記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士  作者: おうぎまちこ
過去編

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204/289

【正史】0-16 月が大地と共に過ごせるのは

今回は22歳のルーナが多めです。ティエラは12歳、ソルは17歳。




 騎士団長の滞在する部屋に、ソルは呼び出されていた。

 呼び出してきたのは、彼の実の父親であり、オルビス・クラシオン王国の騎士団長、イリョス・ソラーレだった。彼は、ソルと同じように紅い髪に碧の瞳をしている。

 自分の父親だというのに、面と向かって話すのは、一体いつぶりだろう。


「親父、話ってなんだよ?」


「――仕事の時は、職位で呼ぶようにと言っていたはずだ」


 少しだけ、ソルは怯んだ。気を引き締め直して、上司であるイリョスに問い直した。


「それで? 団長様からどういう話ですか?」


 慇懃無礼なソルの物言いに対し、イリョスがため息をついた。

 その後、神妙な面持ちで口を開く。

 

「隣国スフェラ公国との戦についてだが――」





※※※




 ソルがイリョスに呼ばれたと言って、部屋を出て行った。

 ティエラは、自室で一人になった。

 裁縫の続きをしようかと思ったが、ソルとのやりとりもあり、少しだけ集中力がなくなっていた。


(別にソルが悪いわけじゃないんだけど……)


 彼女は、左手の人差し指を見る。少し針先で刺しただけだったこともあり、もう血は止まっている。ソルの口内に指が入っていた感触を思い出して、ティエラは羞恥を覚える。首まで赤くなったことを自分でも感じる。

 気をとりなおそうと、頭を振る。

 このまま部屋の中にいても、悶々としそうだったので、部屋を出て散歩に出かけることにした。

 部屋の前に立つ騎士に声をかける。あまり遠い場所だと、共をつけるように言われる。ティエラは、彼女の住む小城にある森の付近までしか歩かないことを、騎士に説明した。特に誰かと一緒でなくても良いと判断してくれたのか、ティエラは一人で散歩に行くことに成功した。

 城の階段を降り、しばらく歩くと大きい玄関がある。騎士達に挨拶をしながら、ティエラは歩く。扉から出て、しばらく小道を進むと、小さな森が見えてくる。この森の先には、塔が立っており、遠くに少しだけ先端が見えた。

 森の中は、時々日が差しているが、昼間でも少しだけ薄暗い印象がある。涼むにはちょうど良い場所ではあるが、一人で進むのは怖くもある。

 ティエラは、木々の合間にある入り口から、森の中を覗き込んでいた。


 突然、背後から誰かに抱きしめられる。

 

「きゃっ!」


 驚いて、声を上げる。

 そのまま腰に腕を回され、身体を持ち上げられる。足が宙に浮いた。


 ティエラの耳元に何者かの顔が近づき、囁いてくる。


「森の中を歩く時には、他に誰か人をと、私が以前、説明いたしませんでしたか?」


 優しく、涼し気な声。

 ティエラは、すぐそばにいる声の主の方を振り向き、返答した。


「――ルーナ。森の奥をのぞいていただけよ」


 自身を抱きかかえているのは、婚約者のルーナだった。

 ティエラの長い髪に、彼は端正な顔をうずもらせている。

 彼は、時折このように突然現れることがある。以前に比べ、ティエラもだいぶ慣れてきた。彼は転移の魔術が使える。おそらくは、彼女の魔力をたどって、この場所まで来たのだろう。

 

「本当ですか?」

 抱きかかえられたまま、彼の声を聴くと、魔術にでもかかったのかという位、最近は頭がくらくらしてくる。

 朝のソルとの出来事を思い出して火照っていた頬が、やっと元に戻って来たと思っていたのに。


「もちろんよ」


 ティエラが返答すると、やっとで彼女は地面へと解放された。彼女は、背後にいるルーナの方へと向き直る。彼は、彼女の近くにしゃがみ込んだ。ティエラも最近は少し身長が伸びてきているので、ルーナが彼女を見上げるような形になる。


「しばらく、貴女のそばで過ごす時間が多くなりそうです」


 穏やかに微笑みながら、彼はティエラにそう告げて来た。


「そうなの? ルーナと一緒に過ごせるの、嬉しいわ」


 最近は一緒に過ごす時間が減っていた。

 まだ、彼のことで分からないと思うことがたくさんある。

 婚約者について知る良い機会になりそうだと、ティエラは嬉しくなる。

 ルーナも、そんな彼女を見て、笑い返した。


 ただ一つだけ、ティエラには懸念があった。


「でも、ソルも一緒だから、二人で喧嘩しないか心配ね」


 ティエラが笑いながら、彼にそう答える。

 なぜだか知らないが、自分の婚約者と護衛騎士の二人はいつもいがみ合っている気がする。同じ神器の守護者同士、仲良くすれば良いのに……。

 そこまで考えていたら、朝、ソルと会話をした内容が頭の中に浮かんできた。


『分からないな。俺かルーナ、神器の使い手のどちらかは参戦しないといけないだろうな』


 ソルか、ルーナか……。

 ルーナが、ティエラと過ごす時間が増える。

 それは、つまり――。


「まさか……」


 彼女の金の瞳が揺れ、亜麻色の睫毛で影が出来る。

 そんな彼女の様子を見て、ルーナは察したようだった。彼女をのぞきこむようにして、彼は告げた。


「姫様、戦に向かうのは、剣の守護者です」


 森に向かって、強い風が吹いた。ティエラの長い髪を揺らす。ルーナの白金色の髪も少しだけそよいだ。

 風はとても涼しくて心地よいのに、なぜか彼女の胸の奥は居心地の悪さを感じる。


 心配そうにしているティエラをルーナが抱き寄せる。彼女の頬に、彼が頬を寄せてくる。

 いつもは恥ずかしいながらも嬉しいと思う。だけど、そんなルーナの行動にも、ティエラは反応することができずにいた。




 

 


いつも読んでくださっている読者の皆様、本当にありがとうございました。

読者様が400人突破いたしまして、作者はとても嬉しく思っています。

ブクマしてくださる方や☆評価をしてくださる読者様も最近は増えており、本当に感動しております。

皆様のおかげで、ここまで頑張れています。

本当は過去編は短い予定だったのですが、新作との兼ね合いもあり、もうしばらく続きそうです。

早くルーナの方に行ってくれよという読者様がいらっしゃったら、構想はわりとあるので、感想やTwitterのリプライやDMなどで教えてくだされば、早くに書き始めます。(連載中は、わりとルーナ推しの読者様が多かったのですが、今はどうなんだろうか……)

どうぞこれからも、よろしくお願いいたします。

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