【正史】0-13 太陽は大地への想いに気づく3
ソルが部屋を出て行った後に、グレーテルが部屋に入って来た。
ティエラは、彼女に着替えを手伝ってもらい、二人で部屋を出ることにした。
見張りの騎士には、散歩に出ると伝えると同時に、ソルがどこに向かったのか尋ねた。
「ソル様ならば、騎士学校に向かわれていましたよ」
そう騎士から聞いたティエラとグレーテルは、騎士学校の方角へと歩きはじめた。
「ふぅん、ソル様とあの貴族のお嬢様がお見合いをなさったと。それで、姫様は、ソル様がどういったお返事をなさるのかが気になると」
道中、グレーテルがティエラに状況を確認してきた。ティエラは肯定する。
「でも、ソル様に婚約者が出来るとか出来ないとか、グレーテルは、本当にどうでも良いんですけど~~。姫様は、どうして気になるんですか?」
グレーテルが悪戯っぽい笑みを浮かべながら、ティエラに問いかけて来た。
「ソルって、ずけずけ物を言うじゃない? だから、その令嬢に、変なことを言うんじゃないかなって心配で……」
「そうですか~~? ソル様は、幼馴染の姫様にはずけずけ言いますけど、他の人たちには、わりと丁寧ですよ~~。ルーナ様への態度は悪いですけど。お世話係の者達の間でも、ソル様はわりかし人気です。礼儀正しくて、親切だし、武芸には秀でてるし、愛想が良いって」
ティエラは、グレーテルの話に立ち止まった。
「そうなの?」
「そうですよ~~。姫様、ご存じじゃなかったんですね~~」
周囲の者から聞くソルの話が、なんだか自分の知るソルとは違う気がする。
彼が、親切で武芸に秀でているのはティエラも理解できる。
だけど、礼儀正しくて、愛想が良いというのは分からない。彼女の知る彼は、どちらかというと、無礼で、粗野で、愛想も良いとは言い難い。
「まあ、あと人気なのは、一途なところですかね」
「一途?」
「ああ~~、姫様、気のせいです。今のは、忘れてください~~」
(……何かしら?)
気を取り直して、ティエラとグレーテルの二人は、騎士学校への移動を再開した。
※※※
「あれ~~? 姫様じゃないですかぁ? こんなところに珍しい」
そう言って、ティエラに話しかけてきたのはネロだった。気づいた時には、彼がそばに立っていた。ネロは、ソルの騎士学校の友人のはずだ。彼は、青銅色の短い髪をしており、垂れ眼気味の目は煉瓦色をしている。以前会った時よりも、身長が伸びている気がする。
「こんにちは、ネロさん」
「今日も、愛くるしいなぁ、姫様は~~。グレーテルちゃんも、もちろん可愛いけどぉ」
ネロは、ティエラからグレーテルへと視線を移した。
「ネロ様、やめてください。グレーテル、誰にでもそういうこと言う人に、そんなこと言われても嬉しくないんですよ~~」
「相変わらず、ませてるし、手厳しいなあ。それで、ソルを探しに来たんですかぁ?」
彼は、再度ティエラへと視線を戻した。
「はい、そうなんです」
ティエラが返すと、ネロが「あれ? あいつ、今日はどうしたっけ?」と首を傾げ始めた。
そんな彼に、女性の声がかかる。
「ネロ、もう次の訓練が始まるぞ」
短い金髪に碧眼、猫のような瞳をした少女が、ネロに声を掛けた。彼女は、ネロのそばにいるティエラに目を向けると、驚き、そして丁寧に挨拶をしてきた。
「アリス・クルースニクと申します。以後、お見知りおきを」
「はい、アリスさん、よろしくお願いいたします」
「呼び捨てで結構ですよ、姫様」と、アリスはティエラに訴えていた。
(この女の人、以前、街の中で、ソルと歩いていた人だわ)
ティエラは内心でそう思った。
アリスは、とても美人な女性だ。ソルと同い年のはずだから、今年十六になるはずだ。今、十一になるティエラからすれば、とても大人の女性に感じた。
ティエラが見つめていると、アリスが話を切り出す。
「ソルならば、何か貴族の誰かと用事があると言って、池の方に向かっていましたよ」
アリスがティエラに微笑みかけてくる。その笑顔が、なんだかティエラには眩しく感じた。
ティエラは彼女に礼を言い、池の方へと進路を変更したのだった。
※※※
場所は、ちょうど昨日、ソルと貴族の令嬢を目にした池だ。
そして、ほぼ同じ場所に、ソルと、ティエラに似た令嬢が二人で立って話をしている。
池を取り囲むように茂みがある。ティエラとグレーテルは、そちらに身を隠しながら、ソル達の様子をうかがっていた。
「いや~~ん、尾行みたいで、楽しいですね、こういうの」
グレーテルがウキウキしているのが、ティエラには伝わってきた。
二人がいる茂みからは、ソル達の会話は断片的に聞こえてくる。もう少し近づけたら良いのだが、これ以上近づくと相手にばれそうだ。
ティエラは耳を澄ませて、ソルと令嬢の会話に耳を傾けた。
※※※
「ソル様、今日はお返事を聞きにまいりました」
令嬢がそう言うと、ソルが笑みを返した。
「こちらこそ、お時間をいただけて、本当に感謝しております」
ソルの言葉を受け、彼女は、頬を染めて俯いた。
亜麻色の長い髪に、ぱっちりとした瞳。髪型だけでなく、雰囲気もティエラによく似ていた。
ただ、この令嬢のように、しおらしい態度をティエラが自分の前でとることはない。せいぜいが、ルーナの前だけだろう。
「それで、ソル様、その……色よい返事でしょうか?」
ティエラも、大衆の前ではこういう丁寧な喋り方をする。だけれど、ソルの前では、くだけた話し方をする。
(どうしても、ティエラと比べてしまうな……)
ソルが、心の中で嘆息する。
突然、令嬢がソルに抱き着いてきた。
「ソル様! 貴方が私以外の女性を好きでも構いません。どうか、私と婚約してくださいませ!」
彼は、彼女の突然の行動に驚いた。
令嬢は、上目遣いでソルを見つめてくる。彼女からは、強い華の香りがした。ティエラよりも、女性らしい身体をしているのが分かる。
ソルに対して積極的な彼女と一緒に過ごしたら、自分のティエラへの邪な気持ちも落ち着くだろうか。
そこまで考えて、ソルは、しがみついてくる彼女の肩に、そっと手を置いた。
そうして彼は口を開いた。
「わかりました」
※※※
「わかりました」
ソルの令嬢への返答を聞いたティエラは、衝撃を受けていた。
(その人と、婚約するの?)
何かで頭を打たれたようで、うまく考えることができない。
自分以外には礼儀正しく接しているソルも、なんだか別の知らない誰かなような気がして、混乱している。
(なんで、私は、こんなに混乱しているのかしら?)
自分にはルーナという婚約者がいるのに。
兄のように思っているソルが、他の人と婚約するのが嫌なのだろうか?
なんて自分はわがままな人間なのだろうと、頭の中で自分を責めだす。
グレーテルが、心配そうにティエラを見ている。
遠くにいるソルが、令嬢に向かって話し始めた。
ティエラは、彼らの会話に耳を傾けた。
※※※
「貴女と婚約しても構いません。ただし、条件があります」
「条件、ですか……?」
令嬢は、ソルに身体を寄せたまま、彼の話を聞いている。
「はい、条件です」
そうして、彼の発した言葉に令嬢は凍り付いた。
※※※
「貴女と姫様、どちらかを選べと言われたら、私は迷いなく、姫様を選びます。それでもよろしければ、貴女と婚約して構いません」
ソルの声が、ティエラにも届いた。彼女は見張る。
彼は、固まっている令嬢に、さらに話を続けている。
「貴女と会っている最中でも、姫様からの呼び出しがあればそちらを優先します。貴女に何かがあったと聞いても、私が姫様のそばにいるときは、貴女の元に向かうこともない」
ソルにしがみつく令嬢は、彼を黙って見ている。
「姫様を最優先させていただけるのなら――」
その場に、高い音が響いた。
「馬鹿にしないでください!」
音の正体は、令嬢がソルの頬を叩いたものだった。
彼女は、ソルから離れ、城の方に向かって駆けだした。
「いって……」
ソルは、叩かれた頬に手をやっている。
ティエラは、一連の出来事に唖然としていた。
グレーテルは、「そうなりましたか~~」と喜々とした表情で話す。
(あんな言い方したら、女性なら誰だって……)
怒る気がする。
遠くにいるソルが口を開く。
「あんたたち、茂みに隠れてるんだろ? 出て来い」
ティエラは、驚く。
どうやら、彼女たちがソルを見ていたことを、彼は気づいていたようだ。
ソルの声が低かったので、怒っているのかもしれない。
ティエラとグレーテルは、茂みから顔を出し、ソルの方に歩いて行った。
「ごめんなさい……のぞくような真似して……」
ティエラがソルにそう伝えると、「別に気にしてない」と返事があった。
グレーテルが茶化すように、彼に話しかける。
「ソル様、派手に振られてましたね~~」
ソルが、ため息をついた。
「相手に俺を振ってもらわないと、角が立つからな」
その発言を受けて、ティエラが問いかけた。
「じゃあ、はじめから、断るつもりだったの?」
「ああ、そうだけど」
あっさり、ソルが彼女に答えた。
「で、でも、嘘とはいえ、あんな言い方しなくても……。彼女が可哀想というか」
ティエラがそう言うと、ソルが真剣な表情で彼女を見た。
「嘘じゃない」
「え……?」
ティエラは、ソルの碧の瞳を見つめ返す。
「他に女が出来ても、俺が最優先するのは、あんただ」
「でも……それじゃあ、相手の女性が……」
ティエラの言葉を、ソルが遮る。
「だから俺は、あんたが結婚して、俺の力を必要としなくなるまでは、他の女とは結婚しない」
彼女の心は、ざわつき始めた。
彼を見るが、嘘をついているようには見えない。
ソルの自分を見つめる真摯な瞳から、ティエラは目を離すことが出来なかった。
「叱られるだろうが、親父にも、国王様にも、そう伝えるつもりだ」
ティエラの心臓が、どんどんうるさくなってきた。
(何だろう……胸が苦しい)
「ティエラ、あんたが迷惑じゃなければだが……」
そう言って、ソルは視線をそらした。
「私は……」
ティエラは、ソルにゆっくりと歩み寄る。
彼の顔を覗き見た。
ゆっくりと、自分の思いを口にする。
「迷惑なんかじゃ、ない……」
彼は、ティエラの言葉を受けて、笑顔になった。
そんなティエラとソルのやりとりを見て、グレーテルはぽつりとつぶやく。
「ルーナ様には、内緒にしとこうっと」
グレーテルは、こっそり、ティエラとソルのそばを離れたのだった。
※※※
「そんなことがあったのですか」
ティエラは、今日の昼にあった出来事をルーナに話していた。
彼は、朝の言葉通り、仕事が早く終わったらしい。夕方、すぐに、彼女の部屋を訪れていた。
「そうなの。だから、ソルのお見合いは、しばらくは中止にしてほしいんだけど」
そう言って、ティエラはルーナを見上げた。
彼は、寝椅子に腰かけている。いつもソルが横になっているものだ。
ルーナの膝の上に、彼女は抱きかかえられていた。
「姫様が、そのように仰るなら、その通りにいたします」
ティエラは、ルーナの首に腕を回す。
「ルーナ、ありがとう」
彼女が、彼にそう告げる。ティエラは、とても嬉しそうに微笑んでいる。対してルーナは、困ったように笑んでいた。
彼は、自身の指で、ティエラの長い髪を梳く。
「私もあの男のように、ずっと貴女のそばにいられたら、こんなに心配しないですんだのに……」
ティエラを抱き寄せながら、ルーナはぽつりと呟いた。
少しだけ、ティエラが彼から身体を離す。
「どうしたの、ルーナ?」
最近、彼女に会っても、少しだけ距離をとられていたような気がしていた。寂しげに笑うことが多かった。だけど、今日は彼女の方から、ルーナに近づいてきた。
少女の気まぐれにも近い気持ちが、彼には図りかねることがある。
「いえ、大丈夫です……。姫様」
そう言って、彼は、女性に近づきつつある婚約者を、もう一度だけ抱き寄せたのだった。
お読みくださってありがとうございます。
お時間がおありの方は、最新話下部に評価がございます。1:1評価でも構いませんので、おこなっていただけましたら、励みになります。
明日こそ、ルーナの話か、国の話になるかなと思います。全然違う話になったら、ごめんなさい。
また、今週水曜日は忙しいので、登場人物のまとめを掲載するだけになるかもしれません。ご理解いただけましたら幸いです。




