第16話 記憶を知る影
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ティエラの居る小城――。
建物の外にある裏庭へと、ティエラはウムブラに招かれた。
裏庭の奥には森が拡がっており、城内が広大な面積を持っていることが分かる。
そして、自分の部屋からでは全く気づいていなかったが、森の奥に高い塔が見えた。茂みの先には小道がのぞいている。
(緊張していたから見落としていたけれど――)
青年ウムブラは、杖を持ち、左脚を引きずって歩いていた。
魔術を使う際の媒体として、杖が使われることもあるそうだ。ウムブラの杖にも媒体としての役割があるに違いない。
しかしながら、本来の杖としての役割である歩行の補助としても、彼は使っているようだ。
「ここならルーナ様にも気づかれないでしょうか」
そう言って、ウムブラはティエラの方に向き直った。
懺悔するように、彼は口を開く。
「姫様、このウムブラの、今までの御無礼を御許しください」
ゆっくりと長身痩躯の身体を折り膝をついた彼は、ティエラに向かって頭を垂れる。
ティエラは、ウムブラの思わぬ行動に慌ててしまう。
「どうなさったのですか!? ウムブラさん」
「ウムブラで構いません、姫様」
ウムブラは顔を上げ、真っ直ぐにティエラを見る。
「ウムブラは、ルーナ様可愛さに、貴女様の記憶が戻らない方が良いと思ってさえおりました」
彼の真意がつかめず、ティエラは問い返した。
「どういうことでしょうか? 貴方たちは――ルーナは、私に何か隠しているのですか?」
「――姫様も、何かおかしいと感じていらっしゃったのですね……」
しばらく、ティエラとウムブラとの間に沈黙が流れた。
最初に切り出したのは、ウムブラだった。
「……姫様がご存知の通り、ルーナ様はオルビス・クラシオン王国セレーネ公爵家から輩出されし玉の守護者です。宝玉の加護もあり、国で一番高い魔力を持ち、魔術に関して右に出る者はございません」
ティエラは頷いた。
「神器である宝玉は、とても強力な力を持っております」
話の先を促す。
「そして、誰かにかけられた魔術を解く力も持っているとされています」
ティエラは眼を見開いた。
(だったらルーナは……)
数瞬、頭を巡らせた。
(なぜ……?!)
ティエラの表情を見て、ウムブラは何かを悟ったようだった。
「そう、姫様……なぜルーナ様が宝玉の力をお試しにならないのか……私も想像が全くつかないわけでもないのですが……」
歯切れが悪くウムブラは呟く。
「その……想像と言うのは……? 貴方は昔からルーナを支えていたのでしょう? 何か知っていることがあるのなら……」
ウムブラはモノクルで隠れがちな黒眼を伏せる。
彼はしばらく考えた後、言葉を選ぶようにしてティエラに告げる。
「姫様は今、ルーナ様と懇意になさっているので……。正直ルーナ様の事を思えば、私も、もういっそ記憶が戻らなくても良いとさえ……思っているのですが……」
記憶が戻らなくても良いと言われ、ティエラはたじろいだ。
「ウムブラ……お願いします……!」
ウムブラは懇願するティエラの声を聞き、覚悟を決めたようだった。
彼は一度目を瞑り、また目を開く。
「姫様とルーナ様は、もちろん婚約者同士でしたが――」
ティエラの胸が早鐘を打ち始めた。
(頭が……割れるように痛い……)
ウムブラは続ける。
「――護衛騎士をされていたソル様と姫様の方が、ルーナ様以上に特別な絆をお持ちのように、私どもには見えておりました」
(え――? ソルと私が――?)
ティエラの心臓が、何かに鷲掴みにされたように痛む。
風が吹きつけ、ティエラの亜麻色の髪を乱した。
(婚約者のルーナよりも特別な……?)
放心しているティエラに、ウムブラはさらにこう告げる。
「ティエラ様はよく記帳される方でしたので……日記があるなら、何かしら記憶の手懸かりになるかもしれませんね。それと――」
ウムブラは立ち上がり、茂みの先にある小道を指差した。
小道を抜けた先には塔がある。
「宝玉は塔に安置されています。新月の夜ならば、結界の力も弱まり、宝玉に近づきやすくなるかと思います」
ウムブラは胸に手を当て、ティエラに一礼し、背を向けて歩き始めた。
はっとした彼女は、彼に声をかける。
「その、どうして? ウムブラはルーナの付き人なのに……」
(ウムブラの行動は、ルーナへの裏切りにも近しい……なのに……)
背を向けたまま、ウムブラは口に出した。
「ルーナ様の付き人である以前に……私は……。そうですね、国王に……この国に忠誠を誓っている身ですから……」
そう言い残したウムブラは、どこか寂しげだった。
彼の背をティエラは見送る。
(私がソルと、ルーナ以上に特別な間柄だった――?)
ティエラは、ルーナとソルのことを思い出し、そのまましばらく立ち尽くした。




