【正史】0-11 太陽は大地への想いに気づく
今日は休みの日だ。
けれども、ティエラのそばには、ルーナもソルもいなかった。
(ルーナだけじゃなくて、最近はソルも忙しそうね……)
二人とも何か用事があるようで、最近の休日はティエラ一人で過ごすか、グレーテルとおしゃべりして過ごすことが多くなっていた。
どうも、国では嫌な空気が流れていた。近々、このオルビス・クラシオン王国の東にあるスフェラ公国が、戦を仕掛けてくるのではないかという話だった。
二人とも、もしかしたら有事に備えて忙しいのかもしれない。
今日のティエラのそばには、グレーテルが遊びに来ていた。
少し陽に当たろうと、二人は庭にある東屋に出て、過ごしている。
ここは、ティエラの住む小城の向こうに面する森を向けた先にある。東屋の正面には、小城ぐらいの大きさの池が存在している。
「『……そうして、三人は竜を封印することができました。めでたし、めでたし』」
「姫様、お読みいただき、ありがとうございます~~」
ティエラは、グレーテルに絵本を読んで聞かせていた。この国に伝わる神話を、子供向けに書いた話である。
昔から、グレーテルはこの絵本を気に入っている。彼女にとっては、字を読む勉強にもなっているようだ。
「姫様たちのご先祖様は、やはりすごいです~~」
グレーテルの言う通り、この神話に載っている三人というのは、鏡・玉・剣の一族それぞれの始祖にあたる人物とされている。つまるところ、ティエラ、ルーナ、ソルの先祖だ。
竜を封印したなんて言うと、お伽噺の一種だと思われがちだが、実際に自分たちの元に神器は存在し、それぞれが加護をもたらしてくれている。そのため、実際に目にしたことはないが、竜も封印されているのだろう。
「じゃあ、姫様、次はこの本を――」
グレーテルが、ティエラに別の絵本を差し出した時。
「――ティエラ様! あれってソル様じゃないですか?」
グレーテルが池の向こう側を指さす。
その方向に、ティエラも目をやった。
(あれは――)
紅い髪の少年――もう青年に近い――が見えた。
その隣には、亜麻色の長い髪に青いドレスを着た少女がいた。年齢は、ソルとティエラの中間ぐらいに見える。
「あの方、姫様にどことなく似てらっしゃいますね」
「髪型と色は、確かに私に似てるかも……」
(前見たことがある人とは別の女性みたいね。そう言えば、前に長い髪の女の人が好みって。ソルは言っていたわね)
ティエラは、なんだか胸がもやもやした。戦の準備と言うわけではなかったようだ。以前、ソルと他の女性が一緒に居た時も、同じような気持ちになったのを覚えている。
(別にソルが、他の女性と一緒に居たっていいじゃない。ソルももう少しで、十七歳。成人するんだし……)
そこまで考えて、
「なるほど、姫様に見た目が似た女性にしてきましたか、なるほど」
グレーテルがぼそぼそ何か言っているが、ティエラには聞き取ることが出来なかった。
少しだけ、寂しい気持ちを隠しながら、ティエラはグレーテルに絵本を再度読み始めた。
※※※
グレーテルは、少し用事を片づけてからティエラの元に戻ると言う。
そのため、一旦二人は別行動をとることになった。
部屋に戻ったティエラは、寝台の上でうとうとしていた。
微睡みの中、遠くで扉が開く音がする。
誰か、来たのだろうか。
瞼が重くて、開けることができない。
髪を撫でられる。
誰だろう。この手、いつも……。
頬をなぞられた。
そして――。
唇に何か柔らかいものが触れ、ゆっくりと離れた。
※※※
ティエラは、はっと目を覚ました。
今の夢は、何だろう……。
やけに生々しい感触が、唇に残っている感じがした。
「姫様、起きましたか~~?」
ティエラは、身体を起こす。
グレーテルが、いつの間にか部屋に来ていたようだった。
「グレーテル、わたしのそばに寄ってきた?」
「そばですか~~? グレーテルは、姫様の寝台の近くには行っておりませんよ~~」
彼女は、部屋の中にある花瓶に、薔薇の花を活けていた。
「グレーテル、そのバラはどうしたの?」
ティエラは、グレーテルが持っている赤い薔薇が気になった。
「こちらですか~~?」
薔薇を活けるグレーテルは、その花束で隠れて見えなくなってしまっていた。
彼女は、ティエラから見えるように、その花の後ろから顔を出した。
「こういうことをなさるのは、もちろん、一人だけですよ~~。グレーテルが姫様の部屋に向かっていたら、廊下で、ルーナ様からいただきました~~」
「ルーナが?」
「ええ」
そう言われて、ティエラは、最近会うことが出来ていない彼のことを想った。
(一目だけでも、会いたかったな、ルーナ)
それならば、部屋に誰か入って来ていたような気がしていたが、ルーナだったのだろうか。
せっかく会えるチャンスだったのに、眠ってしまい、残念なことをしてしまった。
「じゃあ、ルーナが部屋に来ていたのね……」
呟きのようなティエラの発言に、グレーテルが不思議そうに応えた。
「ルーナ様、姫様の部屋の方からは来てませんでしたけど……。ひょっとして、転移の魔術を使われたんですかね~~?」
少し、疑問は残ったが、ティエラは花を見て、ほんのり暖かい気持ちになった。
※※※
ソルが、回廊を渡っていると、目の前に人影が見えた。
彼の歩みを遮るように、男が現れる。
「お前か」
ソルが、眼前の男を睨みつけた。
「私がお勧めしたお嬢様は、お気に召さなかったかな?」
そう口にしたのは、同じ神器の守護者のルーナだった。
「毎週毎週、縁談話がずっと転がり込んで来てると思ったら、やっぱりお前の仕業かよ」
「私としても、剣の一族が途絶えるのは困るので」
ルーナは、ソルに笑みを浮かべた。
「婚約者といつも一緒に居るのが気に入らないって、正直に言えないのかよ、お前は」
ソルが、嘲るような笑いをルーナに向けた。
特に、ルーナからの反応はない。
「彼女にとって、剣の一族の誰かがそばにいるのは必要なことだ。仕方がないとは思っている」
ルーナが、ソルに歩み寄る。
「私の、大事な家族なんだ。おかしな真似はしないでくれよ」
ソルに囁くように、ルーナは忠告する。
「――っ!」
ソルは、ルーナの方を振り向く。
気づいた時には、ルーナはその場から消えてしまっていた。
自分一人だけが、回廊に立っている。
ソルは、その場で毒づいた。
「あの男は、どこまで分かって……」
いや、もしかしなくても、ルーナだけではない。
自分以外の人間の方が、自分がティエラに抱く気持ちに気づいていたのかもしれない。
そう、自分は、護るべき彼女を――。
(――女として、見ている)
貴族の少女との見合いが終わって、彼女の部屋を訪ねた。
寝台の上で眠る彼女が目に入った。
気づいたら、彼女に触れて、そのまま口づけていた。
あれ以上、無防備な彼女の元には居ることができず、いたたまれなくなって部屋を後にした。
(あのまま一緒にいたら、俺は――)
護るべき相手を護るどころか、傷つけてさえいたかもしれない。
自分で自分を、抑えられるかが、分からない。
(今頃、自覚するなんて、俺は――)
ソルは、自嘲気味に笑う。
今日会った貴族の少女は、姿形はティエラに似ている少女だったなと思い出す。
「返事、しないといけないな」
そう呟きながら、ソルもその場を後にした。
いつもお読みいただき、誠に感謝しております。
ソルがティエラへの気持ちを自覚するお話が、あと1話だけ続きます。そのあと、ルーナかな?
どうぞ、お付き合いくだされば幸いです。
また明日~~♪




