【正史】0-9 大地を巡る月と太陽
ティエラは、ソルの隣に立つ美少女に目を奪われてしまう。
彼女は女性にしては髪を短くしているが、それが逆に女性らしさを引き立てている気がする。猫のような瞳も、美人な印象を強めている。
(なんだかもやもやする)
ソルは、友人たちと会うと話していたはずだ。だけど、隣には少女がいるだけで、他の人たちの姿は見当たらない。
(女の人と一緒に過ごすなら、そう言えば良いのに。なんで嘘なんかついたのかしら――?)
ティエラはなんだかしょんぼりした。
ルーナの件と言い、なんだか胸が苦しいことばかりだ。
彼女は顔を上げることが出来なかった。
「ティエラ――」
ティエラに対し、ソルが声を掛けようとした時。
彼女の視界が急に上がった。
気付いたら、ルーナに横抱きにされている。
「参りましょう、ティエラ様」
「ルーナ、休日で人も多いから目立つわ。降ろして」
ティエラはルーナにそう訴えたが、彼には拒否された。
そのまま、彼は雑踏へと踏み出した。
すぐに、ソルは見えなくなった。
周囲の人々が、ティエラとルーナの二人をじろじろと見ていた。
「ルーナ、こっそり城の外に出てきてることに、皆が気づいちゃうわよ」
彼女は、必死にルーナに訴えかける。
この国の王女と、その婚約者であり玉の守護者であるルーナ。
二人の姿を見た市井の者達は、二人に殺到してくるだろう。それこそ、街が混乱しかねない。
「ねえ、ルーナ」
いつもは、ティエラの言うことを真っ先に聞いてくれるルーナ。なのに、今日は全然、彼女の言うことを聞いてくれない。
「いっそ――」
ティエラは、ルーナを見上げた。
「――自分たちがここにいると知られれば良い」
彼のその言葉に、彼女の目は丸くなる。
「ルーナ、なんで――?」
彼から驚くべき言葉が出て来たので、ティエラは衝撃を受けた。
「姫様が、早く大人になりたいと気にされていたので」
確かに彼女は、そのことをとても気にしている。
ルーナは十九になり成人しているのに、ティエラはまだ九つだ。どうしても、彼女は彼の婚約者ではなく、妹にしか見えない。
「それが……どうして、知られても良い話につながるの?」
「私達が、仲睦まじいということを、国民に知らせるためにですよ」
そう言って、ルーナは頭を覆っていたローブを取り去る。
彼の白金色の髪が、顕わになる。陽光に照らされ、きらきらと輝いている。
近くを歩いていた人々が、彼の姿を眼にした途端、一斉に振り返る。
往来でどよめきが起こる。
あちらこちらで、「あれは玉の守護者様ではないか?」、「じゃあ、一緒にいるのは姫様?!」と言った声があがっている。
「何度言っても伝わらないですが、貴女には、貴女の良さがあります」
大衆の声など無視して、ルーナはティエラに話しかける。
彼の柔らかい表情が、ティエラの間近にある。
なんだか、くすぐったいような気持ちになった。
「無理に、大人になる必要はございません」
二人の元には、人々が殺到している。
これ以上、人が集まれば、ルーナもティエラも揉みくちゃにされてしまう。
ルーナがティエラに頬を寄せる。
そうして、彼は彼女にこう言った。
「貴女が、私の婚約者で良かった」
彼は、見る者全てを虜にするような笑顔を、ティエラに向ける。
ルーナとティエラの近くに来ていた者の中には、彼の声が聞こえたようだ。
さらなるどよめきが大衆の中で巻き起こる。
彼は、その場で転移の魔術を行使し、混乱する市中から城へと戻ったのだった。
※※※
翌朝。
玉座の間にて。
「街が、混乱しちゃうから、あまりこういうことはしないでほしいな」
穏やかな口調で、玉座に座る国王がルーナに伝えた。
跪いていたルーナは、国王を見るために顔を上げる。
そうしてルーナは、にっこりと笑いながら、国王へと回答した。
「大変申し訳ございません。ですが、特に後悔しておりません。どのようなお叱りも受ける覚悟です」
ルーナのその返答に対して、国王は、やれやれと言った調子で続けた。
「幸い、怪我人も出なかったみたいだから、今回は、まあ良いかな」
「寛大なご処分、誠に感謝しております」
そうして、国王は、ルーナに退室してよい旨を伝えた。
促されたルーナが、そのまま玉座の間を出て行こうと歩を進める。
その際に、国王が彼に、さらに声をかける。
「君が、ここまで娘を気に入ってくれるとは思っていなかったよ」
ルーナは国王に振り返る。
「こちらこそ、姫様をお任せいただいて、大変光栄です」
そう言い残して、ルーナは出て行った。
残された国王は、ぽつりとつぶやいた。
「ルーナが、あんなに嬉しそうに笑う子だなんて、知らなかったな」
少しだけ、寂しそうに王は笑った。
※※※
ティエラは昨日の出来事を思い出していた。
『貴女が、私の婚約者で良かった』
ルーナにそう言われたことで、ティエラは頭がいっぱいになっている。
彼女の中からは、ルーナとヘンゼルの話は、すっかりどこかに行ってしまっていた。
グレーテルが、ティエラの朝の身支度のために現れる。
その際に、気分が高揚したような様子で、ティエラに話しかけてきた。
「姫様、ルーナ様と昨日、城の外にお出かけしたんですか~~? お世話係のみんなの間で噂になってますよ~~」
寝衣から、普段着に着替え終わったティエラは、喜々として昨日の話をおこなった。
二人が盛り上がっていると、扉を叩く音が聴こえる。
「あ! 着替え中に、ソルに外で待ってもらってるのを忘れてたわ!」
慌ててティエラは、扉を開けて、ソルを部屋に招き入れた。
彼は、げんなりした様子で、定位置の寝椅子へと向かう。
(昨日、ソルは、綺麗な女の人と一緒に歩いていたんだった……)
そのことも、ティエラはすっかり思い出してしまった。
ルーナの行動の印象が強かったので、ソルの事は思い出さなくて良かったようなものだ。
しかしながら、思い出したら、また気になってくる。
(べつに、うそつかなくても良いのに……)
ティエラは、なぜ胸がもやもやするのか、よく分からなかった。
「なんだよ? 俺のこと、じろじろ見て」
ソルから、ティエラは声を掛けられる。
どうも、彼女は彼のことをじっと見ていたらしい。気づかなかった。
「なんでもない」
そう言って、頬を膨らませて、ティエラはソルから顔を背けた。
「なんだよ、良かったじゃないか。あの変態が、何かは知らないが、あんたの好きそうな事を言ったんだろ?」
「それはそれ、これはこれです」
「なんだ? 言ってる意味が、全然理解できない」
ソルが、ティエラの方を見る。彼はため息をついた。
騎士学校にも女性騎士見習いはいる。だから、ソルに懇意にしている女性がいてもおかしくはないのだ。
自分は、そのことを知らされていないことが嫌だったのだろうか。
ティエラ自身も、自分の気持ちがよく分からなかった。
「ソルも、やっぱり美人なお姉さんの方が好きなんだなって思って」
彼女は、昨日の出来事を思わず口に出した。
それを受けて、ソルが「美人?」と呟く。
「ずっと一緒にいるけど、ソルのそういう好みの人とか知らなかったなって」
「やっぱり、あんたが何の話をしているのか分からない」
ソルと話がかみ合っていない。
そう言えば、何の話題かが伝えていなかった。
「昨日、女の人と一緒に歩いてたじゃない」
ティエラは、ソルにそう指摘した。
グレーテルが、「ソル様がですか~~?」とはやし立てている。
「女?」
ソルは、不思議そうにティエラを見ている。
彼は、顎に手を当てて考え込む。
「昨日は、騎士学校の何人かで、外で遊んでたんだ。女……?」
なんだか本当に身に覚えがなさそうに、ソルが話している。
ティエラの見間違いだったのだろうか。
それとも、ソルが彼女に教えようとしていないだけなのだろうか。
「昨日、美人な金髪の女の人と一緒だったわ」
ティエラが言うと、ソルが「ああ」と言った。
「ああ、金髪の。クルースニクか。 もう一人の男と、あいつとの三人で、よく一緒に組むんだ」
(クルースニクって名字よね……)
「そう言われると、性別は女だったな。同期だとしか思ってなかった」
ソルが、ティエラにそう言った。
彼女は、とても驚いてしまう。
「あんなにきれいな人なのに?!」
「は? 別に良いだろ」
そして、ソルがティエラにこう告げた。
「俺の周りに、女はあんたしかいない」
(私だけ?)
そう言われて、ティエラの頭は混乱した。
グレーテルが抗議し始める。
「ソル様! グレーテルも女の子なんですけど~~」
文句を言う彼女に、ソルは返す。
「お前は、グレーテルっていう生き物だろ」
グレーテルは、「ソル様、ひどすぎです~~」と訴えている。
ティエラは、なぜか負けじとソルに問いかける。
「そんな! ヘンゼルとか、オルドーさんとか……」
彼女は思いつく限りの女性を挙げていった。
「何、むきになってるんだよ。全員、俺の家族だったり、お世話係だったりだろ?」
ソルの返答に、ティエラは頭の中がますますごちゃごちゃになった。
グレーテルは、何やら合点がいったようだ。彼女は、ソルとティエラの二人をにやにやと見ている。
「祝いの場でも、いっぱいキレイな人はいたし、話しかけられたりもしていたじゃない。好みの女の人が一人ぐらいたりとかしないの?」
ティエラは、もうむきになっていた。話がずれてきている気もしたが、彼女はソルにそう問いかけた。グレーテルが、「変な方向に行ってますよ~~、姫様」と楽しそうだ。
「祝いの場で? 知らない人間達だな。まあ、好みの女か――」
ティエラは、今度こそ、ソルから女性の話が出てくると思って身構える。
なぜ、こんなに彼の女性事情が気になるのか?
やはりティエラ本人が、そのことをよく分かっていないのだが。
そして、ソルがティエラを見て答えた。
「年下で、髪が長くて、優しくて、愛想がよくて――」
ティエラが、うんうんと頷く。
「――年のわりに意見がしっかりしてて、振り回してくるけど、放っておけない感じの。あとは、俺とずっと一緒にいてくれるようなやつかな」
「それは変わった趣味ね、ソル」
「それ、もうほとんど告白してますよ! ソル様!」
ソルの答えに、ティエラとグレーテルが各々反応した。
「は? なんだよ? 女の好みを聞かれたから答えただけだろ」
ティエラは、「ソルはなんだか、将来苦労しそうね」とぶつぶつ呟いていた。
グレーテルは、「自覚なし。鈍いんですね、ソル様」と話している。
ソルは気を取り直して、ティエラに向かって再度告げる。
「とにかく、俺の周りに、女はあんた一人しかいない。あと――」
ソルがティエラに近づき、彼女の頭を撫でた。
「――確かに友人も増えたけど、あんたを一人にして、勝手にどこか行ったりしないから。……気にしているの、それだろ?」
彼にそう言われて、ティエラは驚く。
五歳年上のソル。彼が騎士学校に入学後、友人が出来ているのを、ティエラは知っていた。少しだけ、彼がどこか遠くに行ってしまったような感覚がティエラにはあった。
彼女が言葉に出来なかったことを、ソルが口にしてくれた。
(やっぱり、ソルは私のことを、私以上に知っている気がする)
ティエラは、ソルにそう言ってもらえて、昨日のルーナの出来事と同じぐらい嬉しくなったのだった。
※※※
「あれ? ルーナ様、姫様の部屋の前で何をやってるんですか~~?」
ウムブラが、ティエラの部屋の前に立つルーナに声を掛けた。
振り返ったルーナの顔を見て、ウムブラは「おや?」と口にした。
「目が笑ってませんけど。何かありましたか?」
ウムブラは、ルーナから殺気を感じ、「怖い、怖い」と話した。あまり、怖がっている様子はない。
「……姫様が談笑されているようだから、私が入って行って良いものか悩んだんだ」
ルーナのその答えを受けて、ウムブラが続ける。
「入ったらいいんじゃないですか? 姫様なら、ルーナ様のその贈り物、喜んでくださると思いますよ」
ウムブラは、ルーナが手にする小さな箱と薔薇の花束を見る。
「彼女は、喜んでくれるだろうか……?」
いつも自信ありげのルーナだが、なぜかティエラのこととなると、途端にしおらしい。
ウムブラに何かを問いかけてくるなど、珍しいと言わざるを得ない。
「大丈夫ですって……。じゃあ、はいはい、僕が代わりに開けますから。失礼しますよ、姫様――」
※※※
その後、笑顔でルーナとウムブラを自室へと招き入れたティエラ。
彼女はルーナから贈り物をもらい、大層喜んだ。
ルーナの心配は杞憂に終わった。
ティエラの笑顔を見たルーナも、とても幸せそうに微笑んだのだった。
わりと明るい話になりました。明日は、もう少し年をとった話になるかもしれません。
いつも読んでくださっている読者の皆様、本当にありがとうございます。
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それでは、また明日。皆さんの良い1日を願って。




