【正史】0-8 大地は月と廻る
「お迎えに参りました、姫様」
そう言って現れたルーナは、今日はローブを纏っていた。白金色の目立つ髪色を隠すためだろう。出かけるときは、この格好が多い。
ルーナの白金色の髪、ソルの紅色の髪。この国の人々にとって、それは神話の髪たちと同じ髪色だ。もちろん、類似の髪色の者は存在する。だが、目立つことには変わりないので、外に出るときに隠した方が、二大筆頭貴族の一人だとは気づかれないで済む。
ちなみに、ソルは御忍びだろうとなんだろうと、特に髪色を隠す努力はしていない。その点、ルーナはわりと慎重だった。もう少し、行動が派手ではなければの話だが。
ティエラの亜麻色の髪は、わりとこの国では多い髪色だ。そのため、あえて隠す必要はない。強いて言えば、金色の瞳は王族の証であるため、気づく者は気づくだろう。しかしながら、瞳をのぞき込まないと分からないため、こちらもそのままにしている。
休日でもティエラとソルは一緒のことが多い。けれども今日は、ティエラはルーナと短時間だけ二人で出かける約束をしていた。そのため、その時間だけソルはそばから離れることになっている。
なんでもソルは、最近、騎士学校で出来た友人達と遊ぶらしい。
そう言う話を五つ年上の彼から聞くと、近くにいるのに遠くに行ってしまったような不思議な気持ちになる。
(そう言われると、ルーナからはお友達の話は聞かないわね……)
ティエラは、十歳上のルーナの友人関係が気になった。だが、彼から何も言ってこないのに、無理に聞かなくても良いかなと思った。
彼女自身も、同い年の友人と言えばグレーテルぐらいなものだ。
立場上、なかなか対等な友人と言うのは難しい。
今、ティエラは九つだが、同い年ぐらいの子ども達との間になんだか距離を感じている。
「明るい色のドレスも似合いますが、落ち着いた色の服もよくお似合いですね」
ルーナから声をかけられる。
今日のティエラは、ソルと一緒に決めた紺色のワンピースを着ている。
ルーナに褒めてもらえたので、ティエラは照れてしまう。
ソルも言っていたように、ルーナはティエラが何を着ていても喜んでくれたに違いない。
「実はこのお洋服は、ソ――」
そこまで言って、ティエラは話を辞めた。
以前もソルの話を持ち出した時に、ルーナが不機嫌になった時の事を思い出したのだ。
それに、ルーナと約束したばかりなのに、ソルに飛び乗ったりもした。あの一回以降は気をつけている。
(ルーナを怒らせると怖いから、言うのはやめておこう)
「――そんなに好みじゃあないかなと思ったんだけど、着てみたの。褒めてもらえてうれしいわ」
ティエラがルーナにそう説明すると、「そうでしたか」と穏やかに微笑み返してくれた。
彼女はほっとしながら、ルーナの手をとった。
彼が大きな手で優しく包み返してくれる。
ティエラは、なんだか胸がぽかぽかするなと思いながら、部屋を出発したのだった。
※※※
城の近くにある池の周囲を散策し、少しだけ涼んだ後。
ルーナとティエラは城下街の、とある場所に来ていた。
そこは――。
「うわぁ、綺麗な宝石がいっぱい飾ってあるわね」
ルーナに連れてこられたのは、宝石店だった。
色とりどりの宝石がガラスの中に飾られて、煌めきを放っている。
ティエラは、うっとりと、それらを眺めた。
一応、ティエラの住む城にも宝物庫がある。そこに宝石があるはずだが、箱にしまわれているため、なかなか目にする機会がない。
そもそも父の意向がある。オルビス・クラシオン王国は、絶対王政ではある。だが、自分たち王族は、国民の税で生活している側面も持っている。国の格差がある状況だというのに、王族だからと言う理由で贅沢はあまりしたくないと言っていた。そのため、ティエラが宝石を手にする機会がほとんどない。
そう言えば、いわゆる金を持った商人たちにはお金をもっと使ってほしいと父は言っていた。お金に関しては、難しい仕組みがあるのだろう。
「ティエラ様、何かほしいものがありますか?」
「え?」
外では、ルーナはティエラのことを「ティエラ様」と呼ぶ。
九年前にティエラが生まれた際に、その名前にあやかろうとして同じ名前を付ける国民が多かった。そのため、ティエラが王族だと思われる可能性は少ない。姫と同じ名前がついた貴族の娘ぐらいにしか思われない。
「ほしい宝石があれば、私から贈り物としてお送りしたく」
ティエラはわりとケースの中を見るだけで満足していた。値札を見てみると、とても高くて驚いてしまう。いわゆる貧民を数人養えそうな値段だった。
ティエラはすぐにルーナに返答する。
「こんな高いもの、いただけないわ」
彼女が遠慮すると、ルーナは少しだけ寂しそうな顔をした。
ティエラは、なんだか申し訳ない気持ちになる。「そうね」と言って、話を切り出す。
「もしもう少し大人になった時にいただくなら、あのガラスで出来たバラの形をしたものが良いわ。あなたと結婚する時に着るドレスにつけたいかしら? まだずっと先の話だけど……」
「そうですか。いつか貴女に差し上げますから」
そう言って、ルーナがとても嬉しそうに笑った。見る者全てをとりこにしそうな笑顔だ。
現に、近くにいる男性の宝石商が、同性であるはずなのに見惚れてしまっている。
その宝石商に、ルーナが話を持ち掛けていた。ティエラには彼らが何を会話しているのかは分からない。
「それでは帰りましょうか、姫様」
ルーナにそう言われたティエラは、また彼の手を取る。
宝石店の出口から外に出てすぐ、往来でルーナが男から声をかけられた。
男は、ティエラが知らない人物だ。年のころは、五十~六十といったところだろうか。貴族には見えないが、そこそこ身なりは整っている。頭に髪が生えておらず、にこにこと人好きがしそうな顔をしている。
「おお、旦那様。お久しぶりでございます」
「ああ、貴方でしたか」
そう言って二人が話し始める。
「姉妹ともども引き取ってくださって、本当にありがとうございます。二人は元気にしておりますか?」
ルーナを旦那様と呼ぶ男。
その男から『姉妹』という単語が出て来た。ティエラは、もしかしてヘンゼルとグレーテル姉妹のことかなと、当たりをつける。
ルーナがその質問を肯定すると、男は嬉しそうに笑っていた。
その男が、ルーナと手をつなぐティエラの方を見る。
「そちらの可愛らしい御方は、妹様でいらっしゃいますか? 旦那様とは似てはおりませんが」
「え、あの……」
突然、話を振られたので、ティエラは戸惑った。
ルーナとティエラは十九と九つと、年が離れている。婚約者だなんて誰も思わないだろう。
男は気分が高揚しているようで、ティエラに向かって勢いよく話を続ける。
「ヘンゼルも、グレーテル以外に貴女様のような可愛らしい妹御が出来て喜んでいるでしょう。彼女は美人で気立ても良いので、旦那様ともお似合いでしょう? 本当にヘンゼルのことを、旦那様には気に入っていただき、結ばれることまでできて、本当に良かったです。旦那様には、毎週のように店に顔を出していただいて――」
「主人、その方にそれ以上の話はお辞めいただきたい」
ルーナが、男の話を遮った。
ティエラからは見えなかった。が、ルーナの顔を見た男は、怯えたように「すみません」と言って、そのまま宝石店の中に入っていった。
ティエラは男の話を聞いて、混乱していた。
彼は、何か色々と勘違いしているのだろう。
だが、ティエラに、ルーナとヘンゼルの事を考えさせるきっかけとしては十分だった。
(ルーナがヘンゼルの事を気に入る――? 結ばれる――?)
ルーナの婚約者はティエラだ。
彼女は、ふと、先日の侯爵家の娘のことも思い出した。
ティエラはなんだか、胸が苦しくなってきた。
そんな彼女の様子を見て、ルーナが地面にしゃがみ込む。
ティエラに視線を合わせる。
「姫様――」
彼がティエラに何か話し掛けようとした時。
「はあ? なんなんだよ、それは」
ティエラの聞きなれた声が、人ごみの中からした。わりと声量が大きかったので、すぐに気づく。
そちらを振り向く。
雑踏の中だけど、目立つのでよく分かった。
あの紅い髪。
自分の護衛騎士に間違いない。
(ソル――!)
あちらも自分の存在に気づいたようだった。
ティエラが困ると、いつも話を聞いてくれる彼の姿に少しだけ安堵する。
だが。ソルに声を掛けようとした時、彼が一人ではなく、隣に誰か連れていることに、ティエラは気づいた。
ソルの隣には、見知らぬ少女が立っている。
少女は金の髪を短く切りそろえていて、猫のような眼をして、とても美人な印象がある。
(誰――?)
なんだかよくわからないが、ティエラの胸はさらに苦しくなったのだった。
今回、少し不穏な終わり方になりました。が、二人とも主人公を溺愛しているので、次回は上がる話になります。作者も書くのが楽しみです。続きは、明日また投稿いたします。




