【正史】0-6 大地は月を看る
2/23・24はお休みの予定だったのですが、少し時間が出来たので書いてみました。
どうぞよろしくお願いいたします。
ノワの宰相就任の祝いの後。
ルーナは高熱を出してしまった。気づかれない様に振る舞おうとした。
けれども、彼に熱があることに気づいたティエラが、そのことをノワと国王に進言した。そのため、ルーナは一日休みをもらえることになった。
自室の寝台の上で横になっていたルーナが目を覚ます。
窓の外を見やると、太陽は南中に差し掛かろうという頃だった。
彼は、額に何か冷たいものが置かれていることに気づいた。
彼は、城の一角に部屋を与えられている。
手で触れる。それは、水で濡れた白布だった。
まだ冷たい。冷やしてそんなに時間が経っていないはずだ。
ルーナは、すぐに、自身の婚約者の魔力をたどった。
※※※
「姫様、もしや近くにいらっしゃいますか?」
涼やかな声が回廊に響いた。
その呼び声に答えて、たらいを持って歩いていたティエラが振り返る。
そこには、十歳年上の婚約者の姿があった。
彼は、熱を出して、寝台で眠っていたはずだった。彼の額に乗せていた白布がぬるくなっていたので、起こさないように気をつけながら冷たいものに取り換えたはずだった。
(起こしてしまったようね)
「貴女様に気づくのが遅くなってしまいました」
彼女に歩み寄って来たルーナに「ルーナ、大丈夫なの?」とティエラは尋ねた。
「はい、なんとか……」
そう言ったルーナだったが、いつもより顔色が蒼白い。
近くを歩いていた騎士にたらいをあずけたティエラは、ルーナの身体を支えるように寄り添った。
とは言っても、まだ十にも満たず幼い身体のティエラでは、あまり意味はなしていない。
彼の腰のあたりしか手が届かない。かろうじて背に届くかぐらいだった。
(さきほどの騎士に、ルーナを任せた方が良かったかしら?)
そう考えたが、もうどうしようもない。
見上げると、ルーナがティエラに微笑みかけてきていた。
ティエラは、心臓がどきどきしてしまう。
気を取り直して、彼女は彼に声をかけた。
「お部屋に帰りましょう、ルーナ」
※※※
ルーナは、再度寝台に横になった。
ティエラは寝台の隣、彼の頭元に椅子を引っ張りだして座る。
「この前、私が寝込んでいた時は、ルーナとソルが見ていてくれたけど、今度は逆になったわね」
ルーナの額に、ティエラの小さい手が伸びる。
一昨日前よりも、彼女の手がひんやりとして感じた。
ルーナは昔を振り返る。
以前、まだセレーネの分家にいた頃に、しばらく熱を出していたことがあった。
当時、呑んでばかりいた実父に執事や世話係を雇う余裕がなくなっていた。
だが、熱が出ているルーナを父が看てくれるということはなかった。
以降、大きな病気にかかることはなかったが、多少体調が悪いことはあった。それを別に誰かに言うこともなく、気づかれることもなかった。周囲も気づいていても声をかけなかっただけかもしれないが。
「そう言われると、具合が悪いのに気づいていただいたり、誰かに看病していただいたのははじめてかもしれません」
ルーナが、ティエラにそう伝えると、ティエラは目を丸くしていた。
もしかしたら、ルーナの母親が世話をしていた頃にあったのかもしれない。しかし、彼が幼い頃に亡くなってしまっているので、その記憶は全くない。
「そうなの。じゃあ、私があなたを初めてみるのね。ずっとついているから、安心してね、ルーナ」
ルーナはティエラの答えに驚いてしまう。
「姫様、貴方の時間を奪うわけにはまいりません……」
彼が遠慮がちに彼女に伝えると、間髪入れずに答えが返ってきた。
「家族になるのだから、遠慮はしないで。そばにいた方が、私も安心なの。ルーナは、私から家族だなんて言われて、気が早いって思うかもしれないけど……」
そう言われて、ルーナの心が跳ねる。
以前から、彼女は彼に「貴方の家族になる」と話していた。彼女はこの間の約束を、忘れてしまっている。だけど、約束など関係なしに、彼女は自分と家族になりたいと言ってくれている。
『そんなことはありません。先日、貴女様と家族になる約束をしました。私も貴女様を、大切な家族だと思っています』
本当はそう言いたかった。
だけど、彼女が竜と遭遇した際の記憶を取り戻してしまったら。その時はまた、宝玉の力で記憶を失わせれば良いのかもしれないが、もう一度同じ体験を彼女にさせたくはない。
彼女を同じ目に合わせるのが怖かった。
ルーナは、ティエラに曖昧に笑みを返す。
そうしたところ、額にあったティエラの手が離れた。
椅子を移動させている。
はっきりした返答をルーナがしなかったので、ティエラは怒ったのだろうか。
十も下の彼女の反応が、ルーナを一喜一憂させる。
もうしばらく、手を当ててほしかったようにも思う。
少しだけ、ルーナは物悲しさを感じた。
「ルーナ」
ティエラから、ルーナは声をかけられる。彼女は両手で、彼の左手を包み込んだ。手が小さいので、ルーナの手を完全に覆うことはできていない。
彼女の手は、自身の手の温度よりも低いはずだったのに、ルーナはなぜか温かく感じた。
「私が寝こんでいる時、よく、お父さまがこうしてくれるの。そうしたら、早く良くなるわ」
「陛下がですか……?」
「ええ、そうよ」
体調が良くないからだろうか。もう成人しているというのに、目尻が熱くなるのを感じた。
彼が、ティエラに感謝を伝えようとした時――。
「ソルも、そう言えば、こうして手をにぎってくれるわね……」
ティエラがそう言った瞬間、彼の心が曇り始めた。
「ルーナも知っているでしょう? 私は、剣の一族のソルがそばにいると治りが早いんだけど、手をつないでいたらなおのこと早くて……」
喜々として彼女が話していたが、ルーナの耳には入ってこなかった。
一昨日前と、昨夜、ティエラとソルが踊っていた時のことが頭に浮かぶ。
「ソルは剣の加護を受けているからか、体調が悪いのはみたことがないし。きっとこれからも……ソルの看病をすることはないとは思うんだけど――」
ティエラの話がとても遠く感じる。
自分が、玉ではなくて、剣の守護者でさえあれば。彼女のそばにずっと一緒にいるのは自分なのに――。
頭が、その考えに塗りつぶされていく。
「姫様、お話の途中、すみません。少し疲れたので、眠らせていただけますか?」
ルーナは、自身が想像しているよりも低い声が出てしまった。
ティエラが、しまったというような表情を浮かべているのが視界に入った。
少しだけ、怯えているようにも見える。
彼女を傷つけたくない。
だけど、感情の制御が出来ない。
「あ、ルーナ、ごめんなさい。私ったら、つい喋りすぎてしまったわ……」
謝ってくるティエラに対して、「いいえ」とだけ答えて、ルーナは瞼を閉じた。
テェイラは何も悪いことはしていない。
(私は、あの男に――)
ルーナは自己嫌悪で心がいっぱいになった。
五つも下の少年に。
自分に敵うところなど、何一つない彼に。
(――どうしようもなく、嫉妬している)
そうして、彼は無理やり眠りについた。
※※※
ルーナが目を覚ますと、夕暮れが差し掛かっていた。
眠る前に比べると、少しだけ頭が冴えている。朝はあまり食欲がわかなかったが、今は少しだけ空腹を感じていた。
身体を動かそうとすると、胸の辺りに重みを感じることに気づいた。
そちらに視線を向ける。
そこには、ティエラが、ルーナの体に寄り添うようにして眠っていた。
「姫様……?」
ルーナが眠りに就いた頃は、確か昼になるかどうかといった頃だったはずだ。
彼女もずっとこの場所にいたのだろうか。
自分はソルへの言いようのない感情を彼女にぶつけてしまい、怖がらせてしまったというのに。
彼女は、自分の元にとどまってくれていたのか――。
ルーナの声に気づいたのか、ティエラはもぞもぞと動き始めた。
それに合わせて、ルーナも身体を起こす。
「……ルーナ……目が覚めたのね。あれ? 私ったら寝てたのかしら?」
ティエラは起きたかと思うと、寝台の上に座るルーナの身体の上にまたがった。
※※※
「あ、あの……姫様」
戸惑うルーナの額に、そのままティエラは自分の額を押し当てた。
ルーナの端正な顔が間近に見える。
「熱は下がってるみたいね、良かった」
額から離れた後に、ルーナに笑いかけた。
ルーナはまだ困惑しているようだ。
「どうしたの? ルーナ」
そう言うと、彼は困ったような笑いを浮かべながら、ティエラに答えた。
「その、寝台にいる男の上に乗らない方がよろしいかと」
ルーナからの返答に、ティエラはきょとんとした。
「? そうなの? ルーナがいつも抱きしめてくるから、あまり変わらないかと思ったんだけど」
「私はともかく……あの少年と二人で過ごすことも多いでしょう?」
「あの少年? ソルに? そう言えばこの間、飛び乗ったら怒られたかも。痛いから止めろって」
ティエラがそう答えると、目の前にいるルーナがなんだか苛々しているように見えた。
(私、また変なこと言ったかしら?)
基本的に優しいルーナだが、時々こうなる事がある。
(怒るきっかけがよくわからないのよね。どうしたのか聞いても、答えてくれないし)
ティエラが考え込んでいると、目の前のルーナがためらいがちに声を掛けて来た。
「あの……では、私にだけなら、大丈夫ですから」
「ルーナがそう言うなら、そうするわ」
ティエラがそう答えると、ルーナは安心したような表情を浮かべていた。
彼が機嫌を戻したようで、ティエラもほっとする。
そして気付いたら、ティエラはルーナに頭を撫でられていた。
彼に声を掛けようとしたら、そのまま抱き寄せられる。
「姫様、今日は怖がらせてしまって、申し訳ありませんでした」
苦し気にルーナから言われて、ティエラは昼の出来事だろうかと思いを巡らせる。
「いえ、あれは、私が具合の悪いあなたの前でお話ししたから……」
「――違うのです、私は……」
次にルーナが何を言うのか待ったが、彼の口から続きが出てくることはなかった。
しばらくの間、ティエラはルーナに抱きしめられたまま過ごした。
そうして、彼の腕の力が緩んだため、ティエラとルーナの距離が少しだけ離れた。
それでも、ティエラの顔の近くにルーナの顔が見える。
彼の蒼い瞳と出会う。
ルーナがゆっくりと口を開いた。
「姫様、今日のお礼に、今度の休日は一緒に出掛けませんか?」
そんな質問が来るとは思っていなかったティエラは、少しだけ反応が遅れてしまった。
ティエラは、微笑みながらルーナに返事をする。
「一緒にお出かけするの、楽しみだわ」
その答えを聞いたルーナは、とても幸せそうにティエラに微笑んでくれたのだった。




