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記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士  作者: おうぎまちこ
過去編

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【正史】0-5 月と太陽の輪舞曲2

毎日投稿なのに、日付が変わってからの投稿になり、大変申し訳ございませんでした。




「姫様を馬鹿にするな! 不敬だぞ!」



 ソルがそう叫んだので、周囲が騒然となる。


「ソル……」


 ソルの行動に、ティエラは少しだけ胸が熱くなる。


 声が大きかったからだろうか。

 ティエラとソル、対峙するルーナと令嬢を取り囲むように人垣ができていた。


 ざわつく中。


「どうしましたか? 姫様、メアリーが何か致しましたか?」


 そう言って、貴族の壮年の男が現れる。白髪に白い髭を蓄えた男だ。確かピストリークス侯爵とか言っていた気がする。令嬢は侯爵家の娘だったようだ。

 以前、ティエラはルーナから貴族の派閥について教わっている。ピストリークス侯爵家は、玉の一族に迎合している家だったはずだ。それもあり、最近ではこの国の二大筆頭貴族である玉の一族セレーネ家、剣の一族ソラーレ家に継いだ権力を持ちつつあるという。

 ピストリークス侯爵は、ティエラとソル、自身の娘とルーナに視線を交互に見やる。


「あ、あの……」


 ティエラが侯爵に話し掛けようとすると、遮るように女性が話しかけた。


「お父様、私は何もしておりませんわ。ねえ、ルーナ様」


 侯爵に話しかけた後、メアリーはルーナの方を見る。

 特にルーナからの返答はなかった。


 そんな彼の様子に、ティエラの胸が痛んだ。

 ソルが、また声を上げる。


「その女が、姫様に対して無礼な口をきいた!」


 そう話すと、侯爵は蔑むような視線をソルに投げかけた。


「誰かと思えば、貴方様でしたか、ソラーレ家の御嫡男様。ですが、娘もこう言っておりますし、周囲の者はどう聞いておりましたか?」


 それに対して、答える貴族たちはいなかった。

 あたりが静まり返る。


 本来なら、侯爵家の者が、自身より立場が上の侯爵家に反論などできるはずがない。だが、十数年前に剣の一族のヘリオス・ソラーレが起こした事件により、ソラーレ家の権力は衰えてしまっており、玉の一族セレーネ家の権勢が圧倒的に強い。そして、今ソラーレ家は、勢いのあるピストリークス家よりも立場が弱い。

 しかも、ルーナの周囲にいた女性たちも、娘のメアリーをかばうように話し始める。


「メアリー様は、そんなことはなさいませんわ」


「そうですわ、聞き間違えでは?」


 口々にそう言って、彼女たちはメアリーをかばった。

 今を誇る家の娘に盾突きたくはないのだろう。


「皆も何も聞いてはいないようです。御嫡男様は何か勘違いされているのでは? 姫様も、特に何もおっしゃらないし、ここはこれで終わりに致しませんか?」


 侯爵は、ティエラもまだ幼いから何も分かっていないだろうと高をくくっている様子だった。そして、娘の失言をなかったことのようにしようとしている。

 ソルが舌打ちをしているのが、ティエラの耳に届く。

 彼の発言を無視しようとする侯爵にも腹が立ったが、何も言ってくれないルーナの態度が彼女を哀しくさせた。


 騒ぎを聞きつけたのか、大公のプラティエスも近くまで来ていた。


「お前達、何があった?」


 ティエラは、大公に説明できずにいると、ソルが「大公様」と言って話を切り出そうとした。後ろから国王陛下とノワも現れる。

 

 ティエラがルーナに視線を戻す。

 彼が、令嬢の身体を押しのけているのが見えた。


 ルーナは、微笑みを浮かべている。

 だが、目が全く笑っていなかった。


 そうして、ルーナが口にした言葉。



「ソル、私もお前に同感だ」



 いつも涼やかな声ではなく、低い声。

 凍りかせるようなそんな声音に、令嬢をはじめ、ルーナの周囲に立っていた女性達も戸惑っている。

 ティエラが見ると、ピストリークス侯爵もルーナの様子に驚いているようだった。

 ルーナは、国王とプラティエスの方に向き直る。


「国王様、プラティエス様、今でもよろしいですか? 一応準備はございます」


「ルーナ、ちょっと待て、落ち着けって。準備って? まだ間に合わないだろう」


 プラティエスが慌てて、ルーナに声を掛けている。


「うーん……まあ、好きにして良いよ」


 国王のその答えに、大公は「おいおい」と言っていた。

 そんななか、ノワがルーナに近づいていた。

 ノワに、ルーナが声をかける。

 それを受けて、ノワが神妙な面持ちとなる。

 そして、皆に向かって話し始めた。


「皆様に聞いていただきたいことがあります。最近、国の貯蔵する食料や武器が、少しずつではありますが減っていることがわかりました」


 祝いの場で、突然話が変わったため、周囲がまたざわつき始める。


「どうもそれらは、隣国へと、裏で出回っていることがわかりました」


 一部の貴族たちは「どういうことだ?」とわめき、一部は顔色が悪い。


「それで、どうも一部の貴族たちがそれらの手引きを隣国におこなっていることが証言で分かっています。今日は祝いの場です。その罪を自ら認めて名乗り出てくださるならば、罪は軽くすると、国王様がそうおっしゃっていました。いかがでしょうか?」


 ノワが必死に皆に訴えかけているのが分かるが、なんとも弱々しいものだった。


 もちろん、自ら名乗り出てくる者はいない。


 ピストリークス侯爵は、あからさまに真っ青になっていた。

 それに対して、侯爵以外の別の貴族達が騒いだ。

 頭に髪が生えていない細い貴族が、ノワに訴えている。


「失礼ですが、証拠はあるのでしょうか? 証言だけの憶測で、そう言った発言をされるのはどうかと思います」


 そうだ、そうだと、周囲は囃し立てている。


「そうですね、証拠は必要かと。そうでなければ、皆も納得しません。証拠があればですが……」


 ピストリークス侯爵は、にやりと笑いながら、そうノワに向かって話した。

 たじろぐノワに、ルーナが何かを囁いていた。


「あのですね……」


 侯爵の方を向き直ったノワが、おどおどしながらまた話を始めた。


「証拠は、あります。……ルーナ、後は頼む」


 そう言って、ノワがルーナに話しかけた。

 ルーナがノワの隣に立ち、貴族たちに向かって話し始めた。


「こちらに、裏で手をまわした貴族たちの名前をまとめております。ピストリークス侯爵、貴方の名前もこちらに。お嬢様が、貴方とお会いする方々のお名前を、私に喋ってくださいましたよ」


「も、もしかして、ルーナ様が、私の部屋に来たのも……」


 ルーナの近くにいたメアリーが、目を見張っている。


 ルーナは懐から、一枚の紙きれを取り出した。

 ピストリークス侯爵が、上ずった声をあげる。


「そ、それは、しょせん候補なのでしょう? 私が言っているのは、証拠ですよ、証拠」


 そう言う侯爵を、ルーナは冷ややかな眼で見つめていた。


「ほら、ないのでしょう?」


 下卑た笑いを浮かべながら、侯爵はルーナにそう問いかける。


「今朝、騎士達を貴方の領地に向かわせ、調べさせております」


 それを聞いた侯爵はにやりと笑った。


「王都から、私の領地までは、馬を飛ばしても半日以上かかります。つまり、証拠があるはずはない」


 ルーナは、彼を黙って見つめている。


 すると――。


「あ、良かった、ルーナ様~~」


 この場にそぐわない、穏やかな声が聞こえた。

 皆が、一斉にその声へと視線をやる。

 そこには、黒髪長髪、単眼をつけた長身の男でルーナの付き人であるウムブラが立っていた。


「ルーナ様、お望みの品を持って参りましたよ~~」


 そう言って彼は手にした書状を、ルーナに渡した。

 ルーナはその紙きれを、ピストリークス侯爵に見えるように掲げた。


「こちらに、隣国へと、本国の食料や武器を手渡す約束を記した旨が記載されています。そして、こちらにある署名、貴方の御筆跡でお間違いはないでしょう?」


 侯爵は、驚き、目を丸くしていた。


「そ、そんな、どうやって、その書状を……! 馬を飛ばしても、間に合うはずが……!」


 彼は口を滑らせる。罪を認めたようなものだった。


「お間違いはないでしょう?」


 ルーナは、同じ言葉を二度口にした。

 そうして、真っ青になったピストリークス侯爵は脱力し、その場に膝をついた。

 

 それを見計らったように、国王が、声を上げる。


「それでは、証拠もあることですし、候補者を全て捕えなさい」


 その声を受けて、事前に指示を受けていた騎士達が、不正を働いていた貴族たちを一斉に捕え始めたのだった。


 ティエラは、広間の様子を眺めた後、ルーナの方を見た。


 ルーナは、呆然としているピストリークス侯爵の娘メアリーの耳元に何かを告げていた。


 ティエラは、彼が彼女に何を言っているのかを聞き取ることは出来なかった。


 ただ、令嬢の顔がみるみる青ざめていき、父親と同じようにその場に崩れていく姿を見たのだった。




※※※




 大公がルーナに近づいて、声をかけた。


「お前、あの文書、よく持ってこれるように手配したなぁ」


 それを受けて、ルーナが彼にこう返した。


「間に合わないかと思い、文書偽造が得意な者に頼んでおりました」


 プラティエスは、面食らっていた。そうして、ルーナに微笑みかけた。


「相変わらず、根回しが良い坊ちゃんだな」


 大公の発言に、ルーナは微笑み返したのだった。




※※※





 騒ぎが終わり、祝いを再開することになった。

 しかし、最初に比べると人が明らかに減ってしまっている。


 気を取り直すように、遠くから楽器の音が聴こえ始める。




「姫様」

 

 ルーナが、ティエラに恭しく挨拶をし、手を差し伸べてくる。


「私と一緒に踊ってくださいませんか?」


 そう言われて、ティエラは満面の笑みを浮かべた。


「よ、よろしくお願いします」


 ティエラは、なぜか上ずった声が出てしまった。

 ルーナと一緒に踊るために、昨日はソルに長く練習を付き合ってもらった。

 今日こそは、いつも失敗する場所を克服できるだろうか。

 緊張しながら、ルーナの手を取った。


 そう言って踊り始める。


「ルーナ、今日、貴族をつかまえるために、昨日はあの女性のところに行っていたの?」


 踊りながら、ティエラはルーナにそう質問した。


「ええ。姫様、彼女の件をご存じだったのですね。ご心配をおかけしました」


 そう言うルーナは、少し困ったように微笑んでいた。


「体調が悪いのに、ルーナは偉いわ……」


 ティエラに触れるルーナの手は、いつもより熱い。

 そうして、ティエラは手をつなぐルーナに声を掛けた。



「ルーナ、私、早く大人になりたいわ」



 ティエラがそう言うと、彼は穏やかな笑みのまま、彼女に返した。



「姫様、いえ、ティエラ様。ティエラ様はティエラ様のままで良いのですよ」



 ルーナのリードは完璧で、上手に踊りきることができた。

 ティエラとルーナが踊りきった姿をみて、周囲が喝采を浴びせる。

 彼女は皆にドレスをつまんで、お辞儀をした。

 

「でも、やっぱり、私は……早く……」


 ティエラのつぶやきは、周囲に紛れ、ルーナには届かない。

 そうしているうちに、ルーナは他の者に呼ばれ、その場を去った。

 また、ルーナの周りに女性たちが殺到し、話しかけている。


 ルーナが女性たちとよく会っているという話は、ティエラも耳にしたことがある。

 でも、今日のように何か理由があるのだろうと思ってはいる。

 それでも、やはり、自分の婚約者が他の者に笑顔を向けている姿を見るのは、なんだかとても嫌だった。

 ティエラの調子は、みるみる沈んでいった。


 考え込んでいるうちに、曲調が変わる。


 人影が差す。 


 ルーナの代わりに、ソルがティエラの前に現れた。


 ソルは、ティエラに手を差し伸べてくる。


「俺とも踊ってくれるか?」


 そう言われた彼女は、彼の手をいつものように取った。

そうして二人で踊り始める。

 ソルと踊ると、やっぱりルーナのようにはうまくいかずに何度か失敗してしまった。


「ほら、やっぱり、ソルのリードが下手だったのよ」


 ティエラは自然と笑みが零れた。

 笑う彼女を見て、「調子が戻ったな」と、ソルも笑顔になった。

 そうして彼は、彼女にこう告げた。


「あの変態はさ、あんたのことを一番大切にしてるよ。女たちに愛想振りまくのも、何か理由があってだ」


 そう言われて、ティエラは俯いた。

 彼が、自分を大事にしてくれているのは分かる。

 だけど――。


 それでも、やはり、他の女性に目を向けているルーナを見るのは嫌だった。

 仕事だとは分かっているけれど、夜に何があるのかもティエラにはわからないけれども、なんとなく嫌なものは嫌だった。



「なあ」



 ソルは、また塞ぎこんでしまったティエラに、改めて声をかける。

 もう曲も終わりかかろうとしていた。

 真剣な顔でソルにみつめられる。



「俺は、あんたを、ティエラだけを――」



 ティエラは何だろうと思い、きょとんとしながら、ソルを見る。

 最後に一度、くるりと回転した。

 そこだけは、失敗することがなかった。



「――ずっとみてるから」



 踊りきった後に、そうソルに伝えられる。

 それと同時に拍手が聞こえ始めた。


 その喝采の中。


 ティエラはソルが少しだけ、いつもより頼もしく感じる。


 彼女は、彼に向かって満面の笑みを浮かべたのだった。







 そうしてソルに笑いかけるティエラを、女性に囲まれていたルーナが寂しそうに見ていた事に、彼女は気づいていなかった。







次話は、2/25には投稿致します♪

23・24は取材のためお休みをいただきたく存じます。

予想より書きたい過去が多かったので、連載再開に戻す可能性もございます。

どうぞよろしくお願いいたします。

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