最終話(本編)
ティエラは、ルーナの身体と共に光に包まれた際に、そのまま気を失っていた。
目覚めた時には、ソルがとても心配そうにティエラの事を覗いていた。
ルーナのことを必死に探したが、ティエラに彼を見つけることはできなかった。
光に包まれた後、ルーナと過ごした時間が、現実だったのか夢だったのか。
鏡の神器の力は失われてしまっており、確かめる術はなかった。
ウムブラが、ルーナから「二人に代わりに謝ってほしい」と言われている。そう言って、ティエラとソルに語りかけた。
『ソルは優しすぎて竜を殺せないと、国王様がそう思っていらっしゃった。だから、城から遠ざけるように指示を受けていた』
『姫様には、城の外に出ると危険だと思わせるために、ソルが国王様を暗殺したと、嘘をつきました』
そう伝えられて、ティエラはまた泣いてしまう。
彼女が泣き止むまで、ソルがずっと寄り添っていた。
※※※
竜が倒れて、一年近くが経った。
神器はまだ形としては残っていたが、その力は全て失われていた。
ティエラの十七歳の誕生日。戦争に向かうという表向きの理由で、都の外に出されていた国民達。その多くの命に影響はなく、その事で、神器の継承者たちを賞賛する声も上がっていた。ルーナは、国民達の安全を守るために、色々と手を打っていたのだと思うと、頭が下がる思いがした。
ルーナがノワやその他大勢の命を奪う結果を招いてしまったのは事実なので、全てを賞賛できるわけではない。命を奪われていた者達は、罪を犯したものが多かったそうだ。彼なりに何か線引きがあったのかもしれないが、命の重さは誰であっても変わらないのだから、ルーナの罪には変わらない。
もちろん、神器の力が失われたことに対して、貴族達や国民の中で暴動を起こす者も、中には存在した。
他国からの侵略なども時々起こっていて、騎士達はそれらの対応に追われている。
壊れた城、神器任せのところがあった国の機構そのものの再建、格差をなくすための努力。
女王となったティエラには、やることがたくさんあった。
ティエラが、執務室で書類に目を通していた時。
扉を叩く音が聴こえる。
「おい、なんか、また辺境で小競り合いがあったらしいから、行ってくる。護衛は、アルクダとグレーテルの二人で大丈夫だろ? 何かあったら、セリニもいるし」
そう言って、ティエラの執務室に入ってきたのは、紅い髪の青年、ソルだった。
ティエラの机の上には、山のような書類がたまっている。
「ええ、それで大丈夫よ。気を付けていってらっしゃい」
ティエラは、笑顔でソルにそう伝えた。
アルクダとグレーテルも和解し、ソルが不在の際には、ティエラの護衛を勤めてくれている。
ソルは、最近よく戦いに駆り出されているが、以前のように悪夢にうなされたりすることは減っていた。
ただ、時折、やはり発作的に悪夢を見ることがあって、そういう夜は、ティエラが彼のそばについていた。
ソルが、「そうだ」と言って、ティエラに声を掛ける。
「なんか、この小競り合いが終わったら、ネロとアリスが結婚するらしい。式に、あんたも来てほしいそうだ」
ティエラは少しだけ驚いていた。
ネロはともかく、アリスがどうして彼と結婚すると決めたのかが、よく分からない。
「お二人は、いつの間に?」
「俺もよくわからない」
ソルが、不思議そうに話していた。
そんなソルを見て、ティエラは笑う。
「ソルはそういうところ、鈍いものね」
くすくすと声を立ててティエラは笑った。
「フロース叔母様も、嬉しがってるでしょうね」
フロースは、竜との戦いの後、エガタの母親になろうとして努力していた。
彼女は、エガタをウルブの都の王城に引き取り、王位を継げるように教育を施している。
すぐには、母親らしくは振る舞えないようだが、きっと時間の問題だろう。
モニカや孤児たちも、最近ではよくウルブ城を訪れているらしい。
ソルは、笑っている彼女をしばらく見つめていた。
彼の視線に気づいたティエラは、ソルに問いかけた。
「ソル、どうしたの?」
ソルの碧の瞳が、いつも以上に真剣に見えたので、ティエラは尋ねた。
彼は、真剣な口調で切り出した。
「あんたの気持ちの整理がつくまで、待っているつもりだった」
そう言われて、ティエラはどきりとした。
「もうすぐ一年だ。俺はまだ、あの時の返事をもらってない」
あの時と言うのは、竜が現れる前日、ソルが城に入ってきた時のことだ。
『俺と一緒になってほしい』
ティエラとルーナの婚姻の儀の途中に、竜の姿をした国王が現れてしまった。式の途中であり、婚姻関係が成立したのかあやふやだ。けれども、国のしきたりで、一年間は別の者との婚姻が禁じられてることもあり、一応それに従っている。そのルーナは、一年近く姿を現してはいない。
もう、神器の力はなくなった。これまで一族での継承者問題などがあったが、それももう気にしなくてよくなった。
「帰ってきたら聞かせてくれるか、今度こそ」
「ソル」
ティエラは、椅子から立ち上がり、ソルの方に向かって歩いた。
「いつも一緒にいるから、あの言葉じゃ分かりづらかったわ」
「は?」
ソルが、目を丸くしている。
「そう言ったら、意地悪かしら?」
ソルが焦っているのが、ティエラはなんだか面白かった。
「あんたも知ってるだろ? 俺は、そういうことを言うのは苦手なんだ」
少しだけ、ソルが照れているのが分かった。
「私は、ソルのそういうところが好きよ」
彼は、彼女から慌てて視線をそらした。
「帰って来たら、何か言うことを考えておくよ」
二人の会話中、ティエラが、ソルの胸に寄りかかる。
「どうした、急に?」
ソルは、ティエラに尋ねる。
先程まで明るかった彼女は少しだけ、心配そうにソルに声をかけた。
「絶対に、帰ってきてね」
「これまでも、ちゃんと帰ってきたろ?」
ソルは、ティエラのペンダントを掴んだ。相変わらず、粗雑な所作である。
ペンダントについた神器は、今はただの飾りになってしまっている。
「この首飾りに誓うよ。何があっても、俺は、あんたのところに帰ってくるって」
「ソ――」
ティエラがソルの名前を呼ぼうとした。けれども、ソルが、彼女の唇を自身の唇でふさいでしまう。
しばらく会えなくなる。しばしの間執務を忘れて、二人は何度か口づけあった。
※※※
夜。
ティエラは、窓から外を眺めていた。
綺麗な満月が、空の上に見える。
月を見ると、どうしても、ティエラはルーナの事を思い出してしまう。
ちょうど去年の今頃、記憶を失って城でルーナと過ごしたのだった。
今となっては、ルーナと過ごした日々は、彼女にとってかけがえのない思い出となっている。
ルーナと一緒にいたウムブラとヘンゼルの二人。
ウムブラは、ルーナがいなくなると同時に姿を消してしまった。
ヘンゼルは、グレーテルの勧めもあり、一旦養父母の住む男爵家に帰っている。
どうも、グレーテルの話だと、ウムブラは時折、ヘンゼルとグレーテル姉妹のところに顔を出しているらしい。そのため、生きているのは間違いない。仕事を投げてどうしているのかは非常に気になるが、ティエラは特に干渉しないようにしていた。
ルーナは死んでしまったのだろうか。
周囲の皆は、出血量も多かったため、死んでいるに違いないと話している。
けれども。
ティエラは、ルーナがこの月の下のどこかに生きているのではないかと思った。
確信はない。
あの夢か現か分からない空間。
あれは、現実のことだとティエラは思っている。
『ずっと、貴女のことを見守っております』
そう言ったルーナの言葉は、真実彼の言葉だった。
ティエラが女王として過ごす姿を、彼はどこかで見守ってくれている。
私は、彼の家族にちゃんとなれていたのだろうか?
少しだけ甘く、苦しい感情が彼女に去来する。
「ルーナ……私のことを見守っていてね」
彼女は月に向かって、そう声を掛けたのだった。
※※※
セリニは、デウスの都にある、とある家の中に居た。
「こんな夜更けに本当に行くのか?」
彼は、目の前にいる一人の青年に声を掛けた。
「どうして、生きていると教えてやらない?」
「私が生きているのを知っても、二人が困るだけですから。一応、まだあと少しは夫である可能性もあるので、出て行っても話がややこしくなるだけです」
セリニは、自分と同じ銀の髪をした青年の言葉を受け、何かを言いかける。
「ティエラ様も、お前の事を……」
「あの方は、ソルのことを愛していますので」
そのまま、青年は続ける。
「それに、私には人の命を奪った罪があります。また宰相の座に戻ることは出来ない。これからは、犠牲にした人々の分、贖罪の旅に出ようと思います。陰で、彼女とこの国を支えることができれば、それで十分です」
そうして、白金色の髪に蒼い瞳をした青年は、セリニに微笑んだ。
青年は、従兄弟の元を離れた。
彼は、自分の愛する女性の事を思う。
自分に家族になりたいと言ってくれた彼女。
彼女は家族になりきれなかったと謝っていたが、十年近くの間、確かに彼にとって、彼女は家族だった。
いや、それは今も――。
二月にも満たない時間だった。
彼女は、記憶もない状態だった。
だけれど。
確かに、あの時だけは、彼女は自分だけを見て、愛してくれた。
もう見ることは叶わない。そう思っていた花嫁姿の彼女を見ることもできた。
彼女の隣を、彼女の夫として歩くことが出来た。
記憶を失う前も、彼女は自分の事を好きでいてくれたことも分かった。
彼女の思い出だけあれば、この先も一人で生きていける。
そう彼は思い、一人でその地を後にした。
※※※
ティエラ・オルビス・クラシオン。
彼女は、オルビス・クラシオン王国で、最初で最後の女王と言われている。
婚約関係にあった宰相のルーナ・セレーネは、竜との戦いの混乱の中で姿を消してしまった。
政に関しては、新たに宰相の位についたセリニ・セレーネが、彼女の補佐に努めた。
神器の力を失った王国は、これまでの偽りの平和を失くし、はじめの十年は、周囲の国から幾度となく侵略を受けることになった。
戦では、女王の夫であり、紅い髪をした護衛騎士のソル・ソラーレが、圧倒的な勝利を収めていく。
彼は危機に陥ることもあったそうだが、そのたびに何かが力を貸した。戦場では、白金色の髪をした魔術師を見たという声も聞かれたが、真実は分からない。
次第に、王国に戦を仕掛けようとする国はいなくなった。
従兄弟のエガタ・オルビス・クラシオンに王位を譲るまでの間、女王ティエラは国の再興に邁進した。
彼女の治世は、豊かで平和な時代だったとして後世に語り継がれている。
ここまでの長い間、最後までお読みいただき本当にありがとうございました。
処女作にあたりまして、かなり拙い文章だったかとは思いますが、ここまでお付き合いいただけまして、誠に感謝しております。
50日間でなんとか完成させることができて、安心しました。
一旦本編完結とします。
まだしばらく過去編・ifストーリーを追加投稿していきたいと思いますので、ブクマ等そのままにしていただけたら、幸いです。
お時間がおありの方は、最新話下部に評価がございます。1:1評価でも構いませんので、おこなっていただけましたら、次回作への励みになります。
また、次回作は、本編で出てきました数年前の戦争にて、ソルに討たれた敵国の将の妹が主人公になるかなと思います。ティエラとソルは敵になる可能性があります。
どうぞ次回作もお読みいただけましたら幸いです♪
3月には開始致します、どうぞよろしくお願いいたします♪




