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記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士  作者: おうぎまちこ
第5部 炎陽・剣の章(正史)

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第143話 月との邂逅




「私は、お前だけは……! お前だけでも道連れにしてやる!」



 ルーナの身体を借りた竜が、ティエラとソルの前に立つ。

 いつもは月夜に輝く白金色の髪が、今は夜闇のように真っ暗になっていた。

 竜はしかし、それ以上何も言えずに苦しんでいる。



「そんな……私が、偽の神器を使わないでって、言ったから……?」



 ティエラの身体がよろめく。それをソルが横から支えた。

 

「姫様、それは違う」


 ティエラの近くに、セリニが転移してきていた。


「セリニさん」


「石を先に使おうが、後に使おうが同じだ。すまない、姫様、犠牲になった者達の命。使わせてほしい。ルーナの命もノワの命も、無駄に使いたくない」


「ルーナの命……?」


 セリニの口から不穏な単語が聞こえ、ティエラは動揺する。


 後ろから駆け付けたウムブラが、石をいくつか掌に載せていた。石は、淡く光り始めたかと思うと、ルーナの近くを飛び交い始める。


「まあ、ここで終わらせないと、ルーナ様からエガタ君に乗り移っちゃうだけでしょうからね~~そうなったら、この国も滅亡ですかね、それこそ」


「姫様、どうか、ルーナ様の御覚悟を無駄になさらないでください」


 ウムブラの隣にヘンゼルが立ち、ティエラにそう声をかける。


「すみません、私達は、最初からこうなるのは分かっていたので」


 ティエラにウムブラが謝ってくる。

 彼女の頭の中は混乱していた。

 彼女と話しながらも、ウムブラとヘンゼルは石を一つずつ取り出していく。


 ティエラは回らない頭のまま、ルーナのところに掛けようとする。

 セリニに引き留められる。


「まだ、危険です。行かないでください、姫様」


 セリニが続ける。


「皆、薄々は分かっていました。ルーナが、貴女を不幸にするはずがないと。貴女に嫌われてでも、貴女のために動くと」


 ティエラの瞳が涙で潤んでくる。


「いい加減にしろよ、お前達! こんな、こんなことで僕は! 僕はお前たちに永久の苦しみを与えるんだ!!」


 ルーナの姿を借りた竜がそう叫ぶ。

 彼は、胸に手を当て、苦しんでいた。


「これで最後ですかね?」


 ウムブラが全ての欠片を取りだし、全てがルーナの元に集まっていく。



 突然、鏡の神器が光はじめた。



 憑依されたわけではなかった。




 ティエラに竜の記憶が流れ込んでくる。


 


※※※




 昔、鏡の一族、玉の一族、剣の一族はそれぞれ別の国を持っていた。

 三国間での争いは止むことを知らなかった。


 玉の一族の当時の当主である『月の化身』と、その異母妹は大層美しい兄妹だと評判だった。二人は、とても深く愛しあっていた。

 だが、戦中に異母妹は捕虜として、鏡の一族に囚われてしまう。

 鏡の一族の当主は、他に妻や子どもがいたが、玉の異母妹の美しさに惹かれ手籠めにした。その結果、彼らの間に子どもが出来る。そうして生まれたのが、現在『竜』として恐れられている少年だった。


 少年は、白金色の髪に、金の瞳をした少年だった。彼は、玉の一族と鏡の一族、両方の力を有し、誰よりも強い存在に育っていく。

 鏡の一族は彼の存在を持て余した。少年の父や異母兄弟たちは、玉の一族の血を引き、さらに強い力を持つ彼の存在を疎んだ。


 あるとき、鏡の一族は、剣の一族を従属させることに成功する。

 さらに、鏡の一族は、玉の一族を従わせたいと考えた。彼らは、月の化身に、義母妹を返すのを条件に、自分たちへと従うことを条件として提示した。


『義母妹を返していただけるならば、あなたがたに従います』


 月の化身はそう言い、玉の一族は、鏡の一族に隷属することとなった。

 彼の異母妹は、月の化身の元に帰って来た。

 鏡の一族の中で、居場所のなかった少年は、母親と共に、玉の一族の元に身を寄せることとなる。

 だが、そんな彼の存在を月の化身は嫌った。愛する女が、別の男と作った子どもを嫌がったのだった。そうして、竜に呪いの言葉を浴びせ続けた。

 元々、異母妹も好んで産んだわけではなかったため、少年への接し方に悩んでいた。


『どうして? 僕は好きで生まれたわけじゃないのに』


 彼は誰からも愛されることがなく、孤独なまま、でも力だけ強く育っていく。

 ただ、時々だが、剣の一族の者が彼に唯一優しく接してくれていたのが、彼にとっての救いだった。


 だが、なかなか優しさは届かない。

 次第に彼は、そこら中で暴れまわるようになった。

 三つの一族全てが手を焼き始める。

 いたずら程度で済んでいた頃はよかったが、次第に彼は人々の命を奪うようになっていった。

 さすがに人を殺されては、たまらない。

 また、呪いの言葉を受けて、竜は異形の怪物へと変化していった。

 三つの一族は、話し合い、自分たちの持つ力を注いだ武器をそれぞれに作ることとした。それが神器だ。

 剣の神器が、自分を殺すために作られた道具だと知った時の衝撃は計り知れなかった。


『剣の一族は、僕を殺すための道具を作るために、わざと近づいてきたのか?』


 三つの一族は、神器で竜を封印することは出来たのはよかったものの、竜を倒すことが、なかなかできずにいた。

 それだけ、竜の力は強大だった。


 そのまま竜は王城に飼われ続けた。

 


『勝手に生んでおいて、どうしてこんな目に合わせるんだ! どうして?!』


 竜は、自身の出身でもある、鏡の一族をひどく恨んだ。


 彼は、鏡の一族の男の身体を自身の器にし、女は十七になる前に喰うようにした。


 それが彼に出来る、唯一の復讐だった。




※※※




 ティエラは、竜の記憶を体験していった。

 

 産みの親たちからの愛を得られずにいたところなど、ルーナに似ているところもある。


 唯一違うのは、彼を好きでいてくれる人がいたかどうかだ。


 でも、全く誰からも愛されなかったわけではないだろう。


 ティエラはそう確信していた。


 


※※※




 光が止み、ティエラの追体験が終わる。


 苦しそうなルーナが目の前に見える。


「姫様」


 竜ではなくルーナが、ティエラを呼ぶ。


「ルーナ! 大丈夫なの?」


「今は、石の力で、竜の意識を、抑えております。……まだ、少しは、話せるかと……」


 ルーナはウムブラとヘンゼルの方を見た。


「ヘンゼル、ウムブラ……。ウムブラ、お前は……私の代わりに、妹を大事にしてやってくれ」


「ルーナ様……?」


 ウムブラは、やれやれと言った表情でルーナを見ている。

 ヘンゼルは、泣き崩れていた。




※※※




 ルーナは、呼吸がとてもしづらそうだった。

 竜を必死に抑え込んでいるのかもしれない。



「ソル、お前に頼み事はしたくないが」


「断る!」


 ルーナの頼みを、ソルはすぐに否定した。


「私は、このまま竜と共に死ぬ。初めからそのつもりだ」


 息を整えながら、ルーナが話す。

 それにソルが応える。


「不戦勝にさせる気か? 俺は、そんなのは絶対に許さない」


 ソルは続けた。


「ルーナ、俺にばっかり、嫌な役目を押し付けやがって……ふざけるなよ」


 ソルは、悲壮な表情を自分が浮かべていることに気づいた。


「ソル、姫様を任せた」


 ルーナの表情が、苦痛で歪む。


 ソルは、ルーナの事を思う。

 国王を殺したルーナの気持ちを、今ならソルは理解できそうだった。

 ティエラのためにと、本人も辛かったのだろうと思う。


「早くしろ!」


 ルーナに急かされる。

 この男にはいつも敵わなくて、悔しかった。羨ましいと、いつも思っていた。

 けれども今、ソルは、少しでもルーナが苦しまない様に、送ってやりたい。


 ソルは、呼吸を整える。

 視界の端で、ティエラが泣いているのが見える。


 一度目を瞑った。


 剣を構える。


 そうして、ルーナと竜を、神剣で真っすぐに切り下ろした。





※※※

 


 

「ルーナ」



 ティエラは、血だまりに倒れるルーナの名を呼び、そっと寄り添う。

 彼女は、竜の意識ごと、彼の身体を抱きしめた。

 鏡の神器から、光が溢れはじめる。



「姫様……ティ、エラ」



 ルーナは、愛する女性の名を呼んだ。



 そのまま、二人と竜は、光に包み込まれた。




※※※




 光に包まれた後、ティエラは暗闇の中にいた。


 どこか分からないまま、歩き続ける。



 どのぐらい、歩いたか分からない頃。



 ティエラは、うずくまる少年を見つけた。



 彼女は、彼に向かって声をかける。




「剣は、貴女を殺すための道具じゃないわ」


 そう言うと、少年は顔を上げる。

 銀色の髪は長く、瞳は金をしていた。ぼろぼろの衣服を着ている。

 彼は、ティエラを見て叫ぶ。



「違う! 僕を、殺すために作ったんだ! 優しくしておいて、結局は嘘だったんだ! 全部、何もかも! 僕を騙していたんだ!」



 少年は泣いていた。



「違うわ。神剣は、貴方を助けるためにあったの。貴方の呪いを解くために、剣の一族が作ったのよ」



 竜として生きるよう、呪われていた少年。

 彼は、同じ一族の血を引く娘の顔を見た。

 



「こんな暗いところにいてはだめよ、一緒に行きましょう」



 そうして少年は、ティエラに手をひかれ、光に向かって歩き始めた。





※※※



 

 ルーナは、薄れゆく意識の中で、ティエラの事を思い出していた。





「姫様、ソルの事が気になりますか?」


 ソルが、戦争に行った時の頃の記憶だった。


 ルーナは、ティエラの髪を手に取る。


 無意識のうちに、そのまま彼女の唇に自分の唇を重ねていた。


 ルーナがはっとして、ティエラを見ると、彼女は顔を真っ赤にしていた。


「あ、あの……ごめんなさい……」


 そう言って、姫様は足早に去ってしまった。


 自分は今、何をしたのだろう。


 相手はまだ、十二になる位の子どもだ。


 ただ、この間まであんなに幼いだけの少女だと思っていたのに。

 

 先程みせた表情が、ひどく大人びて見えた。


 家族だと言ってくれた彼女を、裏切るような行為だっただろうか?


 身体は、いつも誰かに求められるがまま応じていたけれども。

 誰かと口付けるのには、嫌悪を感じて避けてきていた。

 唇を交わしたのは、一体いつぶりだっただろうか。


 自分から誰か求めたのは、生まれて初めてだった。


 彼女の唇はひどく甘く感じた。

 あの日、心の中が、彼女で満たされる気がした。


 ティエラを、大切な家族としてだけでなく、一人の女性としても意識するようになったのは、この頃からだった。




※※※




 ティエラは竜と共に光に向かって歩いていた。

 気付いたら、手を繋いでいたはずの竜は、姿を消していた。


 光を進むと、そこにはルーナの姿があった。


 ティエラは、ルーナに向かって歩く。


 ルーナも、ティエラに気づいた。


 そうして、彼はティエラに向かって、苦し気に声をかけてくる。



「嘘が嫌いだと仰っていた貴女様に、ずっと嘘をついておりました」



 ティエラは、ルーナに近づき、彼の頬にそっと両手を寄せた。


「私の方こそ、貴方に嘘をついて裏切ったわ」


 彼は、ティエラの金の瞳を見つめる。


「私、貴方のことが好きだったの。でも、貴方が、貴方の気持ちが分からなくなっていったの」


「私は、姫様を――」


 ルーナが、ティエラに何か言おうとしたが、彼女の方が早く話し始める。



「でも、私に貴方を責める権利はない。私は、ソルのことも好きになってしまったの」


 ティエラにそう言われ、ルーナの瞳が揺れた。


「ルーナ。私、以前あなたと一緒に竜が閉じ込められていた場所に来ていたことを忘れていたわ。だから、貴方が、人と、どう接して良いのか分からずに苦しんでいることを、私は考えることができていなかった。自分の事しか見てなかった」


 ティエラは、ルーナの蒼い瞳を覗く。


「貴方の家族になると言っていたのに、私は貴方を裏切るような真似ばかりしてしまっていた。本当にごめんなさい」


「家族になるという話、憶えていて、くださったのですか?」


「ええ……もちろん。忘れてしまっていて、ごめんなさい」


 ルーナの瞳から、涙が零れる。


「私から、記憶を奪ったのは、私が父の代わりに死ぬと話したからでしょう? 私があの頃、もっとしっかりしていれば、貴方に多くの人の命を奪わせずにすんだのに……三人で戦う道もあったはずなのに……家族の貴方にばかりに色んなことを背負わせてしまって、本当にごめんなさい」


「もう謝らないでください」


 そうルーナに言われる。


「ルーナ、私はソルのことが好きだけれど、貴方のことも好きだったのよ」


「……それは記憶を失ってからでしょう?」


 ルーナはティエラから視線をそらした。


「違うわ。記憶を失うずっと前からよ」


 ルーナが、ティエラの方を見た。


「姫様とソルが恋仲になっていて、私を避けられていたので、私はてっきり嫌われているものだと……」

 

 ティエラは、ルーナに向かって笑いかける。


「ルーナは極端ね。ソルを好きな事は、貴方を嫌う理由にはならないわ。貴方を嫌いになれたら、こんなに苦しんでなんかいない……私の方こそ、貴方に嫌われるのが怖くて、問題を避けてしまっていたわ」


 ティエラは、彼を抱きしめる。

 ルーナは、恐る恐る彼女を抱き返した。


 光が強さを増しているのに気づく。


「ルーナ、私のために、今までごめんなさい。ありがとう。貴方を好きになれて良かった」


「私の家族になってくださって、ありがとうございました。姫様、ソルと幸せに。ずっと、貴方のことを見守っております」


 そう言って、ルーナはティエラにそっと口づけた。


 その優しい口づけは、ティエラに彼から初めて口づけられた日の事を思い出させる。


 彼の唇が離れる。



「姫様――ティエラ、私は貴女のことを、生涯、貴女だけを、愛しております」




 ルーナの声がとても優しく、ティエラの胸に響く。


 それを最後に、二人はまた光に包まれた。









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