第141話 竜
「ルーナ様、戻って来たみたいですね~~」
ルーナの魔力を感知したウムブラが、ヘンゼルに声を掛けた。
「一体、どちらに?」
「いつも宝玉を置いてた塔ですよ~~」
婚礼の儀の最中に現れた国王とともに、ティエラ、ルーナ、ソルが、光に包まれて、忽然と姿を消していた。
ルーナから、事前に、竜が封印されている場所に向かうことになると言われていたウムブラは、特に彼のことを心配していなかった。
ウムブラの隣にいるヘンゼルは、一見すると落ち着いて見えた。が、実際にはルーナの身を案じて心の内では焦っているのが、ウムブラにはよく分かった。
「ヘンゼル、玉を持って。あとは、念のためにエガタ君も連れて行きましょうかね」
そうウムブラがヘンゼルに声をかけると、同時に男の声が重なった。
「エガタは、連れては行かせない」
ウムブラの前に立ち塞がったのは、セリニだった。
「え~~、セリニ様を相手しなくちゃいけないんですか~~? 困ったな」
あまり困ったようには見えないウムブラが、そう答えた。
ウムブラは、ヘンゼルに視線だけ送って、ルーナの元へ偽の神器を届けてもらうことにした。
セリニの後ろから、グレーテルとアルクダが飛び出した。二人は、ウムブラの脇を通り抜けて、ヘンゼルの後を追った。
セリニは、ウムブラに問いかける。
「あの二人は、見逃すのか?」
「まあ、竜に対抗するには、人手がいるかな~~と思いましてね」
「相変わらず、よくわからないやつだ」
そう言った後、セリニは詠唱を開始した。
※※※
「城が崩れた! イリョス様の指示通り、城の中から皆に外に出てもらって正解でしたねぇ」
ネロの言う通り、イリョスの指示の元、騎士達は城の中にいた貴族たちを外へと誘導した。
今はまだ夜なので、視界が悪く、外に出るのに、少々時間がかった。
全員が避難できたかという頃、地面が揺れ始めた。
外には、フロースと護衛のアリス、それにエガタの姿もある。
「怖い……」
度重なる地面の揺れに、エガタは怯えていた。
そんな少年にフロースが近づく。
「大丈夫じゃ、お前も知っているだろう? 剣の小僧と、玉の狐はどちらも強い。どうにかなるじゃろうて」
勝てるのかどうか、確信はない。
エガタを安心させたいと考えたフロースはそう声をかけた。
「けんのこぞうと、たまのきつね?」
不思議そうに、エガタはフロースを眺めている。
二人の姿をアリスは、穏やかな表情で眺めていた。
ネロは、そんな三人を見ていたのだが、ちょうどひと際大きい揺れが起こる。
イリョスが低い声で呟いた。
「出てくるぞ」
ネロが、イリョスを見た。
「何がですか?」
「竜だ」
そう言って、イリョスは、城の方を見つめていた。
※※※
これまでの揺れの中で、一番大きいと思われる揺れが起こった。
ティエラは、ソルとルーナに支えられながら、なんとかその場に立っていた。
「来ます」
ルーナがティエラにそう声をかける。
「本体のお出ましだな」
ソルが続けた。
崩れた城の中から、何やら巨大な影が見える。
大きさは、城の大きさと同じくらいだろうか。
のっそりとそれは身体を起こす。
動くたびに、城が崩れていく。
神話に記載されているような、長い首に翼の生えた生き物。
翼を動かし、瓦礫を払っている。
皮膚は、灰色めいた鱗によって、幾重にも覆われており、鱗はぬめぬめと光っていた。
まがまがしく、金の瞳が光る。
その巨大な眼は、ティエラ達の方をまっすぐに見えて来た。
「あの生き物が――」
ティエラは、その名を口にした。
「竜」
低い声で、竜がティエラ達に話しかけてきた。
『今度こそ、守護者を滅亡させる。お前たちは、絶対に許さない!』
「伝承通りの見た目だな」
ソルがそう口にした。
彼の言う通り、竜は、子どもの絵本などに載っているような見た目をしていた。
(灰色に近い銀の皮膚に、金の瞳)
色合いに関しては、絵本だと黒く書かれたり白く書かれたりと、まちまちだった。
(あの色、そして喋り方)
声はとても低く、竜が話すと地面が揺れる。
ただ、どうしても話し方が子どもの喋り方に聞こえる。
竜は、ゆっくりとティエラ達の方へと近づいてきた。
詠唱しているルーナに、一旦制止をかける。
ティエラは、竜に聞こえるように叫ぶ。
「待って! あなた、私達よりも長く生きてるのは分かるわ! でも、どうしてもあなたが子どもの声に聞こえるの!」
ルーナが、ティエラに声をかける。
「子どものように聞こえるからと言って、倒すのを辞めるのですか? わざと子どものように振る舞っているだけかもしれませんよ」
ティエラが怯んだ。
ルーナが続けた。
「貴女もソルも、甘すぎる。竜を倒しても、今のままでは、いずれ国が滅びますよ」
そう言って、ルーナは詠唱を再開した。
爆炎を受けながら、竜はさらにティエラ達に近づいてくる。
『聞こえているぞ、月の化身! お前は、昔からそうだ! 愛する女にしか優しくない!』
竜が咆える。空気がびりびりと震えた。
「私は、お前のいう『月の化身』ではない」
ルーナが静かに返した。
そうして続ける。
「似ているとか、先祖返りだとか、本当に、どうでも良い」
竜が吐く息がティエラ達にかかる。風で飛ばされそうになる中、ルーナが陣を展開する。そのおかげで、地面に留まれることができた。
『うるさい! 鏡もそうだ! 生まれて来た女、全部喰ってやらないと気が済まない! 自分たちばかり大事にして、僕を大事にしなかった一族! 鏡の一族には永遠に苦しんでもらう!』
「竜を、大事にしなかった一族? 鏡の一族が?」
ソルが、竜の発言を繰り返した。
まだ竜との距離が離れているので、彼は時折、軽い魔術を使っている。
「くだらない」
ルーナが竜の言葉を一蹴する。
竜に雷が落ち、その巨体が揺れた。
『月の化身……!』
竜の金の瞳が、ルーナの方を見た。
竜の周囲が光る。また、その大きな身体が傾いだ。
ルーナは竜に向かって告げた。
「お前が、どういう理由で、鏡の一族に執着しているのか、そんなことは知らない」
ティエラは、ルーナを振り向いた。
「だが、姫様に……ティエラに仇名すというのなら、竜だろうが、神だろうが、私は容赦しない。この方のためならば、私は、命を賭しても構わない」
凛とした涼し気な声が響いた。
ソルが、「ルーナ、お前……」と、彼を見て呟く。
竜が、ルーナのその言葉に反応した。
『いいだろう、月の化身。いや紛い物よ。愛する者しか、愛せない一族。それなら、命をかけてみせろ! 私がお前から、大事な者を奪い、絶望を味合わせてやる!!』
陣の中にいると言うのに、また空気が振るえた。
竜の叫びは、ティエラにはなぜだか、泣いているように聞こえていた。
ルーナとソルは、ティエラを護るようにして彼女の前に立った。




