第14話 記憶を知る上弦の月
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ティエラの部屋は高い位置にある。
下方には庭が拡がっていた。庭には騎士が数名配置されており、彼女の小城を守っている。
ティエラとルーナの二人は、部屋のバルコニーに出て、壁を背に夜風に当たっていた。
(事件から一月以上経つのに神鏡は見つからない……)
いつものように仕事終わりに部屋を訪れていたルーナ。彼に、ティエラは尋ねてみた。
「以前、ルーナが魔力の揺れを感知したことがありましたよね? 神鏡についても、同様に探せないのですか?」
「鏡の守護者にしか、神鏡の力を感知することが出来ません」
つまり、神鏡については、国王かティエラにしか分からないということになる。
「神器の贋作が作られることもありますが、本物かどうかは守護者になら分かります」
国王もティエラも、ほとんどを城の中で暮らしていた。そのため、鏡の神器は城にあるだろうと、ルーナは検討をつけていたらしい。だが、城中を探しても神鏡は見つかってはいない。
「時折、姫様は市井に様子をうかがいに行っておりました。外にある可能性が全くないとは言い切れませんが……」
ルーナの歯切れが悪くなる。
彼が顎に指を沿え、憂いを帯びた表情を浮かべている姿。
それは、一枚の絵のようだった。
「あるいは――」
ルーナは何か考え込んでいた。
「――剣の守護者やその仲間が、外へ持ち出したのか……」
そう呟くルーナに対して、ティエラは問いかけた。
「ルーナ、本当に剣の守護者がお父様を殺したのでしょうか?」
ティエラは続けた。
「別の誰かが国王を殺し、剣の一族に濡れ衣を着せた可能性はないのですか?」
彼女は、自分の考えをさらに述べる。
「元々、女系の王位継承に反対をしていた人々がいるのでしょう? でしたら、神器を護る一族を内部分裂させたいと考える者がいてもおかしくは――」
そこで、話は途切れた。
気付けば、ティエラはルーナに壁に押し付けられ、彼に上から見下ろされていた。
「どうしてそのようなお考えを?」
そう問いかけてきたルーナの声は、低い。
いつもの優しい蒼い眼には、ぞくりとするような鋭さが宿っていた。矢で壁に背を縫い付けられたように、ティエラは動けないでいる。
元より、ルーナがティエラに覆い被さるように立っている。身動き自体、封じられているのだが――。
「いえ……。ただ、そのように思っただけで……」
「剣の守護者をかばうような発言、思い付いただけですか? それとも――」
いつもと何かが違うルーナに対し、ティエラは声が出せない。
「――記憶を何か、取り戻されたのですか?」
ルーナの表情は、怒りを孕んでいた。
なぜ彼が怒っているのか分からず、ティエラは混乱する。
彼女は言葉を発することが出来ず、しばらく立ち竦んだ。
彼から逃げたい気持ちもわいたが、逃げることもできない。
かろうじて、ティエラの喉からは掠れた声が出た。
「何も、思い出しては……いません」
彼女の発した声は、震えている。
それに気づいたルーナは、はっとする。慌てた様子で、彼はティエラに声をかけた。
「怖がらせてしまいましたか? 申し訳ありません、姫様」
その声音は、穏やかで涼やかだ。
(いつものルーナだわ……)
我知らず、ティエラの眼からは涙が溢れ出す。
「あ……ごめんなさい……私……」
彼女は思わず、ルーナに謝罪した。
彼はティエラの頬に手を差し出す。
彼女の頬に、彼は自身の唇を寄せた。
ティエラから流れる涙を、ルーナは唇で吸いとる。
ティエラはそのまま、彼に口付けられた。
ルーナの唇が、ゆっくりと離れる。
「また参ります」
彼はティエラに声をかけると、部屋から出て行った。
緊張感が解けた彼女は、その場にへなへなとしゃがみこむ。
まだティエラの心臓は、ばくばくと音を立てている。
決して、ルーナと口付けたことによる気恥ずかしさなどではない――。
(まるで、いつもとは別人のようだった――ルーナ……)
彼を怖いと思ってしまった――。
先程の出来事を思い出してしまい、ティエラの瞳からは涙が溢れて止まらなかった。
空にかかる上弦の月だけが、彼女をのぞいていた。




