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記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士  作者: おうぎまちこ
第5部 炎陽・剣の章(正史)

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第138話 婚礼当日


 夜更け、月が空の中天にかかろうとする頃。

 王都は不自然なほど、静まり返っていた。

 貧民街と平民街の間にある小屋のような鍛冶屋の中で、ソルは待機していた。

 鍛冶師シデラスから、「なんとか間に合わせる」と言われている。シデラスは、もう丸一日、作業に没頭していた。部屋には入るなと言われているので、ソルは、家の入口付近でずっと過ごしている。


 もうすぐ、婚礼の儀が始まる時刻だ。


 じりじりと焦る気持ちを抑えながら、ソルは過ごしている。


 ちょうど、扉が開いた。



「ふう、じじいをここまで、扱き使うとは……。イリョスと坊主に、後からたんまり金をもらわないといかん」



 何やらぼやきながら、白髪白髭の老人シデラスが現れた。目の下には青黒いくまがくっきりと浮かんでいる。


「じいさん」


「ほら、坊主、出来たぞ」


 そう言って、剣を手渡された。

 神剣は元に戻っている。

 ソルが手にすると、刀身が淡く発光し始めた。


「ありがとうな、じいさん」


「この作業のせいで、避難勧告が出ておったのに、都から出そびれたわい。ワシの長寿のためにも、しっかり竜を倒して来いよ」


 老人は一体何者だろうか。

 神器の守護者でしか知らない情報も持っているようだった。

 ただ、今はそれをたずねる時間はない。


「行ってくる」


 そうとだけ残して、ソルは鍛冶屋を後にした。


 外で待っていたアルクダ、グレーテルに声を掛ける。

 セリニは、先に城に向かっていた。


「俺は今から、儀式のとこに行こうと思っている。お前たちはどうする?」


「僕は監視しないといけないので、ついて行きます」


「私は姫様が心配なので、もちろんついて行きます~~」


 ソルの質問に対して、アルクダとグレーテルが続けた。

 ルーナがティエラを閉じ込めていた頃に、三人で塔に向かったことを思い出した。

 今にして思えば、自分一人の力では何もできなかった。神剣の力で、驕っていたのだろう。仕事は出来ないと評判の二人だが、一緒に居てくれて本当に良かったと思う。


「二人とも、いつも感謝してる」

 

 ソルに感謝されるとは思わなかったのか、アルクダとグレーテルは驚いた顔をしていた。

 二人は顔を見合わせたが、グレーテルはすぐにアルクダから視線を外した。


「グレーテル、お前もあんまり意地はんなよ」


 グレーテルは、ソルを見て頬を膨らませる。一緒に、彼女の頭で二つに結んでいる黒髪が揺れた。


「ソル様こそ、ルーナ様と姫様のやりとりをみても、折れないでくださいよ~~」


 そして、三人は、城に向かって出発した。




※※※




「こんな真夜中に結婚式とな。やはり、狐の考えることはよくわからんのう。ティエラが竜に喰われるかもしれんと言う時に、悠長な男だ」


 フロースの言葉を受けて、セリニは瞼を閉じた。

 今、フロースの両隣に、セリニとアリスが立っている。三人は城の客室にいた。


「『あれ』が、唯一願ったことでしょう。一生に一度ぐらい、叶えてやっても良いかと」 


 しばらくふさぎ込んでいたフロースだが、今は冗談を言えるぐらいには元気になったようだった。


「フロース様、まだ、エガタにはお会いになっていないのですか?」


「まだ、会う自信がなくてのう。して、セリニ、お前はこんなところに居て良いのか?剣の小僧はどうした?」


「ああ、剣の、あれは――」


 アリスが、フロースに耳打ちした。


「そうか、剣の小僧は……。まあ、何事も間に合えば良いかのう」


 フロースの言葉に、セリニが頷いた。 


「エガタがルーナに利用されぬよう、姫様が竜に喰われぬよう、努めますゆえ」




※※※




 今、戦の準備だと言って、民たちのほとんどが、王都から姿を消してしまっている。

 ティエラの誕生日である今日は、婚礼の儀だけを挙げることになっている。

 本来なら、王城の広場などで大々的にお披露目も行われる。だが、今回は戦争が控えているという理由もあり、事情も事情のため、そちらは延期になっていた。


「姫様、申し訳ございません。こんな夜更けに、式を挙げることになってしまいまして」


「いえ、大丈夫よ」


 ルーナは、純白のドレスを身に纏うティエラに歩み寄った。

 ティエラはいつものように、腰まで届く亜麻色の長い髪を降ろしてはおらず、頭の高い位置で結い上げていた。先程、ソルの姉のボルドーが整えてくれたものだ。

 ティエラの頬を、ルーナはそっと手で触れる。



「この日が来なければ良いと思いながらも。それでも私は、貴女の隣を歩くことをずっと夢見ていました。貴女の夫となり、この国の滅びいく姿を見ることを」


 ルーナの蒼い瞳が、いつもよりも輝いて見えた。

 

「今から貴女が女王です。ただ、竜を殺せば、神器の力が不要となる。栄華を得ていた一族の権勢も衰えることでしょう。一度国を滅ぼして、また新たな国を私が興していきます。その時、貴女は私の元から離れて、どこへなりと好きなところに行ってください」


 そう言われて、ティエラは彼に挑むような視線を送った。


「ルーナ。嫌よ。私がこの国を再興するわ。貴方にだけこの国を任せたりしない」


「では、私の元に留まりますか? あの男のことはどうするのです? 今までは許してきました。けれども、貴女に代わって私が王になった際には、別の男を愛する女はそばに置いておきたくはない」


 ルーナからは、拒絶の意思が見える。彼は、ティエラの頬から手を離す。

 少しだけ、ティエラは怯んでしまった。


 彼は、彼女に手を差し出す。


「さて、参りましょう。人が少ないのは残念ですが、皆が待っています」


 彼女は、ルーナの手にそっと手を乗せた。

 扉が開く。

 ティエラとルーナは玉座の間に向かってゆっくりと歩み始めた。




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