第138話 婚礼当日
夜更け、月が空の中天にかかろうとする頃。
王都は不自然なほど、静まり返っていた。
貧民街と平民街の間にある小屋のような鍛冶屋の中で、ソルは待機していた。
鍛冶師シデラスから、「なんとか間に合わせる」と言われている。シデラスは、もう丸一日、作業に没頭していた。部屋には入るなと言われているので、ソルは、家の入口付近でずっと過ごしている。
もうすぐ、婚礼の儀が始まる時刻だ。
じりじりと焦る気持ちを抑えながら、ソルは過ごしている。
ちょうど、扉が開いた。
「ふう、じじいをここまで、扱き使うとは……。イリョスと坊主に、後からたんまり金をもらわないといかん」
何やらぼやきながら、白髪白髭の老人シデラスが現れた。目の下には青黒いくまがくっきりと浮かんでいる。
「じいさん」
「ほら、坊主、出来たぞ」
そう言って、剣を手渡された。
神剣は元に戻っている。
ソルが手にすると、刀身が淡く発光し始めた。
「ありがとうな、じいさん」
「この作業のせいで、避難勧告が出ておったのに、都から出そびれたわい。ワシの長寿のためにも、しっかり竜を倒して来いよ」
老人は一体何者だろうか。
神器の守護者でしか知らない情報も持っているようだった。
ただ、今はそれをたずねる時間はない。
「行ってくる」
そうとだけ残して、ソルは鍛冶屋を後にした。
外で待っていたアルクダ、グレーテルに声を掛ける。
セリニは、先に城に向かっていた。
「俺は今から、儀式のとこに行こうと思っている。お前たちはどうする?」
「僕は監視しないといけないので、ついて行きます」
「私は姫様が心配なので、もちろんついて行きます~~」
ソルの質問に対して、アルクダとグレーテルが続けた。
ルーナがティエラを閉じ込めていた頃に、三人で塔に向かったことを思い出した。
今にして思えば、自分一人の力では何もできなかった。神剣の力で、驕っていたのだろう。仕事は出来ないと評判の二人だが、一緒に居てくれて本当に良かったと思う。
「二人とも、いつも感謝してる」
ソルに感謝されるとは思わなかったのか、アルクダとグレーテルは驚いた顔をしていた。
二人は顔を見合わせたが、グレーテルはすぐにアルクダから視線を外した。
「グレーテル、お前もあんまり意地はんなよ」
グレーテルは、ソルを見て頬を膨らませる。一緒に、彼女の頭で二つに結んでいる黒髪が揺れた。
「ソル様こそ、ルーナ様と姫様のやりとりをみても、折れないでくださいよ~~」
そして、三人は、城に向かって出発した。
※※※
「こんな真夜中に結婚式とな。やはり、狐の考えることはよくわからんのう。ティエラが竜に喰われるかもしれんと言う時に、悠長な男だ」
フロースの言葉を受けて、セリニは瞼を閉じた。
今、フロースの両隣に、セリニとアリスが立っている。三人は城の客室にいた。
「『あれ』が、唯一願ったことでしょう。一生に一度ぐらい、叶えてやっても良いかと」
しばらくふさぎ込んでいたフロースだが、今は冗談を言えるぐらいには元気になったようだった。
「フロース様、まだ、エガタにはお会いになっていないのですか?」
「まだ、会う自信がなくてのう。して、セリニ、お前はこんなところに居て良いのか?剣の小僧はどうした?」
「ああ、剣の、あれは――」
アリスが、フロースに耳打ちした。
「そうか、剣の小僧は……。まあ、何事も間に合えば良いかのう」
フロースの言葉に、セリニが頷いた。
「エガタがルーナに利用されぬよう、姫様が竜に喰われぬよう、努めますゆえ」
※※※
今、戦の準備だと言って、民たちのほとんどが、王都から姿を消してしまっている。
ティエラの誕生日である今日は、婚礼の儀だけを挙げることになっている。
本来なら、王城の広場などで大々的にお披露目も行われる。だが、今回は戦争が控えているという理由もあり、事情も事情のため、そちらは延期になっていた。
「姫様、申し訳ございません。こんな夜更けに、式を挙げることになってしまいまして」
「いえ、大丈夫よ」
ルーナは、純白のドレスを身に纏うティエラに歩み寄った。
ティエラはいつものように、腰まで届く亜麻色の長い髪を降ろしてはおらず、頭の高い位置で結い上げていた。先程、ソルの姉のボルドーが整えてくれたものだ。
ティエラの頬を、ルーナはそっと手で触れる。
「この日が来なければ良いと思いながらも。それでも私は、貴女の隣を歩くことをずっと夢見ていました。貴女の夫となり、この国の滅びいく姿を見ることを」
ルーナの蒼い瞳が、いつもよりも輝いて見えた。
「今から貴女が女王です。ただ、竜を殺せば、神器の力が不要となる。栄華を得ていた一族の権勢も衰えることでしょう。一度国を滅ぼして、また新たな国を私が興していきます。その時、貴女は私の元から離れて、どこへなりと好きなところに行ってください」
そう言われて、ティエラは彼に挑むような視線を送った。
「ルーナ。嫌よ。私がこの国を再興するわ。貴方にだけこの国を任せたりしない」
「では、私の元に留まりますか? あの男のことはどうするのです? 今までは許してきました。けれども、貴女に代わって私が王になった際には、別の男を愛する女はそばに置いておきたくはない」
ルーナからは、拒絶の意思が見える。彼は、ティエラの頬から手を離す。
少しだけ、ティエラは怯んでしまった。
彼は、彼女に手を差し出す。
「さて、参りましょう。人が少ないのは残念ですが、皆が待っています」
彼女は、ルーナの手にそっと手を乗せた。
扉が開く。
ティエラとルーナは玉座の間に向かってゆっくりと歩み始めた。




