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記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士  作者: おうぎまちこ
第5部 炎陽・剣の章(正史)

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第136話 陽と剣と鎚と



 ソルは、セリニ、グレーテルとアルクダを連れて、王都に戻ってきていた。

 王都はいつもは騒々しい場所なのだが、戻ってきたときには閑散としていた。

 戦が近いと言って、男たちは兵士として、女たちは給仕としてデウスの都に集められていた。老人や子供達も、疎開目的で隣町に異動していた。

 ルーナとティエラの婚礼まで、後二日ほどだと言うのに、人がほとんどいないと言って良いだろう。

 イリョスに聞かされた神剣を打ち直せる刀鍛冶。その人物は、首都にいるとの話だった。


「場所どこだったか?」


 ソルがセリニに尋ねると、「平民町と貧民街の間ではなかったか?」との答えがあった。


 そうやって会話をしている二人とは対照的に、後ろをついていたグレーテルとアルクダは、何も話さずに静かだった。昔はあれほど騒がしかったはずなのに、明らかに空気が悪かった。


「グレーテル」


 ソルが、俯いたまま歩く少女に向かって声を掛ける。


「はい、なんですか?ソル様」


 鈴のような声で、グレーテルは返した。


「ティエラが、自分で決めて城に戻ったんだ。もうアルクダのことは許してやれ」


 そうソルが言うと、グレーテルは息を呑んだ。

 ソルの背に向かって叫ぶ。


「ソル様は、本当に良いんですか? 姫様のこと」


「は?」


「は、じゃないですよ。姫様のこと、諦められたんですか?」


 グレーテルは泣きそうになりながら、ソルに話しかける。

 思ったよりも大きな声が出たのか、彼女本人も驚いていた。


「確かにソル様は、ルーナ様からすると、見た目も格好良くないし、剣の守護者なのに剣の腕も負けているし、姫様頼りだし、口も悪いし、末っ子の甘えん坊さんですし、そんなに良いところないですけど――」


「それは、言いすぎじゃないか? 優しいという見かたもできる」


 セリニがこっそり、ソルのフォローを入れた。

 ソルはため息をついた。


「それで?」


「でも、ソル様は、ルーナ様よりずっと前から、ティエラ様のことが好きだったんでしょう?」


「期間は関係ないだろ」


 グレーテルが、さらに捲し立てた。


「でも、姫様はソル様の事が好きなんですよ! 全然だめだめな人ですけど、それでも姫様は好きだったんです! それを、姫様がルーナ様に決めたから仕方ないって……グレーテルには、ソル様が逃げてるだけにしか見えません!!」


「あのな……グレーテル、俺は――」


 ソルが、グレーテルに話し掛けようとした時。


「グレーテル、こんな往来で、大きな声で姫様の御名を呼ばないのよ」


 女性の声が重なった。

 声がした方を皆一斉に見る。


「ヘンゼルお姉さま!」


 そこに立っていたのは、黒髪を頭の上で一つにまとめた女性、グレーテルの姉のヘンゼルだった。

 彼女はちらりとソルを一瞥した後、グレーテルに向き直った。

 普段はめったに笑わないヘンゼルだが、少しだけ口元が綻んでいた。


「良かった。報告では、貴女の元気がないと聞いていたから、心配していたのよ。貴女に何も説明していなかった私達にも落ち度があるのだけれど……」


 対照的に、グレーテルはヘンゼルに挑むような視線を送った。


「お姉さまは、姫様の敵ですか? 味方ですか?」


「グレーテル……」


 その視線に、少しだけヘンゼルが怯んだ。


「それとも、ルーナ様だけの味方ですか?」


 その言葉を受けて、ヘンゼルがイライラし始めたのが周囲にも伝わってきた。

 男性陣は、二人を少し遠巻きでみた。


「なんだ、剣の、お前も、『あれ』も、異性によく好かれているな」


 セリニが、そうソルに声をかけた。


「はあ? あの変態はともかく、俺は女に好かれたことなんて……」


「? ほらなんだ、あのア――」


 セリニが何か言おうとしたところ、アルクダが彼の口を手で塞いだ。

 ソルは、二人を不思議そうに眺めた。

 

 そんな時、先ほどヘンゼルが歩いてきた辺りから、ひょっこり男性が出てくる。



「ほらほら、大通りで姉妹喧嘩はしないでくださいよ~~」



 そう言って現れたのは、単眼を掛けた男ウムブラだった。

 ウムブラは飄々とした様子で、姉妹をなだめようとしている。


「貴女たちは、本当に昔から、仲が良いのか悪いのか」


 ウムブラは手に布に巻かれた長物を持っていた。


「グレーテル、あまり、お姉さまを虐めてはいけないですよ。さあ、ヘンゼル、行きましょうか?」


 そう言って、ウムブラはヘンゼルを連れて歩き出した。


「ああ、そうそう、皆さま。ルーナ様と姫様の御結婚式、明日、月が頂点に登った頃からするそうですよ」


「真夜中にか?」


 ソルがウムブラに尋ねた。


「ええ、ルーナ様が『月が登った頃の姫様は美しいだろうな』とかなんとか、言ってました」


 それを聞いて、ソルは全然意味が分からないなと、げんなりした。

 また、ため息をついてしまう。


「ソル様、調子戻られたんじゃないですか? ちゃんと明日は来てくださいよ」


 そう言って、ウムブラとヘンゼルは、一行の前から姿を消した。

 ソルは、グレーテルに声をかけた。


「なあ、俺、お前の姉貴に嫌われてんだけど、なんでだよ」


「そんなの知りませんよ~~。お姉さまにきいてください」


 グレーテルも姉と会えたからか、少しだけ調子が戻ったようだった。


「まあ、気を取り直していくか」


 再度、一行は、刀鍛冶の元へと歩を進め始めた。




※※※




「なんか、ここ見たことあるな」


 ぼろぼろの小屋にも見える建物が、平民街と貧民街の間位にちょうど立っていた。


「入るぞ」


 そう言って、ソルは中に入る。建物の中は全体的に薄暗い。

 奥の方にほんのりと明かりが漏れているのが見えた。

 何かを打ち付けるような音も響き渡っている。

 奥へ進むと、燃える炎の前で、鎚で剣を打っている白髪の老人が座っているのが見えた。


「おい、じいさん、おい」


 ソルが声を掛けた。

 だが、しかし、反応がない。


「おい、じいさん」


「相変わらず、剣の坊主は、口が悪くて失礼じゃ。礼儀を知らん」


「ああ、すまない。昔、ガラスの薔薇を直してくれたじいさんだろ」


 老人は、長い白髪を頭の後ろでまとめ、白くてふさふさとした髭がはえている。眉も同じように白くて、目が見えないぐらい長い。


「姫様もご結婚されるそうじゃないか? 後ばっかりつけてるのは辞めたのか? それで、今日は何しにきたんだ?」


「ああ、頼みごとがある」


 そう言って、ソルは折れた神剣を白布から取り出した。神剣は淡い光を発している。


「こりゃあ、神剣じゃあないか。また折れたのか?」


(また?)


 少し気になる良いまわしを、老人はしたが、あまり気にしないことにした。


「いつまでかの?」


「明日、月が登りきるまでには間に合わせたい」


 ソルは、真剣な眼差しで、目が見えているのかどうか分からない老人を見据えて言った。

 それを受けて、挑むように老人がソルに声をかけた。




「打ってみて間に合わなかったら、お前はどうする?」



 老人の表情は読めない。

 ソルは、躊躇せずに答えた。



「その時は、折れたまま向かうしかないだろうな」



 すると、それまで真顔だった老人が、にやりと笑った。



「いいだろう」



 ソルから、淡く光っている神剣を受け取って、老人は告げた。




「イリョス様から手紙で聞いておる。明日、月が登り切る前までじゃったな。じじいが頑張って打ち直してやる。絶対に勝って来いよ、坊主」









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