第136話 陽と剣と鎚と
ソルは、セリニ、グレーテルとアルクダを連れて、王都に戻ってきていた。
王都はいつもは騒々しい場所なのだが、戻ってきたときには閑散としていた。
戦が近いと言って、男たちは兵士として、女たちは給仕としてデウスの都に集められていた。老人や子供達も、疎開目的で隣町に異動していた。
ルーナとティエラの婚礼まで、後二日ほどだと言うのに、人がほとんどいないと言って良いだろう。
イリョスに聞かされた神剣を打ち直せる刀鍛冶。その人物は、首都にいるとの話だった。
「場所どこだったか?」
ソルがセリニに尋ねると、「平民町と貧民街の間ではなかったか?」との答えがあった。
そうやって会話をしている二人とは対照的に、後ろをついていたグレーテルとアルクダは、何も話さずに静かだった。昔はあれほど騒がしかったはずなのに、明らかに空気が悪かった。
「グレーテル」
ソルが、俯いたまま歩く少女に向かって声を掛ける。
「はい、なんですか?ソル様」
鈴のような声で、グレーテルは返した。
「ティエラが、自分で決めて城に戻ったんだ。もうアルクダのことは許してやれ」
そうソルが言うと、グレーテルは息を呑んだ。
ソルの背に向かって叫ぶ。
「ソル様は、本当に良いんですか? 姫様のこと」
「は?」
「は、じゃないですよ。姫様のこと、諦められたんですか?」
グレーテルは泣きそうになりながら、ソルに話しかける。
思ったよりも大きな声が出たのか、彼女本人も驚いていた。
「確かにソル様は、ルーナ様からすると、見た目も格好良くないし、剣の守護者なのに剣の腕も負けているし、姫様頼りだし、口も悪いし、末っ子の甘えん坊さんですし、そんなに良いところないですけど――」
「それは、言いすぎじゃないか? 優しいという見かたもできる」
セリニがこっそり、ソルのフォローを入れた。
ソルはため息をついた。
「それで?」
「でも、ソル様は、ルーナ様よりずっと前から、ティエラ様のことが好きだったんでしょう?」
「期間は関係ないだろ」
グレーテルが、さらに捲し立てた。
「でも、姫様はソル様の事が好きなんですよ! 全然だめだめな人ですけど、それでも姫様は好きだったんです! それを、姫様がルーナ様に決めたから仕方ないって……グレーテルには、ソル様が逃げてるだけにしか見えません!!」
「あのな……グレーテル、俺は――」
ソルが、グレーテルに話し掛けようとした時。
「グレーテル、こんな往来で、大きな声で姫様の御名を呼ばないのよ」
女性の声が重なった。
声がした方を皆一斉に見る。
「ヘンゼルお姉さま!」
そこに立っていたのは、黒髪を頭の上で一つにまとめた女性、グレーテルの姉のヘンゼルだった。
彼女はちらりとソルを一瞥した後、グレーテルに向き直った。
普段はめったに笑わないヘンゼルだが、少しだけ口元が綻んでいた。
「良かった。報告では、貴女の元気がないと聞いていたから、心配していたのよ。貴女に何も説明していなかった私達にも落ち度があるのだけれど……」
対照的に、グレーテルはヘンゼルに挑むような視線を送った。
「お姉さまは、姫様の敵ですか? 味方ですか?」
「グレーテル……」
その視線に、少しだけヘンゼルが怯んだ。
「それとも、ルーナ様だけの味方ですか?」
その言葉を受けて、ヘンゼルがイライラし始めたのが周囲にも伝わってきた。
男性陣は、二人を少し遠巻きでみた。
「なんだ、剣の、お前も、『あれ』も、異性によく好かれているな」
セリニが、そうソルに声をかけた。
「はあ? あの変態はともかく、俺は女に好かれたことなんて……」
「? ほらなんだ、あのア――」
セリニが何か言おうとしたところ、アルクダが彼の口を手で塞いだ。
ソルは、二人を不思議そうに眺めた。
そんな時、先ほどヘンゼルが歩いてきた辺りから、ひょっこり男性が出てくる。
「ほらほら、大通りで姉妹喧嘩はしないでくださいよ~~」
そう言って現れたのは、単眼を掛けた男ウムブラだった。
ウムブラは飄々とした様子で、姉妹をなだめようとしている。
「貴女たちは、本当に昔から、仲が良いのか悪いのか」
ウムブラは手に布に巻かれた長物を持っていた。
「グレーテル、あまり、お姉さまを虐めてはいけないですよ。さあ、ヘンゼル、行きましょうか?」
そう言って、ウムブラはヘンゼルを連れて歩き出した。
「ああ、そうそう、皆さま。ルーナ様と姫様の御結婚式、明日、月が頂点に登った頃からするそうですよ」
「真夜中にか?」
ソルがウムブラに尋ねた。
「ええ、ルーナ様が『月が登った頃の姫様は美しいだろうな』とかなんとか、言ってました」
それを聞いて、ソルは全然意味が分からないなと、げんなりした。
また、ため息をついてしまう。
「ソル様、調子戻られたんじゃないですか? ちゃんと明日は来てくださいよ」
そう言って、ウムブラとヘンゼルは、一行の前から姿を消した。
ソルは、グレーテルに声をかけた。
「なあ、俺、お前の姉貴に嫌われてんだけど、なんでだよ」
「そんなの知りませんよ~~。お姉さまにきいてください」
グレーテルも姉と会えたからか、少しだけ調子が戻ったようだった。
「まあ、気を取り直していくか」
再度、一行は、刀鍛冶の元へと歩を進め始めた。
※※※
「なんか、ここ見たことあるな」
ぼろぼろの小屋にも見える建物が、平民街と貧民街の間位にちょうど立っていた。
「入るぞ」
そう言って、ソルは中に入る。建物の中は全体的に薄暗い。
奥の方にほんのりと明かりが漏れているのが見えた。
何かを打ち付けるような音も響き渡っている。
奥へ進むと、燃える炎の前で、鎚で剣を打っている白髪の老人が座っているのが見えた。
「おい、じいさん、おい」
ソルが声を掛けた。
だが、しかし、反応がない。
「おい、じいさん」
「相変わらず、剣の坊主は、口が悪くて失礼じゃ。礼儀を知らん」
「ああ、すまない。昔、ガラスの薔薇を直してくれたじいさんだろ」
老人は、長い白髪を頭の後ろでまとめ、白くてふさふさとした髭がはえている。眉も同じように白くて、目が見えないぐらい長い。
「姫様もご結婚されるそうじゃないか? 後ばっかりつけてるのは辞めたのか? それで、今日は何しにきたんだ?」
「ああ、頼みごとがある」
そう言って、ソルは折れた神剣を白布から取り出した。神剣は淡い光を発している。
「こりゃあ、神剣じゃあないか。また折れたのか?」
(また?)
少し気になる良いまわしを、老人はしたが、あまり気にしないことにした。
「いつまでかの?」
「明日、月が登りきるまでには間に合わせたい」
ソルは、真剣な眼差しで、目が見えているのかどうか分からない老人を見据えて言った。
それを受けて、挑むように老人がソルに声をかけた。
「打ってみて間に合わなかったら、お前はどうする?」
老人の表情は読めない。
ソルは、躊躇せずに答えた。
「その時は、折れたまま向かうしかないだろうな」
すると、それまで真顔だった老人が、にやりと笑った。
「いいだろう」
ソルから、淡く光っている神剣を受け取って、老人は告げた。
「イリョス様から手紙で聞いておる。明日、月が登り切る前までじゃったな。じじいが頑張って打ち直してやる。絶対に勝って来いよ、坊主」




