月の咆哮4
月の咆哮3の続き。ルーナが二十歳になる前頃の話。ティエラは十歳になる前。
『これまでは家族とは言えなかったかも。でも、これからはちゃんと貴方の家族になってみせるわ!』
先日そう言ったティエラ姫は、ますます自分に話しかけてくるようになった。
彼女の言う『家族』というものが、どうしても自分にはよく分からない。
ルーナは、しばらくティエラの家族ごっこに付き合うことにした。
分からないこともあったからか、いつもと趣向が違うのも悪くないと思ったからか、何にせよ、どうしてそう考えたのか。それは本人にもよく分からなかった。
ある時、魔術の講義の前の事だ。
なかなか時間通りに、姫と護衛の少年が現れなかった。
こちらも、仕事の合間に時間をもらって、姫の相手をしている。なかなか来ない彼女たちに正直苛々していた。
待っている間、たまたま彼女が書いている日記帳が置いてあるのを見つけた。
人の書いている中身を覗く趣味は自分にはない。だから、見ないでおこうと思ったのだが、たまたま自分の名前が書いてあったので、目に入ってしまった。
そこには、こう書いてあった。
『ルーナは、どうしてすぐに、わたしにウソをつくのかしら』
「え?」
ばれていないと思っていたのは、自分だけだったのか。
たどたどしい字で書かれているので、読むのに少し苦労した。読んではいけないと分かっていたが、つい目で追ってしまった。
『オルドーたちは気づいていない。でもわたしにはわかる。いつもおこっているのに、にこにこしている』
十も下の子どもにばれてしまう程、自分は演技が下手だったのだろうか。
いや、そんなはずはない。
これまで、よほどのことがない限りは、嘘をついているとばれてはこなかった。
心臓の音がうるさくなってきた。
彼女は鏡の一族の血を引いている。真実と嘘を見抜く力が他よりも優れていてもおかしくはない。
これから、どう接していけば、彼女の機嫌をとっていけるだろうか。
真面目に考えないと、ぼろが出てしまう。
何に対して焦っているのかは、分からなかったが、何かに急き立てるように考えてしまった。
考えている間に、部屋の扉が開いた。
慌てて手にしていた日記帳を元の場所に戻した。
「姫様、遅かったですね――」
そう言って、ルーナが作り笑いをしながら、振り返る。
そこにいたのは、泥まみれで誰だかわからない少女の姿だった。
想定外だったため、ルーナは面食らった。
彼女の衣服はおろか、亜麻色の髪や顔など至る所に、べったりと汚れがついている。
彼女はルーナに、手に持った花を差し出してきた。
その花だけが、白くて目立つ。
「これをルーナにあげるわ」
顔中泥だらけの顔で、ティエラからそう言われてしまって、ついルーナは笑ってしまった。
自然と笑んだ自分に、ルーナ自身がはっとして違和感を抱いた。
家族ごっこに毒されてきたのだろうか。
自分の変化に、ついていけなかった。
「あ、今のは本当に笑ったわね、ルーナ。いつも作り笑いだから、心配してたのよ」
ルーナはティエラにそう言われて、本当に戸惑ってしまった。
「どうして、姫様はそのように思われたのでしょうか?」
顔についた土をぬぐいながら、ティエラはルーナに告げる。
「それは、いつも、貴方を見ているからよ」
そうして、彼女は胸を張って、ルーナに説教のように話す。
「あまり、振る舞いと胸のうちが異なるのは身体に良くないって、お父様も言ってたわ」
金色の丸い瞳が輝いている。
ルーナの蒼い瞳を見て、彼女はまっすぐに伝えてきた。
「せっかく家族になったのだから、正直な貴方がみたいの、私は」
そうして続ける。
「私は本当の貴方と家族になりたいの」
ルーナの心が、揺れ動いた。
※※※
それからしばらくした頃に、ティエラから、「鏡の神器をみたい」と言われた。なんでも、「将来何人子どもが生まれているか、神器に占ってもらう」のだそうだ。
当時、鏡の神器は王族なら入れる宝物庫に飾ってあった。ティエラはいつも「イリョスかソルが近くにいないと近づいてはいけない」と言われているそうなのだが、ルーナとのことを聞きたいから、二人には見られたくないそうだ。
正直くだらない質問だったのもあり、ルーナは制止したが、なかなかこの姫様は言う事を聞かないところがある。
仕方なしに彼女の言う事通り、宝物庫に向かうことにした。
以前ほどは、彼女のわがままが、嫌ではなかった。
そうして、宝物庫にたどりつく。
二人で、鏡の神器に近づいた時、なぜか光が溢れた。




