第133話 語られる真実2
「それは――」
イリョスが口を開きかけた時に、扉を叩く音が重なる。
「失礼します」
そう言って入室してきたのは、ネロとアリスの二人だった。
アリスが、イリョスに挨拶した。
「修練場に参りましたが、イリョス様方がいらっしゃらなかったので、こちらに」
「そうか。では、また後ほどこの話の続きはしようか」
イリョスがアリスの返事を受け、ソルの方を向いて伝えた。
「え? 話、中断させちゃいましたかぁ? 俺たち、出ましょうか?」
「いや。ネロ、愚息をどこかで休ませてやってくれ」
そうイリョスがネロに伝える。
ソルの足元がふらついて、咄嗟にアリスが彼を支えた。
「アリス、すまない」
彼女にソルがそう言うと、「いや」と彼女は言って、視線をそらした。
「よし、俺が連れて行く」
そう言って、ネロは、アリスの代わりにソルを支えた。
ソルを迎えに来た二人は、三人で退室した。
ちなみにアルクダは眠らずに、ソルとイリョスの事を陰で見ていたらしい。もしかしたらとは思っていたが、ソルの五感が一般的な感覚になっていたため、確信がなかった。
そうして、宿舎の一室を借りて、ソルは休むことになった。
※※※
エガタと遊び終わった後、ティエラは部屋の中に戻っていた。
彼女は、ルーナが訪問して、何を話してくるのだろうかと考えていた。
(竜の話だと良いわね)
そう考えはしたが、昨晩の出来事があったので、なんだか嫌な気持ちがする。
戦の話については、婚礼の儀が終わるまでは保留にしておくそうだ。ティエラ個人としては、戦争が起きてほしくはないので辞めるように伝えてはあるが、ルーナが準備を進めてしまっている。
ティエラが考え事をしていると、扉を叩く音が聴こえた。
返事をすると、入ってきたのはヘンゼルだった。
「久しぶりね、ヘンゼル。最近忙しいと聞いていたけど、調子はどう?」
彼女とは、しばらく顔を合わせていなかった。ティエラがそう問いかけると、「なかなか顔を合わせることができずに、申し訳ありませんでした」と事務的な態度で返された。
彼女の妹のグレーテルとティエラはとても仲が良く過ごしていた。記憶が完全ではないので、断定はできないけれども、姉のヘンゼルからは、以前から距離をあるような気がしている。
「姫様にお尋ねしたいことがございます」
そう言って、ヘンゼルがティエラに問いかけてきた。
※※※
朝早くに、なかなか帰ってこないアリスの元へと、フロースは自ら会いに行こうとしていた。だが、急な案件が入ったために、なかなか彼女の元へ向かえず、時間が遅くなってしまった。気づけば、夕方近い。
フロースは、せっかく朝早くに準備をしたのに、と不満になりながら、砦の方に現れた。
騎士達がひしめき合う中に、突然フロースが現れたので、アリスだけではなく、他の人物たちもぎょっとした表情を浮かべていた。
「おや? アリスや、剣の小僧も一緒ではなかったのかえ? 一応、伝達ではお前と一緒にいると聞いていたのだがな。まあ、今日までは別の者に護衛を頼んでいたから、お前の帰りを急かしたかったわけではなかったのだが」
「フロース様! まさか、このような場所にいらっしゃるなんて、思いもしませんでした」
アリスが申し訳なさそうに伝えた。
「いやいや、あの小僧のしけた面でも見てやろうかと思ってな。近くにはいないのかえ?」
「ソルは、先ほど目が覚めて。イリョス様から話があるそうで、そちらで話を聞いているはずです」
フロースは納得している。
「そうか。あまり会いたくはないが、私もイリョス殿に挨拶に行ってはおこうかの。もしかしたら、あの件の事も、小僧には話しておるかもしれんしな……」
フロースは、ヘリオスとシルワ姫の一件で、剣の一族を毛嫌いしている節があった。今回も、イリョスがウルブの都に留まると聞いても、のらりくらりと躱していた。
それでも、こちらにソルの様子を見に来たのは、なんだかんだで姪のティエラとソルの関係などが気になっているのかもしれない。
フロースは、アリスを連れて、ソルとイリョスの居る場所へと向かった。
※※※
ヘンゼルから話を聞き終わった後の数時間は、ティエラは室内で書き物をしたりして過ごしていた。まだ政治のことなどで足りていない知識があったので、補強しておきたかった。お飾りの女王になってしまう可能性もあったが、全てをルーナに任せた状態にはしておきたくなかった。
ペンを置いて、ティエラは周りを見た。
いつの間にか、夕暮れが近づいていた。
扉から音がする。
部屋の中に、想像通りの人物――ルーナが現れた。
ティエラは机から離れる。
「姫様は、昔から勉強熱心ですね」
ルーナは、ティエラにそう言って微笑みかける。
ティエラは、真剣な表情でルーナに話しかけた。
「ルーナ、貴方の話の前に、私から聞きたいことがあるの」
彼は、不思議そうにティエラを見返した。
「どうなさいましたか、姫様?」
ティエラはルーナに近づく。彼女から近づかれるとは思っていなかったのか、彼は驚いていた。彼の白金色の髪がさらりと揺れる。
ティエラは、ルーナの左肩に触れようとした。
彼は、彼女から慌てて離れる。咄嗟にとった行動を、ルーナはティエラに謝ろうとする。
「姫様、申し訳――」
「やっぱり、私をかばった時に竜につけられた傷が、まだ治ってないのね」
ルーナは、驚いた様子でティエラを見ている。
「気づかれていたのですか?」
なぜか、少しだけルーナが嬉しそうにティエラに問いかけた。
「ヘンゼルから聞いたの。貴方の様子がおかしいって。それで、もしかしたらって思って」
ルーナの表情がまた曇ってしまった。
なんだろうか。自分の前では、いつも彼の表情は変化が多い気がする。
「貴女様が、気になさることではございません」
ルーナが、やや素っ気ない態度をとる。
めげずに、ティエラは彼に話しかけた。
「その、私の術をかけてみても良い?」
ルーナは少し黙っていたが、口を開いた。
「多分、あまり意味はないかと思いますが、姫様のお好きにどうぞ」
そう言われるや否や、ティエラは、ルーナの上着を脱がせ始めた。
「あの、姫様……」
「え?」
「いえ、大胆だな、と。少し驚いているだけです」
そう言われて、ティエラははっとした。
突然、異性の衣服を脱がせてしまった。これはよくなかったかもしれない。
「ご、ごめんなさい」
慌ててルーナに微笑みかけると、彼に微笑み返された。
気を取り直して、彼の左肩から背を見て、そっとその肌に触れる。
傷痕は赤黒く変色しており、ほとんど治った様子がなかった。ティエラが魔術をかけてみるが、傷の治りが促進する様子はみられなかった。ルーナの言う通り、ティエラの術はあまり意味を成してはいないようだった。
「ルーナの言う通り、あまり意味がなかったわね」
ティエラは、少しだけ落ち込んだ。癒しの力だと言うが、実際に役に立てたことが少ない。
ルーナが、優しい声でティエラに話した。
「姫様の力は、竜を殺すためには、必ずや必要となります」
そう言われて、ティエラはこれまでに感じていた疑問を口にした。
「私が竜に喰われさえすれば、王族である鏡の一族は途絶える。貴方の目的通り、国は滅びるわ。それなのに、どうして竜を殺す必要があるの?」
「貴女が喰われただけでは、この国は滅びません」
「でも、鏡の神器の使い手は、いなくなるわけでしょう?」
くどいようだが、大事なことなので、ティエラはルーナに疑問をぶつけた。
「いえ、貴女ではない、別の人物に移るだけです」
「残った王族は私だけなのでしょう? 別の人に移る? どういうことなの?」
ティエラはこれまで、神器の使い手には一族の者しかなれないと思っていた。
そうではない血をした人物でも継承できるということなのだろうか?
そうなると、王位継承の話もややこしくなりそうだが。
しかし、ルーナから聞かされた言葉は、血縁者でなくても使い手になれるという話ではなかった。
「姫様、貴女様以外に、鏡の一族の血を引く人物が現存しています」
「え……?」
ルーナから返ってきた答えが、あまりにも想定外だったので、ティエラは固まってしまう。
自分以外にも王族の血を引く者がいる?
「相手がまだ年若かったから、女性の貴女にも、鏡の神器の力を一時的に移すことができたといっても過言ではない」
(相手が、若い……?)
ティエラの脳裏に一人の人物が浮かんだ。
自分と同じ亜麻色の髪に、榛色をした少年。
周囲からも、なんだか姉弟みたいねと言われたことを思い出す。
「まさか……」
「そうです。エガタは、大公プラティエス殿下の血を引く御子」
想像通りの名を、ルーナが口にした。
「あの子こそが、王位の正当なる継承者。鏡の一族唯一の男児」
亡くなった叔父の子。
確かに、ティエラと彼はよく似ていた。
血縁者と言われても、納得が行く。
そうして、ルーナは表情を変えずに、ティエラにこう告げた。
「今のままでは、貴女はただ竜に喰われるだけの存在でしかない」




