第132話 語られる真実1
「ソル、お前に剣の神器にまつわる話をしよう」
イリョスにそう言われ、ソルは静かに頷いた。
置いていた神剣ももちろん持っていく。先程光り輝いていたが、今は特に光ってはいなかった。
話が長くなる可能性があるとイリョスから言われ、二人は昨日訪問した部屋へと戻った。
イリョスはソルの父親だが、あまり二人きりで話すと言う経験がなかった。そのため、ソルはまだ、少しだけ緊張していた。
座椅子に腰かけてすぐ、イリョスは本題に入った。
「元から、神器の強さは、継承者本人の心の強さに比例している」
「心の強さ?」
ソルは面食らってしまった。
「なんかすごく曖昧な表現だな」
「まあ、実際そうとしか言いようがないからな」
イリョスはため息をついた。
ソルもそうだし、ソルの姉達もよくため息をつくが、皆父親に似たのかもしれない。
「その神剣も、今ならば、刀鍛冶に頼めば直してくれるだろう。ただし、そのような芸当が出来るのは、国に一人しかいない。剣の神器でしか竜を倒すことはできない。姫様の御命のためにも、急ぎ動くことだな」
イリョスからは、端的な説明があるだけだ。
「なんで剣の神器で竜を倒せるはずなのに、今までの神器の使い手達は殺してこれなかったんだよ?」
ソルはもっともな疑問を、父親にぶつけてみる。
「鏡の一族の男に乗り移っている竜を、まずその身体からあぶりだすためには、玉の神器の使い手が、ある一定まで、竜を消耗させなければならない。そうでないと、剣の神器の攻撃が通らない。そして、最後に鏡の神器で浄化しないといけないと伝わっているが、ここで竜に身体を乗っ取られてしまう事が多かったそうだ」
「三人が揃って、なおかつ最後に王族が乗っ取られない必要が?」
「ああ、そうだ。だが、その『ある一定』をこなせる玉の使い手、止めを刺せる剣の使い手、最後に竜を浄化できる鏡の使い手、この三人が揃ったことが、そうそうなかった」
どうしてこれまでに竜を殺せなかったのか、ソルはその説明で理解はできた。
だが、ルーナが玉の守護者であった時期と、イリョスが剣の守護者だった時期。二つが重なっていたこともあったはずだ。その時はだめだったのだろうか。
その疑問に答えるように、イリョスが答えた。
「どうも、鏡の一族の女子が成人する頃でないと、竜の本体が目覚めないようでな。昔、姫様とルーナ様が、誤ってあの空間に入った事がありはしたが……あの時、本体ではない偽の竜ならば倒せたが、結局本体がどこにいるか見つけることができなかった」
以前、あの空間にティエラとルーナが入った?
ソルは何かを思い出した。
確かに、ティエラとルーナが、イリョスと共に城に戻ってきたことがあったはずだ。
「ずっと鏡の一族の女児を喰わせるだけで、竜が満足していた。なぜかあれは鏡の一族の成人したばかりの女性しか食べない。これまでの王族たちはその習わしに従っていた。二十年前に、たまたま、私が父からその話を聞かされていたのを、ヘリオスが聴いてしまって、シルワ様を連れて逃げてしまったが」
目をすがめてイリョスはそう話した。
ヘリオスを最後に殺めたのはイリョスだと言う。
話をきいていなければ、ヘリオスはシルワ姫がどうなるのか知らずに、今も生きていたのかもしれない。
「今回も、ティエラ姫を喰わせさえすれば話がすむのだろうが。妹御を亡くされ、これまでの王族の行いを嘆いた国王様と大公プラティエス様が、偽の神器を作ったりと色々裏でなされていた」
「でも竜は鏡の一族の女子しか喰わないんだろう? ティエラを食べたら、もう食べる女がいなくなるじゃないか」
「それは――」
イリョスが、ソルにさらなる説明を始めた。
※※※
「アリスは、まだ帰ってこんのかのう」
フロースは起きたばかりで、気だるげな様子でそう一人ごちた。
昨日の朝、アリスに休暇を出してから、もう丸一日が立つ。
自分の護衛騎士である彼女は、まだウルブ城に戻ってきていなかった。
「たまには妾から行って、驚かせてみせるのも一興か」
別の騎士達から、昨日のうちにウルブの都に帰ってきていることは話していた。
すぐに部屋の外に立つ騎士達や世話係らに声を掛けて、フロースは身支度を整え始めた。
※※※
ティエラは、昼間は城に滞在するエガタと共に、外の広場で一緒に遊んでいた。
現在彼女の侍女に復活しているオルドーが、「私の子供たちを連れてこられれば良かったのですけどね」とため息をついていた。
突然、城に連れてこられて不安がっていたエガタだが、ティエラやオルドーが毎日声を掛けているうちに、少しずつ遊ぶ余裕も生まれていた。正直五歳位の少年なのに、誰とも遊ぶ相手がいないというのは可哀想である。
オルドーは、やはり二児の母親ということもあり、子どもの相手に慣れていた。彼女の子供たちの父親は、普通の貴族のため、そもそも剣の一族の加護からははずれてしまっている。ちなみに彼女がこうティエラに教えてくれた。
「私も一応一族の加護とやらで、体力は他の女性よりございましたわね。成人して以降なのかどうかが分かりませんが、徐々に一般的なものになっていって、今はないのですけどね。父は守護者ではなくりましたが、まだ身体能力は高いようですから、男性には神器の加護がずっと続くのでしょうね」
オルドーは、今剣の神器が壊れてしまっていることは知らない。
「女性は成人したらなくなるのかしら?」
「女性でも力が残る方は、残っているみたいですよ。私の妹にはまだ残っているようですし。お転婆だからか、もう二十は超えていますが、嫁の貰い手がないのですけど」
うふふ、と彼女は笑いながら話していた。
「姫様は、建国以来初めての女性の神器の使い手でしょう? 有識者の見解では、初代の使い手の方は女性だったのではないかという話もございますが。力がどう変遷していくかは未知数ですわね」
(女性の神器の使い手は建国以来初めてか……)
どう転がるのか、誰も、ルーナでさえも想像がつかないところがあるのだろう。
「お姉ちゃん」
ティエラは、エガタに声を掛けられた。
「ねえねえ、オルドーさんに聞いたんだけど、お姉ちゃんはあの紅い髪のお兄ちゃんとは結婚しないで、あの綺麗なお兄さんと結婚するの?」
純粋な瞳でそう問われる。微笑み返しながら、ティエラは返した。
「そうよ、綺麗なお兄さんの方が私の婚約者なの」
「結婚って好きな人同士でするものだと思ってたよ、僕」
そう言われて、ティエラは少しだけ戸惑った。
広場近くの茂みが揺れる。
「それがなかなか、そうはいかない人たちが多いんですよね~~」
突然、男性の声が聞こえた。
「いつの時代も、この国の女性は利用されることが多いですからね」
そう言って現れたのは、黒髪を肩先で結び、単眼をかけた男。
「ウムブラ」
「姫様、御機嫌よう」
ウムブラが突然現れたので、ティエラは戸惑った。
「ルーナ様は繊細なので、そういじめないで上げてくださいね」
そう言って彼は楽しそうに笑っている。
ティエラは、彼が何をしに来たのかをたずねてみた。
「ルーナ様からご伝言がありましたので」
「ルーナから?」
「『今宵、貴方の元に参ります』との事でした。色々と忙しかったけど、時間が出来たらしいから、何か大事な話をしたいそうです」
ウムブラにそう言われて、ティエラは即答した。
「ルーナ、昨日も来てたけど」
「そうなんですか? まあ、たまには話を聞いてあげてくださいよ。姫様の代わりに色々仕事やってるの、あの人なんですから。戦の件でも、ちゃんとデウスの都に挙兵の手続きしたり頑張ってるんですから」
そう言われてしまうと、その通りなので、ティエラは押し黙った。
「有能な婚約者で良かったですね。それでは」
そう言って、ウムブラは、ティエラ達の前から去って行ったのだった。




