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記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士  作者: おうぎまちこ
第5部 炎陽・剣の章(正史)

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第131話 陽の追撃




 途中までは、他の四人も、ソルとイリョスの様子を見ていた。だが、真夜中を過ぎたぐらいに、眠気に耐えられなかった皆は、宿舎へと眠りに行った。

 騎士達の修練場ではまだ二人の戦いは続いていた。

 

 ソルが、落ちた剣を拾い上げる。


 ちょうどその剣が落ちたところの近く。そこに、白布に包んだ折れた神剣を置いている。


 神剣を一瞥した後、剣をまた構えた。



「お前は、剣を何だと思っている?」



 ソルは、イリョスに向かって駆け、剣を振り下ろす。


 が。


 簡単に躱されてしまう。


 ソルの腕に、大剣の柄が撃ち込まれる。剣がまた、手から舞った。


 痛みをこらえながら、イリョスに視線を移す。



「お前は今まで何を見て来た?」



 イリョスに、全く疲れた様子がない。


 一方で、ソルは何度挑んでも、イリョスに接近することも難しい。


 かなり疲れが溜まってきていた。

 肩で息をしているソルにイリョスが声をかける。



「お前には、ヘリオスほどの覚悟もない」


 続ける。


「ルーナ殿のような強さもない」



 滝のような汗をぬぐいながら、ソルは再度、イリョスを見据えた。



 次第に剣を握る力も弱くなってきていた。

 力を入れ直す。



「それならば、お前には何がある?」


 イリョスは、大剣の刀身に手を置いた。



「実力の伴わない力が、お前をダメにしたのか?」




「俺には……」


 

 ソルは反芻した。

 自分にあるもの。

 他人に決定権を委ねてきた自分。



「他者のためといって、己すら見えていないお前では、私には届かぬ」




※※※




 戦時中も戦後も、頭の中で人の蠢く声が鳴りやまない時。


 自分を世界に引き留めてくれたのは、彼女の声だった。

 彼女がいなければ、今の自分はいない。



『もう嫌なんだよ! ずっと聞こえるんだ、声が!』


 寝ても、夢の中で死者達が自分を責めてくる。

 敵だけではなく、味方も。

 関係なしにだ。

  

『でも、自分では死ねない。もう誰か、俺を殺してほしい』


 そんなこと言わないで、と泣きながらティエラが俺を抱きしめて来た。

 そうして、彼女に一生口にすることはないだろうと思っていた事を簡単に告げてしまった。

 追い詰められていたからか。

 彼女を苦しませることになるのなんて考えもせずに。


『あんたに決められた相手がいるのは分かっている』


 普通にしていてもルーナにとっての好敵手にすらなれていないのには気づいていた。


『そんなに言うんだったら、俺にあんたをくれよ』


 どうせ受け入れらられないだろうと、自棄になって吐き捨てた。

 卑怯だとは分かっていた。道義に反しているとも分かっていた。

 もういっそ、全てから見放されたかった。


『どうせ無理だろ? ティエラ、俺にはあんたしかいない。でも、あんたにはルーナがいる。だからもう、俺のことなんか放っておいてくれ!!』


 そんな自分でも、縋るしかできない自分を彼女は受け入れてくれた。




※※※




 父親の言う通り、あの頃から、自分のことすら見えていなかったのは間違いなかった。

 盲目的に彼女を護ろうとすることで自分を護っていた。

 彼女に判断の全てを委ねてしまっていた。


 実際には、ネロやアリスをはじめとした騎士達、あの頃生きていた国王や大公、セリニ、他の者達にも支えられていたのに、気づこうとはしていなかった。

 自分の婚約者と何かあると分かっていても責めなかったルーナもその一人だろう。


 

 剣が折れたことで、自分には彼女だけがそばにいたのではないことに気づいた。



「俺には、神剣は分不相応な力だった」


 ソルは、父に告げる。


「実力以上の力を得たせいで、正直苦しかった。こんな力なければいいと思ったこともあった」


 イリョスは、黙ってソルの言い分を聞いている。


「だが、実際になくなった時、彼女を護るために神剣の力に頼っていた自分に気づいた」


 ソルは続ける。


「周りに人がいたことにも気づいてなかったよ」


 そうして、射貫くような視線をイリョスに向ける。


「他者のため? 親父に、周りに、なんと言われようと関係ない……!」


 ソルはイリョスに向かって再度駆ける。



「俺を信じて待ってくれていた奴らがいる!!」



 イリョスも大剣を構えた。



「俺には! 護りたい人がいる!」




 下方から振り上げた剣が、大剣の刀身にぶつかる。


 防がれた。


 だが。



「そのためなら、俺は!」


 

 重量のある大剣は、確かに重い。

 押しつぶされそうな力に、それでも抗う。

 押し返され、柄を握りなおす。

 懸けられる全ての力を、込める。




「俺にあるのはそれだけで十分だ!」


 

 イリョスの持つ大剣が押し返される。

 彼の胸に、隙が出来る。

 

 一閃する。


 今まで微動だにしなかった父親が、少しだけ後じさった。


 

 ソルはその場に膝をつき、荒い呼吸を整える。



「やっとで……一太刀、か?」

 

 

 汗をぬぐっていると、視界に何か目に入る。

 


 修練場の端に置いてあった神剣から光が零れていた。



「剣が、光って……」



 目を見開いているソルに向かって、イリョスが言葉をかけた。





「ソル、お前に剣の神器にまつわる話をしよう」





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